「ふうん」
間延びした、相槌が聞こえた。
じゃり、と小さく砂を踏む音がする。温い空気が、ゆっくり流れる。
「おかしなこと言うね、センパイ。朝も昼も夜も、空は違うけど同じだし、いつだってそこにあるし、まるく繋がってるのに」
目だけを向けると、真夏くんは少し視線を合わせてから、また、やっぱり、空を見上げた。
斜めから差すオレンジ色が、輪郭を白く光らせている。
「朝が始まりで夜が終わりだって、一体誰が決めたの。朝が来て、昼が来て、夜が来る。繋がってるんだから終わりなんてないよ。
それにね、真っ暗闇だからこそ、見えるものだってあるんだよ」
風が、また緩やかに吹いた。小さな風だった。
パアンとピストルの音が高く響く。太陽は、どんどん地平線へ沈んでく。
「おれは好きだよ、夕焼け。綺麗だし、そうだね、昴センパイの言うとおり、もうすぐ夜になる合図だし」
真夏くんの指先が、空のどこかを指差した。まだ、薄青で、不透明な、何も見えない空。
でもそこにある何かを結ぶみたいに、長い指先が宙に線を描いていく。
真っ暗闇に、見えるもの。
「引き止めてごめんねセンパイ。この夕焼け、見て欲しかったんだけど、嫌いならダメだったね」
真夏くんが、腕を下ろしてから振り向いた。あたしはそれに、「うん」とも「ううん」とも言わずに一歩、二歩、後ろに下がる。
くるっと背中を向けた。歩き出して、扉の前で、振り返る。
「またね、昴センパイ」
大きな夕焼けの中で、ひとり。
応えずに、あたしは階段を駆け下りた。
吹奏楽部の音楽はもうやんでいた。渡り廊下で練習してたトロンボーンの音だけ、大きく、空に、響いていた。