朝日がカーテンの隙間から部屋に一筋の白い線をのばす。
その光に目を照らされて、陽介はまどろみから醒める。
「あれ? ここは?」——呟いてすぐに、昨日の事を思い出した。
まだ眠っている拓実の寝顔が目に入る。
誰かと一緒に朝を迎えるという過去にない経験に、小さな違和感を感じる。
「僕とは全然違う世界の人だよな……」
そうボソリとつぶやくと、起こさないようにそおっと歩いてリビングに向かった。
冷たい水で顔を洗っていると、後ろから気配がした。
「ふああ、おはよう」——大きな欠伸をしながら拓実が洗面所に入ってきた。
「おはようございます」
陽介は鏡ごしに、挨拶を返した。
拓実は手を伸ばすと歯ブラシを手に取る
「なんか二つ並んでると同棲でもしてるみたいだな。陽介はしたことある?」
なんでもない事を聞くような口調で、尋ねてくる拓実に、陽介は一瞬言葉につまる。
「……そういうお付き合いは残念ながらしたことがないですね」
したことがないのは事実だ、嘘は言っていない……そう陽介は考えながら自分も残った歯ブラシをとった。
「そっか、ふむ」——拓実もそれ以上聞こうとはせず、無言のまま並んで歯を磨いた。
ゴシゴシとこする音が二つ並んで聞こえていた。
二人で並んで会社までの道を歩く。
「拓実さんは同棲したことあるんですか?」
「ああ、どうだろう完全にってのは、俺もないね、週末だけ転がり込んでるみたいなのはあったけど」
「そうなんですね、どんな感じなんでしょうね、僕はしたことがないので……」
「じゃ、俺で練習したらいいさ」
そう軽口を言って、拓実はニヤリと振り返って笑いかけた。
「……勉強させてもらいます」
そう答える陽介に、手をひらひらさせながら、「硬いねえ、陽介は。気楽に楽しもうよ」——そう言って、楽しそうに歩いていった。
本社ビルに入り、駅の改札のようなゲートに社員証をタッチして、中に入る。
「よう、木崎。本社に戻ってきたな、またいっぱいつきあえよ」
先輩社員らしき人がそう、拓実に声をかけた。
「先輩のいっぱいは、沢山のいっぱいでしょう、肝臓気をつけてくださいよ」
「女房みたいなこというなよ、ま、営業二課のみんなお前が来るの楽しみにしてたぞ、さあ行こう」
「じゃ、陽介、俺先輩と行くから、またな」
「あ、はい。またです」
そうして、拓実は先輩に肩を抱かれながら、営業課の方へ連れ去られていった。
それを見送って、陽介も経理課に向かう。
課長に挨拶して、自席に案内される。
今日のところはPCの受け取りと自分用の設定とかしといてと言われて放り出された。
入社後本社にいたのは研修後、配属が決まるまでのわずかな期間だった陽介には、知り合いはいない。
周りの人間が挨拶に声をかけてくれるが、挨拶以上の話を陽介から話す事はなく、それ以上の話題に発展する事はなかった。
マニュアルに従ってもくもくと仕事用のノートパソコンを準備し終えると、課長の席に向かった。
「あの、何かお手伝いできることありますか?」
「うん? もう設定は終わった?」
「はい、終わりました」
「あいにく今日は期初でみんな自分の作業で手一杯なんだよね。仕事を振る余裕もないんだ。すまないが今日のところは、ゆっくり資料でも眺めておいてください」
昼休みになり、経理課の人達もばらばらと立ち上がりお昼に出掛ける。
誰にも声を掛けられる事も、掛ける事もなく、なんとなく一人になった陽介はそのまま一人で社員食堂に向かった。
セルフのカウンターで一番安い定食を受け取ると、適当に開いてる壁際の一人用のカウンターが並んでいる席に座る。
背中に聞き覚えのある声を耳にして、ふと振り返ると近くのボックスで、拓実が、数人のおそらく営業課の人達と食事をしていた。男女混ざった6人掛けの席では、賑やかな談笑が行われていた。
賑やかな席と、静かな壁際の間になんだか明確な線が引かれているような気がした。
その線は、境界線というより、透明な壁のようだった。
そのことに苦いような味を感じた陽介は、定食の味噌汁をごくりと飲み干した。
賑やかに食事をする拓実の姿に、自分も人と食べた昼食を思い出した。
学生時代に一度だけ告白され付き合った女性。一緒に食堂で食事してても何を話せばいいのか分からなかった。その沈黙が、相手を怒らせるものだとは気づけなかった。黙々と食べていたら、仕方なく付き合うのはやめてと怒らせてそれっきりになった人だった。
『なんで、あんなに話す話題がでてくるのだろうか? 自分にはできないな』
そんな疑問を頭に抱えつつ、食べ終わった陽介は、静かに食器を下げて、執務室に戻っていった。
ポケットのスマホが震えるのに気付いて、画面を見る。
そこには拓実からのメッセージ通知
「今日、歓迎会になったから遅くなる」
それだけの短いメッセージで、夜も一人で食べるのかと思った陽介は何故か胸にざわつきを感じる。当たり前のはずのその事が、何故か微妙に落ち着かない気持ちにさせるのに、驚いた。
でも、その気持ちが何なのか? と考えると答えが出ないままで、違和感を抱えたまま、午後も資料に向かって、残業する同僚に謝りつつ、一人家に戻った。
誰もいない部屋、一昨日までは当たり前だったそれが、冷たい場所になぜだか感じられた。
その光に目を照らされて、陽介はまどろみから醒める。
「あれ? ここは?」——呟いてすぐに、昨日の事を思い出した。
まだ眠っている拓実の寝顔が目に入る。
誰かと一緒に朝を迎えるという過去にない経験に、小さな違和感を感じる。
「僕とは全然違う世界の人だよな……」
そうボソリとつぶやくと、起こさないようにそおっと歩いてリビングに向かった。
冷たい水で顔を洗っていると、後ろから気配がした。
「ふああ、おはよう」——大きな欠伸をしながら拓実が洗面所に入ってきた。
「おはようございます」
陽介は鏡ごしに、挨拶を返した。
拓実は手を伸ばすと歯ブラシを手に取る
「なんか二つ並んでると同棲でもしてるみたいだな。陽介はしたことある?」
なんでもない事を聞くような口調で、尋ねてくる拓実に、陽介は一瞬言葉につまる。
「……そういうお付き合いは残念ながらしたことがないですね」
したことがないのは事実だ、嘘は言っていない……そう陽介は考えながら自分も残った歯ブラシをとった。
「そっか、ふむ」——拓実もそれ以上聞こうとはせず、無言のまま並んで歯を磨いた。
ゴシゴシとこする音が二つ並んで聞こえていた。
二人で並んで会社までの道を歩く。
「拓実さんは同棲したことあるんですか?」
「ああ、どうだろう完全にってのは、俺もないね、週末だけ転がり込んでるみたいなのはあったけど」
「そうなんですね、どんな感じなんでしょうね、僕はしたことがないので……」
「じゃ、俺で練習したらいいさ」
そう軽口を言って、拓実はニヤリと振り返って笑いかけた。
「……勉強させてもらいます」
そう答える陽介に、手をひらひらさせながら、「硬いねえ、陽介は。気楽に楽しもうよ」——そう言って、楽しそうに歩いていった。
本社ビルに入り、駅の改札のようなゲートに社員証をタッチして、中に入る。
「よう、木崎。本社に戻ってきたな、またいっぱいつきあえよ」
先輩社員らしき人がそう、拓実に声をかけた。
「先輩のいっぱいは、沢山のいっぱいでしょう、肝臓気をつけてくださいよ」
「女房みたいなこというなよ、ま、営業二課のみんなお前が来るの楽しみにしてたぞ、さあ行こう」
「じゃ、陽介、俺先輩と行くから、またな」
「あ、はい。またです」
そうして、拓実は先輩に肩を抱かれながら、営業課の方へ連れ去られていった。
それを見送って、陽介も経理課に向かう。
課長に挨拶して、自席に案内される。
今日のところはPCの受け取りと自分用の設定とかしといてと言われて放り出された。
入社後本社にいたのは研修後、配属が決まるまでのわずかな期間だった陽介には、知り合いはいない。
周りの人間が挨拶に声をかけてくれるが、挨拶以上の話を陽介から話す事はなく、それ以上の話題に発展する事はなかった。
マニュアルに従ってもくもくと仕事用のノートパソコンを準備し終えると、課長の席に向かった。
「あの、何かお手伝いできることありますか?」
「うん? もう設定は終わった?」
「はい、終わりました」
「あいにく今日は期初でみんな自分の作業で手一杯なんだよね。仕事を振る余裕もないんだ。すまないが今日のところは、ゆっくり資料でも眺めておいてください」
昼休みになり、経理課の人達もばらばらと立ち上がりお昼に出掛ける。
誰にも声を掛けられる事も、掛ける事もなく、なんとなく一人になった陽介はそのまま一人で社員食堂に向かった。
セルフのカウンターで一番安い定食を受け取ると、適当に開いてる壁際の一人用のカウンターが並んでいる席に座る。
背中に聞き覚えのある声を耳にして、ふと振り返ると近くのボックスで、拓実が、数人のおそらく営業課の人達と食事をしていた。男女混ざった6人掛けの席では、賑やかな談笑が行われていた。
賑やかな席と、静かな壁際の間になんだか明確な線が引かれているような気がした。
その線は、境界線というより、透明な壁のようだった。
そのことに苦いような味を感じた陽介は、定食の味噌汁をごくりと飲み干した。
賑やかに食事をする拓実の姿に、自分も人と食べた昼食を思い出した。
学生時代に一度だけ告白され付き合った女性。一緒に食堂で食事してても何を話せばいいのか分からなかった。その沈黙が、相手を怒らせるものだとは気づけなかった。黙々と食べていたら、仕方なく付き合うのはやめてと怒らせてそれっきりになった人だった。
『なんで、あんなに話す話題がでてくるのだろうか? 自分にはできないな』
そんな疑問を頭に抱えつつ、食べ終わった陽介は、静かに食器を下げて、執務室に戻っていった。
ポケットのスマホが震えるのに気付いて、画面を見る。
そこには拓実からのメッセージ通知
「今日、歓迎会になったから遅くなる」
それだけの短いメッセージで、夜も一人で食べるのかと思った陽介は何故か胸にざわつきを感じる。当たり前のはずのその事が、何故か微妙に落ち着かない気持ちにさせるのに、驚いた。
でも、その気持ちが何なのか? と考えると答えが出ないままで、違和感を抱えたまま、午後も資料に向かって、残業する同僚に謝りつつ、一人家に戻った。
誰もいない部屋、一昨日までは当たり前だったそれが、冷たい場所になぜだか感じられた。



