あの日の賢を思い出しながら、さっき賢の言った台詞を反芻させる。

『泣いたほうが楽になる』

 去年の台詞には、そんな気持ちが込められていたのだろうか。

 できれば泣きたくない。泣いたってどうしようもない。泣けば泣くほど、苦しくなる。ならば無理にでも笑っていたいと思っていたし、大事な人にも笑っていてほしいと思う。

 でも、もしも屋上にやってきたのが雅人ではなく賢だったら、わたしは大泣きしていただろうなと思った。空に向かって号泣しながらお父さんを罵倒していたかもしれない。

 そんなみっともないことをしないで済んでよかった。

 でも、もしも、そうなっていたら、泣きわめいていたら、なにかが違っていたのかもしれない。

 今のわたしには、もう、そんな気持ちはなくなってしまっている。あのときだけが、それをできただろう。

「お父さんのことと、町田さんのことが重なるんだよね」

 ずずっと鼻を啜りながら呟くと、賢は「ああ、そういうこと」と納得したような声を出した。町田さんのうわさは、賢の耳にも届いていたらしい。

「賢は、どう思う? 町田さんのこと……」
「さあ? オレ町田さんのことよく知らないし。男と一緒にいたのも理由があるのかも」
「でも、わかんないじゃない……」
「そりゃ真実はわかんねーよな。本人に聞いてもないんだし」

 町田さんから直接聞いたけれど、わたしは彼女の説明を信じられない。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。だって、わたしは町田さんがどんな子なのか、知らない。

「お前は、雅人が同じようなことしたら、疑うの?」

 賢に投げかけられた質問に、言葉が詰まった。

 雅人が、彼女がいるのに、他の女の子と一緒に。想像してみたけれど、それを、浮気だとかやましい事があるんだ、なんて思えない。雅人のことだ、なにか理由があるはずだ。

 でも、わからない。ここまで疑ってしまうのは、わたしの性格が悪いからなのか。悪い意味でのもしもを、想像することがやめられない。

「信じていても裏切られる」

 信じていた。雅人と同じように、わたしはお父さんのことを信じていた。家に帰ってくるのが遅くなるのも仕事を頑張ってくれているからだと信じて疑わなかった。お父さんのことだから、わたしやお母さんを大事にしてくれているはずだと。

 それでも、あんな結果になった。