真っ直ぐな視線を、受け止める。どうにか逸らさないようにして。

ゆっくりと息を吐き出した。大丈夫、自然と、笑えているはずだと思う。


「戻らないよ。今のあたしじゃロクに大会も出られないって」

「でもセンパイ、もう走れるんですよね」

「今はさゆきのほうがずっと速いよ」

「……あたし、せっかくセンパイともう一度一緒に走るためにこの学校を選んだのに」

「うん、ごめんね」


さゆきのくちびるがきゅっと結ばれた。俯く顔に浮かんだ表情を見て、いつかのあたしが浮かべていたのと同じだって、思い出した。


「あたしこそごめんなさい。でも……昴センパイは今も、あたしの憧れだから」

「そっか……ありがとう」


あたしはもうそんな人間じゃないのに。そう思いながらも答えると、さゆきは小さく笑って頷いた。


手を振って、廊下を戻っていくさゆきを見送ってから、あたしも絵奈と並んでまた歩き出す。


「なんか嵐みたいな子だったね」


絵奈が苦笑いを浮かべながら言う。


「いい子でしょ。後輩の中じゃ一番仲良かったんだよ。なんかすごい懐いてくれてさ」

「でも、あんたに陸上の話するなんて」


あ、と思いながら、一瞬立ち止まりかけた足をどうにか進ませた。

廊下の先で、真夏くんが、こっちを見ている。


「……でもあたしは、変に気を遣われるよりは楽でいいよ。嫌味で言うような子じゃないってことも知ってるし」

「まあ、あんたがいいなら構わないけど」

「うん、さゆきは実力もあるし、本当に、あたしよりずっと速くなるよ」


あたしが視線を外すより先に、真夏くんが目を逸らした。「あれ、今の真夏くんじゃない?」って絵奈が遅れて言うから、そうかもねって答えながら階段をのぼった。

踊り場から見える空は、まだ、どんより雨模様。