事件から一週間後、クロードから手紙が来た。
業務報告への返書として届いた封筒は、王宮の印章が押されているだけで、いつもより少し重く見えた。
指先が紙に触れた瞬間、胸の奥がそわつく。
嫌な予感じゃないのに、落ち着かない。
開くと、最初の数行は事件の後始末の報告だった。
捕縛した者の処遇、学院側への通達、警備の再編。
淡々としていて、いかにも王太子の文章——なのに、途中から筆圧が変わった気がした。
後半に、こんなことが書かれていた。
『事件の夜に言いそびれたことがある。
マリアンナが無事だったことが、何よりも嬉しかった。
セリア嬢のためにいつも身を張るマリアンナのことを、僕は心から尊敬している。
同時に、心配でもある。マリアンナは自分のことを後回しにしすぎる。
次に何かある時は、必ずすぐに僕に連絡してほしい。
これは王太子としての命令ではなく、個人的な頼みだ』
読み終えた瞬間、呼吸の仕方を忘れた。
心臓が勝手に早くなる。手のひらが、じんわり熱い。
(個人的な頼み……?)
私は手紙を握り直して、文字をもう一度追った。
命令じゃない。頼み。しかも、個人的。
言葉の形が、妙に柔らかい。だから余計に、受け取り方が分からない。
ふと顔を上げると、向かいの椅子でセリアが、手紙と私を交互に見ながらにこにこしていた。
「なに?」
「なんでもない。ただ、マリアンナが手紙を読んでる顔、好きだなって思って」
「……何の顔?」
「嬉しそうで、でも困ってる顔」
「……見ないで」
「見ちゃう」
セリアがくすくす笑う。
私は誤魔化すように手紙を畳み、机の端に寄せた。
……寄せたのに、指が離れない。
返書の内容を考える。
正しいのは、きっとこれだ。
『個人的な頼みを受け入れます』
そう書けばいい。余計なことは書かない。感情は入れない。
なのに、便箋を前に筆を走らせると、勝手に文章が伸びていった。
『受け入れます。ただ、殿下も無茶はしないでください。殿下が無事でいることが、セリアにとって——』
書きかけて、止まる。
消して、また書く。
同じところで、また止まる。
『殿下が無事でいることが、セリアにとって』という文の続きは——
『私にとっても』だということに、書きながら気づいてしまったから。
(……ちょっと待って)
筆を置いくと、インクの匂いがやけに濃い。
部屋の静けさが、逆にうるさい。
(殿下が無事でいることを、私が心配している?業務的な意味ではなく?)
セリアの幸せのため、クロードルート上の人物として、彼が無事であるべきだというのはその通りだ。
でも今の気持ちは、それとは少し違う。
焦りに似ているのに、焦りだけじゃない。
胸の奥が、柔らかく痛む。
「マリアンナ。ちょっといい?」
「うん」
セリアが私の隣に移ってきて座り、静かな顔で私を見た。
笑っていない。いつもの軽さもない。だから、逃げられない。
「……マリアンナ、最近どう?」
「どうって?」
「クロード殿下のこと」
「……それは」
言葉が詰まる。
セリアは、ためらわず続けた。
「私は殿下と仲良くしてるよ。手紙のやり取りも続いてる。でも、殿下が気にかけてる人は——私じゃないと思う」
「え?」
セリアは声を荒げず、淡々と言った。
淡々だからこそ、彼女の真剣さが伝わってくる。
「殿下の手紙には、いつもマリアンナのことが書いてある。マリアンナはどうだ、マリアンナは元気か、マリアンナが最近……って。私への近況報告なんだけど、内容の半分はマリアンナの話だよ」
「……そんな」
「そんな、じゃなくて本当に。マリアンナ、気づいてなかったんだね」
言葉を失った。
否定も肯定もできない。私はただ、便箋の白さを見つめた。
「それとも、気づかないふりかな?」
「でも、殿下とあなたを——」
「マリアンナ」
セリアが穏やかに割り込む。穏やかなのに、はっきりしている。
「私はね、ずっとマリアンナを見てたよ。殿下のことが好きなのに、私のためって言い聞かせて、ずっと自分の気持ちを見ないようにしてるの、ぜんぶわかってた」
「……」
「なんで私のために自分を犠牲にするの?」
「犠牲じゃない。セリアのためなら——」
「私はマリアンナの幸せが見たい」
業務報告への返書として届いた封筒は、王宮の印章が押されているだけで、いつもより少し重く見えた。
指先が紙に触れた瞬間、胸の奥がそわつく。
嫌な予感じゃないのに、落ち着かない。
開くと、最初の数行は事件の後始末の報告だった。
捕縛した者の処遇、学院側への通達、警備の再編。
淡々としていて、いかにも王太子の文章——なのに、途中から筆圧が変わった気がした。
後半に、こんなことが書かれていた。
『事件の夜に言いそびれたことがある。
マリアンナが無事だったことが、何よりも嬉しかった。
セリア嬢のためにいつも身を張るマリアンナのことを、僕は心から尊敬している。
同時に、心配でもある。マリアンナは自分のことを後回しにしすぎる。
次に何かある時は、必ずすぐに僕に連絡してほしい。
これは王太子としての命令ではなく、個人的な頼みだ』
読み終えた瞬間、呼吸の仕方を忘れた。
心臓が勝手に早くなる。手のひらが、じんわり熱い。
(個人的な頼み……?)
私は手紙を握り直して、文字をもう一度追った。
命令じゃない。頼み。しかも、個人的。
言葉の形が、妙に柔らかい。だから余計に、受け取り方が分からない。
ふと顔を上げると、向かいの椅子でセリアが、手紙と私を交互に見ながらにこにこしていた。
「なに?」
「なんでもない。ただ、マリアンナが手紙を読んでる顔、好きだなって思って」
「……何の顔?」
「嬉しそうで、でも困ってる顔」
「……見ないで」
「見ちゃう」
セリアがくすくす笑う。
私は誤魔化すように手紙を畳み、机の端に寄せた。
……寄せたのに、指が離れない。
返書の内容を考える。
正しいのは、きっとこれだ。
『個人的な頼みを受け入れます』
そう書けばいい。余計なことは書かない。感情は入れない。
なのに、便箋を前に筆を走らせると、勝手に文章が伸びていった。
『受け入れます。ただ、殿下も無茶はしないでください。殿下が無事でいることが、セリアにとって——』
書きかけて、止まる。
消して、また書く。
同じところで、また止まる。
『殿下が無事でいることが、セリアにとって』という文の続きは——
『私にとっても』だということに、書きながら気づいてしまったから。
(……ちょっと待って)
筆を置いくと、インクの匂いがやけに濃い。
部屋の静けさが、逆にうるさい。
(殿下が無事でいることを、私が心配している?業務的な意味ではなく?)
セリアの幸せのため、クロードルート上の人物として、彼が無事であるべきだというのはその通りだ。
でも今の気持ちは、それとは少し違う。
焦りに似ているのに、焦りだけじゃない。
胸の奥が、柔らかく痛む。
「マリアンナ。ちょっといい?」
「うん」
セリアが私の隣に移ってきて座り、静かな顔で私を見た。
笑っていない。いつもの軽さもない。だから、逃げられない。
「……マリアンナ、最近どう?」
「どうって?」
「クロード殿下のこと」
「……それは」
言葉が詰まる。
セリアは、ためらわず続けた。
「私は殿下と仲良くしてるよ。手紙のやり取りも続いてる。でも、殿下が気にかけてる人は——私じゃないと思う」
「え?」
セリアは声を荒げず、淡々と言った。
淡々だからこそ、彼女の真剣さが伝わってくる。
「殿下の手紙には、いつもマリアンナのことが書いてある。マリアンナはどうだ、マリアンナは元気か、マリアンナが最近……って。私への近況報告なんだけど、内容の半分はマリアンナの話だよ」
「……そんな」
「そんな、じゃなくて本当に。マリアンナ、気づいてなかったんだね」
言葉を失った。
否定も肯定もできない。私はただ、便箋の白さを見つめた。
「それとも、気づかないふりかな?」
「でも、殿下とあなたを——」
「マリアンナ」
セリアが穏やかに割り込む。穏やかなのに、はっきりしている。
「私はね、ずっとマリアンナを見てたよ。殿下のことが好きなのに、私のためって言い聞かせて、ずっと自分の気持ちを見ないようにしてるの、ぜんぶわかってた」
「……」
「なんで私のために自分を犠牲にするの?」
「犠牲じゃない。セリアのためなら——」
「私はマリアンナの幸せが見たい」



