彼の言う通り、『簡単なこと』なのかもしれない。

確かに顔がわからなくたって、私は先輩のことが好きだし、好きかどうかを顔で判断しているわけじゃない。


それでも、素直に頷けないのは、先輩の負担が大きすぎると思うからだ。

私ではない誰かを好きになれば、“普通”のデートも結婚生活も送れるのだから。



「少し、休もう」

いつまでたっても涙が止まらない私に、先輩はそう提案した。


こんなひどい顔のまま、電車になんて乗れない。
自分は顔がわからないというのに皮肉だ。


先輩は私の手を離すことなく自販機の前に行くと、片手でポケットから財布を取りだして器用に硬貨を自販機に入れる。


「莉子が押して。好きなのでいいから」


私は頷いてお茶を選択した。