芭玖から告白紛いなことをされてから、一週間。先日の晴天とは打って変わって、体育館ではこの二日ほど、雨がしとしと降る音が響いている。
俺は部活の休憩中に、ステージの舞台幕にくるまって、必死に息を潜めていた。
「らーんー。らーんー。あいつどこいったよ……」
近くから芭玖の声が聞こえてきて、思わず「ひぃっ」と身を縮める。
正直、こんなとこにいたくはない。埃っぽいし、なんか臭いし。夏場の分厚いカーテンなんて、雨でもめちゃくちゃ暑い。
でも、ここに逃げ込む以外に、安息の地はなかった。
というのも、あのとき芭玖は「ゆっくり考えろ」と言ってくれたってのに、三日ともたずに返事を催促してくるようになったのだ。
(しかも、部活中でもお構いなしだから、最悪なんだよ……)
体育館をひたすら周回するアップ走では、並走しながら小声で「返事まだ?」と聞いてくる。サイドステップなどのフットワークでは、列が入れ替わる時に横からぼそっと「返事」と呟かれる。
シュート練でも近くで「まーだー?」と声を上げてきたかと思えば、事あるごとに圧のある視線を向けられるのだ。
あまりに芭玖が絡んでくるから、周りからは「お前何したん」「あの芭玖からストーカーされるって、よっぽどやぞー」と心配されるし。新キャプテンの鬼塚こと鬼ちゃんが機転をきかせて舞台幕に隠してくれて、ようやく一息つけた。
ほんと、ここ数日間の部活は疲労がすごくて、思い返すだけでため息がこぼれる。
「あー……もう付き合うって言えば丸くおさまるんかな」
あまりに疲れすぎて、ポソっと独りごちた。その数秒後。突然、バサッとカーテンが開かれて、視界ににやりと笑った芭玖の顔が飛び込んでくる。
「……今、付き合うって言ったよな」
「うわあああああっ!」
大声で叫びながら、そのまま後ろに尻餅をついた。ステージの床は硬くて、そりゃもうめちゃくちゃ尻が痛い。かっこ悪いし、ほんと最悪だ。
「おい、大丈夫かよ」
「いや今のは違っ……今のは独り言! 面倒だからって意味で!」
芭玖が手を伸ばしてくれるけど、俺は後ずさりしながら「違うから!」と、必死に叫んだ。
すると芭玖は一瞬、目をぱちくりさせてから「はぁ?」と眉をひそめる。
「何言ってんだよ。もう聞いたし、さっきのが返事ってことでいいだろ」
「はっ? はあ? はあああああ!?」
「うるせー」
「うるせえって、おまっ……お前、そんなんでいいんかよ!?」
「なんだよ」
「つ、付き合うなら、もっと……ほら、もっと」
雰囲気いい場所とか、ちゃんとした返事とか、あれこれ言いそうになって、慌てて両手で口を塞いだ。
いやいや、待て待て。そもそも、芭玖は俺を好きとは言っていないのだ。
たぶん、少女漫画みたいな青春をしたいっていう俺が面白いから、あのとき「付き合わねぇ?」って提案してきだんだと思う。
(だって……どう考えても、好きなやつにする態度じゃないんだよな)
俺の中で、付き合うってのは一大イベントだ。
なのにこの男は、告白は雰囲気ある場所でするとか、返事だっていい感じのタイミングでさせてくれるとか、そんなの全く考えてない。そういうの完全無視。というか、雑。
(なぁにが、俺とならお前の憧れる青春してやる、だ。なら、少女漫画読んで俺の気持ち、少しは考えろよ)
今だって、俺がなんでこんな反応してるのか、分かってない。きょとんとした顔で、俺を見てる。
それが、なんかめちゃくちゃ腹立つ。
しかも、こっちなんか、あの時の芭玖の目があまりに優しかったから、寝不足になるくらい悩んだんだぞ。
もしかしたら素直になれないだけで、ほんとは芭玖が俺のこと好きなのかもって。
親友なんだし、ちゃんと考えなきゃだよなって。
なのに、この調子だ。
本気なのかもわからんし。もう、からかってるだけにしか見えない。
(俺の悩んだ時間、返せよ)
もやもやしながらむっと口を尖らせていたら、芭玖が急に俺の前にしゃがんできた。
「おい、蘭。らーん。蘭くーん? 俺の話聞いてるかー?」
そう言いながら、芭玖は何度も俺の前で手を振ってくる。
あーもう、しつこい。これだけでむしゃくしゃしてきて、その手を掴んで、振り払ってやりたくなった。
(てか、いっそのこと、付き合って振り回してやろうか? 俺のやりたいこと一から十まで付き合わせて──って、それよくね?)
ハッと俺は目を瞬いた。なんて良いアイディアだろう。
別に、俺たちは好き同士じゃないのだ。しかも、芭玖から提案してきたんだし。
なら、軽い気持ちで付き合って、芭玖がヘロヘロになるまで振り回してもバチが当たらない気がする。
(制服デートとか体育祭とか修旅とか……高校のうちじゃないとないんだもんな?)
ごくっと唾を飲み込んで、芭玖の切れ長の目をじっと見つめた。
芭玖は「ん?」と言いながら、首を傾げる。
「なあ、俺を満足させられんだろうな?」
「え……それって」
「ほんとに全部、付き合ってくれんのって聞いてんだけど」
そう言うと、芭玖は自分から返事をきいてきたくせに、驚いたみたいに眉を上げた。瞳がほんの少し、揺れた気がする。でも、すぐに芭玖の表情は元に戻って、目尻を緩めた。
「もちろん。お前が望むなら」
柔らかく、吐き出された芭玖の声。ホッとしたようなその様子に、なぜか俺も安堵する。
「……それなら……よし、付き合おう」
そう言った瞬間、俺は自分の目を疑った。
「よっしゃ!」
なぜか芭玖が吠えるように叫んで、握りこぶしを作るのだ。その上、意味わからんくらい満面の笑みを浮べて「よろしくな、蘭」と言ってくる。
不意打ちの無邪気な笑顔に、喉がひゅっと鳴る。
だって、そんな顔するなんて思ってもみなかった。まるで、俺と付き合えたことが嬉しいみたいじゃんか。
(からかってるんじゃなかったのかよ。何でそんな反応すんだよ……。それに……くそ、なんで……)
なぜか急に自分の頰が熱くなるのを感じて、慌てて背を丸めた。そのまま膝に額をくっつけて、顔を隠す。
(あーもう、少女漫画のヒーローがヒロインに落ちる、あれみたいじゃん……。こいつ、ヤバくね?)
すぐに芭玖が「蘭? おい、らーん。蘭ってば」と肩を揺さぶってきたけど、俺は断固として顔を上げなかった。
だって今、耳まで熱くなっているのだ。こんなの絶対、顔まで真っ赤になっているに決まってる。見せるなんて、無理だ。無理無理。
結局、俺は鬼ちゃんが「え、蘭。せっかく隠れたのに見つかったの?」と話しかけにくるまで、ひたすらうずくまった。
もう……ほんと急に芭玖を意識しちゃって、どうしたらいいかわかんなくなった。
俺は部活の休憩中に、ステージの舞台幕にくるまって、必死に息を潜めていた。
「らーんー。らーんー。あいつどこいったよ……」
近くから芭玖の声が聞こえてきて、思わず「ひぃっ」と身を縮める。
正直、こんなとこにいたくはない。埃っぽいし、なんか臭いし。夏場の分厚いカーテンなんて、雨でもめちゃくちゃ暑い。
でも、ここに逃げ込む以外に、安息の地はなかった。
というのも、あのとき芭玖は「ゆっくり考えろ」と言ってくれたってのに、三日ともたずに返事を催促してくるようになったのだ。
(しかも、部活中でもお構いなしだから、最悪なんだよ……)
体育館をひたすら周回するアップ走では、並走しながら小声で「返事まだ?」と聞いてくる。サイドステップなどのフットワークでは、列が入れ替わる時に横からぼそっと「返事」と呟かれる。
シュート練でも近くで「まーだー?」と声を上げてきたかと思えば、事あるごとに圧のある視線を向けられるのだ。
あまりに芭玖が絡んでくるから、周りからは「お前何したん」「あの芭玖からストーカーされるって、よっぽどやぞー」と心配されるし。新キャプテンの鬼塚こと鬼ちゃんが機転をきかせて舞台幕に隠してくれて、ようやく一息つけた。
ほんと、ここ数日間の部活は疲労がすごくて、思い返すだけでため息がこぼれる。
「あー……もう付き合うって言えば丸くおさまるんかな」
あまりに疲れすぎて、ポソっと独りごちた。その数秒後。突然、バサッとカーテンが開かれて、視界ににやりと笑った芭玖の顔が飛び込んでくる。
「……今、付き合うって言ったよな」
「うわあああああっ!」
大声で叫びながら、そのまま後ろに尻餅をついた。ステージの床は硬くて、そりゃもうめちゃくちゃ尻が痛い。かっこ悪いし、ほんと最悪だ。
「おい、大丈夫かよ」
「いや今のは違っ……今のは独り言! 面倒だからって意味で!」
芭玖が手を伸ばしてくれるけど、俺は後ずさりしながら「違うから!」と、必死に叫んだ。
すると芭玖は一瞬、目をぱちくりさせてから「はぁ?」と眉をひそめる。
「何言ってんだよ。もう聞いたし、さっきのが返事ってことでいいだろ」
「はっ? はあ? はあああああ!?」
「うるせー」
「うるせえって、おまっ……お前、そんなんでいいんかよ!?」
「なんだよ」
「つ、付き合うなら、もっと……ほら、もっと」
雰囲気いい場所とか、ちゃんとした返事とか、あれこれ言いそうになって、慌てて両手で口を塞いだ。
いやいや、待て待て。そもそも、芭玖は俺を好きとは言っていないのだ。
たぶん、少女漫画みたいな青春をしたいっていう俺が面白いから、あのとき「付き合わねぇ?」って提案してきだんだと思う。
(だって……どう考えても、好きなやつにする態度じゃないんだよな)
俺の中で、付き合うってのは一大イベントだ。
なのにこの男は、告白は雰囲気ある場所でするとか、返事だっていい感じのタイミングでさせてくれるとか、そんなの全く考えてない。そういうの完全無視。というか、雑。
(なぁにが、俺とならお前の憧れる青春してやる、だ。なら、少女漫画読んで俺の気持ち、少しは考えろよ)
今だって、俺がなんでこんな反応してるのか、分かってない。きょとんとした顔で、俺を見てる。
それが、なんかめちゃくちゃ腹立つ。
しかも、こっちなんか、あの時の芭玖の目があまりに優しかったから、寝不足になるくらい悩んだんだぞ。
もしかしたら素直になれないだけで、ほんとは芭玖が俺のこと好きなのかもって。
親友なんだし、ちゃんと考えなきゃだよなって。
なのに、この調子だ。
本気なのかもわからんし。もう、からかってるだけにしか見えない。
(俺の悩んだ時間、返せよ)
もやもやしながらむっと口を尖らせていたら、芭玖が急に俺の前にしゃがんできた。
「おい、蘭。らーん。蘭くーん? 俺の話聞いてるかー?」
そう言いながら、芭玖は何度も俺の前で手を振ってくる。
あーもう、しつこい。これだけでむしゃくしゃしてきて、その手を掴んで、振り払ってやりたくなった。
(てか、いっそのこと、付き合って振り回してやろうか? 俺のやりたいこと一から十まで付き合わせて──って、それよくね?)
ハッと俺は目を瞬いた。なんて良いアイディアだろう。
別に、俺たちは好き同士じゃないのだ。しかも、芭玖から提案してきたんだし。
なら、軽い気持ちで付き合って、芭玖がヘロヘロになるまで振り回してもバチが当たらない気がする。
(制服デートとか体育祭とか修旅とか……高校のうちじゃないとないんだもんな?)
ごくっと唾を飲み込んで、芭玖の切れ長の目をじっと見つめた。
芭玖は「ん?」と言いながら、首を傾げる。
「なあ、俺を満足させられんだろうな?」
「え……それって」
「ほんとに全部、付き合ってくれんのって聞いてんだけど」
そう言うと、芭玖は自分から返事をきいてきたくせに、驚いたみたいに眉を上げた。瞳がほんの少し、揺れた気がする。でも、すぐに芭玖の表情は元に戻って、目尻を緩めた。
「もちろん。お前が望むなら」
柔らかく、吐き出された芭玖の声。ホッとしたようなその様子に、なぜか俺も安堵する。
「……それなら……よし、付き合おう」
そう言った瞬間、俺は自分の目を疑った。
「よっしゃ!」
なぜか芭玖が吠えるように叫んで、握りこぶしを作るのだ。その上、意味わからんくらい満面の笑みを浮べて「よろしくな、蘭」と言ってくる。
不意打ちの無邪気な笑顔に、喉がひゅっと鳴る。
だって、そんな顔するなんて思ってもみなかった。まるで、俺と付き合えたことが嬉しいみたいじゃんか。
(からかってるんじゃなかったのかよ。何でそんな反応すんだよ……。それに……くそ、なんで……)
なぜか急に自分の頰が熱くなるのを感じて、慌てて背を丸めた。そのまま膝に額をくっつけて、顔を隠す。
(あーもう、少女漫画のヒーローがヒロインに落ちる、あれみたいじゃん……。こいつ、ヤバくね?)
すぐに芭玖が「蘭? おい、らーん。蘭ってば」と肩を揺さぶってきたけど、俺は断固として顔を上げなかった。
だって今、耳まで熱くなっているのだ。こんなの絶対、顔まで真っ赤になっているに決まってる。見せるなんて、無理だ。無理無理。
結局、俺は鬼ちゃんが「え、蘭。せっかく隠れたのに見つかったの?」と話しかけにくるまで、ひたすらうずくまった。
もう……ほんと急に芭玖を意識しちゃって、どうしたらいいかわかんなくなった。


