二年生の冬、『影の教団』が最後の大きな作戦を仕掛けてきた。
それは——『聖女の誘拐』だった。
ゲームの記憶でも、この時期に教団の直接行動があることは知っていた。
でも、場所と方法の詳細が少し違っていて。
私の予測が、外れた。
誘拐の標的はセリア。
そして実行は『セリアが一人になる瞬間』を狙ってくる。
だから私は、その『一人』を徹底的に潰してきた。
どこに行く時も一緒。就寝前に確認。朝は必ず一緒に起きる。
息苦しいほどの同伴を、私は守るためと言い聞かせて続けた。
——でも、ある夜のこと、セリアが体調を崩した。
腹痛で医務室に行くことになり、当然ついていくつもりだったのに、セリアが眉を下げて言う。
「マリアンナも疲れてるんだから、部屋で待ってて。すぐ戻るから」
護衛の騎士が一人ついていたから大丈夫だ、と判断してしまった。
ほんの一度だけ、手を離した。
——それが間違いだった。
三十分後。
騎士が部屋に飛び込んできて、青い顔で報告した。
「セリア嬢が医務室から姿を消しました」
騎士が一瞬、目を離した隙を突かれたのだ。
『ほんの一瞬』で足りる。教団は、その瞬間だけを待っていた。
「セリア!!」
頭が真っ白になる——はずなのに、こういう時だけゲームの知識が冷たく働く。
教団がセリアを連れて行くとしたら——学院の裏手にある旧倉庫。
集合拠点として設定されていた場所。私はそれを覚えている。
「殿下に連絡を!!旧倉庫へ!!」
騎士に向かって叫びながら、一人で走った。
旧倉庫に着くと、中から光が漏れていた。
白じゃない。鈍い、嫌な色の光。
私は考える間もなく扉を押し開けた。
「なん——っ」
男が三人。
教団の男たちが、セリアを囲んでいた。
セリアは腕を縛られ、口も布でふさがれ、身動きが取れず、涙を流している。
その姿を見た瞬間、腸が煮えくり返るのを感じた。
「……姉か」
男の一人が私を見て、冷ややかに言った。
「聖女じゃないほうだ。邪魔をするな」
「セリアを放してください」
「無理だ。大人しくしていれば命は取らない」
「私は聖女じゃない」
「知っている。ただの女に何ができる」
「聖女の力がなくても、聖女の妹として出来ることがある。例えば——」
懐から小さな石を取り出した。
指先で触れると、冷たいのに、心臓の音だけがやけに大きい。
「これを割ること」
「なんだそれは」
「以前、クロード殿下から私専用のものを頂きました」
男たちの顔色が変わった。
一瞬で、計算が走る目になる。逃げ道を探す目。
「割ったら、王宮の騎士が瞬間移動でここに来ます。私が割る前に三人で私を止めようとするか——セリアを放して逃げるか。どちらかです。どうしますか?」
「……」
「五秒で決めてください」
「貴様——」
「いち」
私の声が、思ったより低く出た。
自分でも驚いた。怖いのに、怖さが外に出ない。
「わかった!」
男の一人が怒鳴った。
「逃げるぞ!!」
三人が窓を突き破り逃走するのを見届けると、セリアへ駆け寄り、口を塞ぐ布を取る。
「大丈夫!?怪我は!?」
「……平気。マリアンナ、すごい……」
震えながら抱きついてくるセリア。
私はその体を、腕の中に押し込めるみたいに抱き返した。
温かい。生きてる。
「でも……怖かった……」
「ごめん。一人にした私が悪かった」
「違う、私が勝手に一人で行ったから——」
「どっちの話もあとでしよう。まず外に——」
その時、扉が勢いよく開くと、飛び込んできたのは、クロードだった。
「マリアンナ!!」
「……殿下?」
「怪我は?!」
「ないです。教団の人たちはあっちへ——」
「知ってる。外で騎士が捕まえた。——本当に怪我は?!」
クロードが両手で私の顔を挟むようにして確認してくる。
近い。指先が、頬に熱を残す。
今それどころじゃないのに、反射で呼吸が詰まる。
(え、えっ??)
「マリアンナの顔が青い。本当に——」
「大丈夫です!平気です!——で、でも、セリアが!!」
私が慌ててセリアを指すと、クロードは一瞬だけセリアを確認して——また視線を私へ戻した。
「セリア嬢は無事だな。……でもマリアンナは一人で来たんだろう?なぜ——」
「その……近かったので!!」
「一人で来るな!!」
荒げた声に、私は息を飲んだ。
こんなふうに感情を露わにするクロードを見るのは、初めてだった。
叱責なのに、怒りよりも怖さが滲んでいる。
「……ごめんな、さい」
「怪我がなくて本当によかった。でも——」
クロードは一度、息を整えてから続けた声が、少しだけ震えている。
「怖かった。通報が入った時、マリアンナが一人でいると知って、怖かった」
その言葉の重さに、なにも答えられない。
セリアが、私とクロードをゆっくり見比べていた。
(……セリアに、何を読まれている気がする)
でもそれを確かめる前に、騎士たちが入ってきて状況確認が始まった。
倉庫の空気が一気に『現実』へ引き戻される。
その夜は嵐のように過ぎていき、自分の胸の内を整理する暇もなく。
ただ——クロードが『怖かった』と言った時の、あの声の質だけが、頭から離れない。
それは——『聖女の誘拐』だった。
ゲームの記憶でも、この時期に教団の直接行動があることは知っていた。
でも、場所と方法の詳細が少し違っていて。
私の予測が、外れた。
誘拐の標的はセリア。
そして実行は『セリアが一人になる瞬間』を狙ってくる。
だから私は、その『一人』を徹底的に潰してきた。
どこに行く時も一緒。就寝前に確認。朝は必ず一緒に起きる。
息苦しいほどの同伴を、私は守るためと言い聞かせて続けた。
——でも、ある夜のこと、セリアが体調を崩した。
腹痛で医務室に行くことになり、当然ついていくつもりだったのに、セリアが眉を下げて言う。
「マリアンナも疲れてるんだから、部屋で待ってて。すぐ戻るから」
護衛の騎士が一人ついていたから大丈夫だ、と判断してしまった。
ほんの一度だけ、手を離した。
——それが間違いだった。
三十分後。
騎士が部屋に飛び込んできて、青い顔で報告した。
「セリア嬢が医務室から姿を消しました」
騎士が一瞬、目を離した隙を突かれたのだ。
『ほんの一瞬』で足りる。教団は、その瞬間だけを待っていた。
「セリア!!」
頭が真っ白になる——はずなのに、こういう時だけゲームの知識が冷たく働く。
教団がセリアを連れて行くとしたら——学院の裏手にある旧倉庫。
集合拠点として設定されていた場所。私はそれを覚えている。
「殿下に連絡を!!旧倉庫へ!!」
騎士に向かって叫びながら、一人で走った。
旧倉庫に着くと、中から光が漏れていた。
白じゃない。鈍い、嫌な色の光。
私は考える間もなく扉を押し開けた。
「なん——っ」
男が三人。
教団の男たちが、セリアを囲んでいた。
セリアは腕を縛られ、口も布でふさがれ、身動きが取れず、涙を流している。
その姿を見た瞬間、腸が煮えくり返るのを感じた。
「……姉か」
男の一人が私を見て、冷ややかに言った。
「聖女じゃないほうだ。邪魔をするな」
「セリアを放してください」
「無理だ。大人しくしていれば命は取らない」
「私は聖女じゃない」
「知っている。ただの女に何ができる」
「聖女の力がなくても、聖女の妹として出来ることがある。例えば——」
懐から小さな石を取り出した。
指先で触れると、冷たいのに、心臓の音だけがやけに大きい。
「これを割ること」
「なんだそれは」
「以前、クロード殿下から私専用のものを頂きました」
男たちの顔色が変わった。
一瞬で、計算が走る目になる。逃げ道を探す目。
「割ったら、王宮の騎士が瞬間移動でここに来ます。私が割る前に三人で私を止めようとするか——セリアを放して逃げるか。どちらかです。どうしますか?」
「……」
「五秒で決めてください」
「貴様——」
「いち」
私の声が、思ったより低く出た。
自分でも驚いた。怖いのに、怖さが外に出ない。
「わかった!」
男の一人が怒鳴った。
「逃げるぞ!!」
三人が窓を突き破り逃走するのを見届けると、セリアへ駆け寄り、口を塞ぐ布を取る。
「大丈夫!?怪我は!?」
「……平気。マリアンナ、すごい……」
震えながら抱きついてくるセリア。
私はその体を、腕の中に押し込めるみたいに抱き返した。
温かい。生きてる。
「でも……怖かった……」
「ごめん。一人にした私が悪かった」
「違う、私が勝手に一人で行ったから——」
「どっちの話もあとでしよう。まず外に——」
その時、扉が勢いよく開くと、飛び込んできたのは、クロードだった。
「マリアンナ!!」
「……殿下?」
「怪我は?!」
「ないです。教団の人たちはあっちへ——」
「知ってる。外で騎士が捕まえた。——本当に怪我は?!」
クロードが両手で私の顔を挟むようにして確認してくる。
近い。指先が、頬に熱を残す。
今それどころじゃないのに、反射で呼吸が詰まる。
(え、えっ??)
「マリアンナの顔が青い。本当に——」
「大丈夫です!平気です!——で、でも、セリアが!!」
私が慌ててセリアを指すと、クロードは一瞬だけセリアを確認して——また視線を私へ戻した。
「セリア嬢は無事だな。……でもマリアンナは一人で来たんだろう?なぜ——」
「その……近かったので!!」
「一人で来るな!!」
荒げた声に、私は息を飲んだ。
こんなふうに感情を露わにするクロードを見るのは、初めてだった。
叱責なのに、怒りよりも怖さが滲んでいる。
「……ごめんな、さい」
「怪我がなくて本当によかった。でも——」
クロードは一度、息を整えてから続けた声が、少しだけ震えている。
「怖かった。通報が入った時、マリアンナが一人でいると知って、怖かった」
その言葉の重さに、なにも答えられない。
セリアが、私とクロードをゆっくり見比べていた。
(……セリアに、何を読まれている気がする)
でもそれを確かめる前に、騎士たちが入ってきて状況確認が始まった。
倉庫の空気が一気に『現実』へ引き戻される。
その夜は嵐のように過ぎていき、自分の胸の内を整理する暇もなく。
ただ——クロードが『怖かった』と言った時の、あの声の質だけが、頭から離れない。



