数日後の休日の朝、朝食の時間。拓実が焼いたパンに、陽介がバターを塗って並べていく。
当たり前にそんなことが無言のまま行われている。その事が陽介には不思議だった。
家族以外の人間と日常を過ごすのは、陽介にとっては、初めてのことだったが、この空気は、家族と恋人ではどう違うのだろうか。
そんなことを、ぼんやり考えていた。
食事をはじめてしばらくして、拓実が切り出す。
「なあ、今日はどうするんだ?」
「特に何も予定はないので、本でも読んでると思います」
「いつもそんな感じなん?」
「ええ、まあ。そういう拓実さんは普段休日はどうされるんですか?」
「俺は、大抵は夜に誰かと遊びに行ってるな。その分、昼間は寝てることが多いかな」
そう言って、にんまりと笑った。
その笑いに陽介は何故か心がざわつくが、理由ははっきりしないまま、「そうですか」と言葉少なく返事することしかできなかった。
「さて、暇なんだったら、今日はこの辺り案内するよ。仕事終わりでいつも同じスーパーくらいしかよれなかったからさ、俺は最初本社勤務だったからこの辺りは詳しいんだよ。本屋も知っといた方がいいだろう?」
そう言って、ウィンクして笑いかける拓実に、陽介は、「よろしくお願いします」と反射的に答えてしまう。
そして二人は、並んでこの街を歩くことになった。
「とりあえずまず本屋かな、持ち歩いても痛まないしな」
そう言って拓実は陽介を、会社と反対側の駅の近くにある大きな書店に案内する。
「これは……ありがとうございます」
「お、おう、そんな嬉しいの?」
「はい、赴任先にはこんなに品揃えのいい書店はなかったですから……」
本気で感動して喜んでいる陽介を見て、驚きながらも、嬉しそうに笑って拓実は言った。
「好きに中入って見たらいいよ。俺のことは気にしなくていいから」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
——そう言った陽介はそのまま一時間以上店内をうろうろして、何冊か本を買い求めて嬉しそうに、珍しく饒舌に、拓実に本のことを話した。
「本当にありがとうございました。僕のもので時間とらせて申し訳ないです」
「いいよ、それだけ嬉しそうにしてくれたら、案内した甲斐もあったよ。次は商店街覗いていこう。会社の方向とは逆だけど、こっちは賑やかな商店街があってね。俺、昔このそばに住んでたんだ」
人の多い賑やかな商店街、売り子の威勢のいい声が響いている魚屋に、拓実は歩いて行く。
「今日は鰤が安いよ、そこのお兄さん、今日はこれで一杯どうだい」
「美味しそうだな、それ半身もらえる」
「あれ、お兄さん久しぶりだね、以前よくきてくれてたよね」
「おじさん、お久しぶりです。転勤でまた戻ってきたんですよ、また週末には買いにきますから」
「覚えていてまた来てくれたんだ、嬉しいね、サービスしとくよ、また来てくれな」
拓実が親しそうに、店主と話をしているのを、すこし離れて陽介はぼんやり見ていた。
店から離れたあと、不思議そうに陽介は訪ねる。
「何年も経ってるのに覚えているものなんですね?」
「スーパーとかならともかく、こういう小さいお店なら印象の強い客なら覚えるもんじゃねえかな?」
「そんなものなんですね……」
そもそも買い物して、必要以上に会話をすることはなかった自分にはそんな人はいないだろうな……そんなことを陽介は考えていた。
その後八百屋のオバさんと話しながら拓実は大根を買い込んだ。
「今夜は鰤大根にしよう。酒がすすむぞ」
「飲むの好きですね」
「ああ、酒はいいよ、何も考えなくてよくなるしな」
「え?」——一瞬、拓実の顔色に陰を感じて、陽介は思わず声を漏らした。
「あ……ああ、今夜は、美味い酒と肴で、仕事を忘れて飲もう」——何事もなかったかのように、拓実はそう陽介に笑いかけた。
「はい、美味しそうですね、そんなのも作れるんですか?」
「料理は……好きなんだよ。食べてもらって美味しいと言われると嬉しいしな」
「楽しみにしてます」
二人は、荷物を抱えて、部屋に戻った。
まだ何日も経っていないのに、部屋に戻ると帰ってきたという想いが心にあふれて、陽介はつい言葉にして言った。
「ただいま」
「おかえりなさい」——すかさず拓実がそう返事をする。
「あ……ありがとうございます。変ですね、一緒に帰ってきたのに……」
「挨拶だから、気にしなくていいよ、さあ入って作ろう、教えるから、手伝えるとこは手伝ってくれよ」
「は、はい、がんばります」
手を洗って台所に入った二人は、拓実の指示のもと、今夜の晩酌の支度を始めた。
おっかない手つきで、真剣に取り組む陽介を、拓実は優しい目で見つめていた。
その日の酒は、陽介にとっては珍しく、心が沸き立つような時間になりつい飲み過ぎた陽介が今日はソファで眠ってしまう。
拓実は、寝落ちた陽介に今度は自分が毛布をかけてあげる。
「おかしなやつだな……だが案外……悪くない」——そう呟くと、後片づけをしてから陽介を起こすのだった。
当たり前にそんなことが無言のまま行われている。その事が陽介には不思議だった。
家族以外の人間と日常を過ごすのは、陽介にとっては、初めてのことだったが、この空気は、家族と恋人ではどう違うのだろうか。
そんなことを、ぼんやり考えていた。
食事をはじめてしばらくして、拓実が切り出す。
「なあ、今日はどうするんだ?」
「特に何も予定はないので、本でも読んでると思います」
「いつもそんな感じなん?」
「ええ、まあ。そういう拓実さんは普段休日はどうされるんですか?」
「俺は、大抵は夜に誰かと遊びに行ってるな。その分、昼間は寝てることが多いかな」
そう言って、にんまりと笑った。
その笑いに陽介は何故か心がざわつくが、理由ははっきりしないまま、「そうですか」と言葉少なく返事することしかできなかった。
「さて、暇なんだったら、今日はこの辺り案内するよ。仕事終わりでいつも同じスーパーくらいしかよれなかったからさ、俺は最初本社勤務だったからこの辺りは詳しいんだよ。本屋も知っといた方がいいだろう?」
そう言って、ウィンクして笑いかける拓実に、陽介は、「よろしくお願いします」と反射的に答えてしまう。
そして二人は、並んでこの街を歩くことになった。
「とりあえずまず本屋かな、持ち歩いても痛まないしな」
そう言って拓実は陽介を、会社と反対側の駅の近くにある大きな書店に案内する。
「これは……ありがとうございます」
「お、おう、そんな嬉しいの?」
「はい、赴任先にはこんなに品揃えのいい書店はなかったですから……」
本気で感動して喜んでいる陽介を見て、驚きながらも、嬉しそうに笑って拓実は言った。
「好きに中入って見たらいいよ。俺のことは気にしなくていいから」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
——そう言った陽介はそのまま一時間以上店内をうろうろして、何冊か本を買い求めて嬉しそうに、珍しく饒舌に、拓実に本のことを話した。
「本当にありがとうございました。僕のもので時間とらせて申し訳ないです」
「いいよ、それだけ嬉しそうにしてくれたら、案内した甲斐もあったよ。次は商店街覗いていこう。会社の方向とは逆だけど、こっちは賑やかな商店街があってね。俺、昔このそばに住んでたんだ」
人の多い賑やかな商店街、売り子の威勢のいい声が響いている魚屋に、拓実は歩いて行く。
「今日は鰤が安いよ、そこのお兄さん、今日はこれで一杯どうだい」
「美味しそうだな、それ半身もらえる」
「あれ、お兄さん久しぶりだね、以前よくきてくれてたよね」
「おじさん、お久しぶりです。転勤でまた戻ってきたんですよ、また週末には買いにきますから」
「覚えていてまた来てくれたんだ、嬉しいね、サービスしとくよ、また来てくれな」
拓実が親しそうに、店主と話をしているのを、すこし離れて陽介はぼんやり見ていた。
店から離れたあと、不思議そうに陽介は訪ねる。
「何年も経ってるのに覚えているものなんですね?」
「スーパーとかならともかく、こういう小さいお店なら印象の強い客なら覚えるもんじゃねえかな?」
「そんなものなんですね……」
そもそも買い物して、必要以上に会話をすることはなかった自分にはそんな人はいないだろうな……そんなことを陽介は考えていた。
その後八百屋のオバさんと話しながら拓実は大根を買い込んだ。
「今夜は鰤大根にしよう。酒がすすむぞ」
「飲むの好きですね」
「ああ、酒はいいよ、何も考えなくてよくなるしな」
「え?」——一瞬、拓実の顔色に陰を感じて、陽介は思わず声を漏らした。
「あ……ああ、今夜は、美味い酒と肴で、仕事を忘れて飲もう」——何事もなかったかのように、拓実はそう陽介に笑いかけた。
「はい、美味しそうですね、そんなのも作れるんですか?」
「料理は……好きなんだよ。食べてもらって美味しいと言われると嬉しいしな」
「楽しみにしてます」
二人は、荷物を抱えて、部屋に戻った。
まだ何日も経っていないのに、部屋に戻ると帰ってきたという想いが心にあふれて、陽介はつい言葉にして言った。
「ただいま」
「おかえりなさい」——すかさず拓実がそう返事をする。
「あ……ありがとうございます。変ですね、一緒に帰ってきたのに……」
「挨拶だから、気にしなくていいよ、さあ入って作ろう、教えるから、手伝えるとこは手伝ってくれよ」
「は、はい、がんばります」
手を洗って台所に入った二人は、拓実の指示のもと、今夜の晩酌の支度を始めた。
おっかない手つきで、真剣に取り組む陽介を、拓実は優しい目で見つめていた。
その日の酒は、陽介にとっては珍しく、心が沸き立つような時間になりつい飲み過ぎた陽介が今日はソファで眠ってしまう。
拓実は、寝落ちた陽介に今度は自分が毛布をかけてあげる。
「おかしなやつだな……だが案外……悪くない」——そう呟くと、後片づけをしてから陽介を起こすのだった。



