七人の訳あり王子と、八番目の薬草姫

ジークムントの処遇を決める場は、会議室ではなかった。
会議室は『決める』場所だ。処遇は、『片付ける』場所で決める。

執事長が整えた小審問室は、王宮の奥、窓のない石造りの部屋。
豪奢さがない。だからこそ嘘が剥がれる。
椅子が三つ、机が一つ。灯りは一つ。喪布の影すら入り込まない。
飾りがないぶん、声と沈黙だけがそのまま残る部屋。

ベルは椅子に座り、机の上の帳簿と布袋を見つめた。
香料庫の出入り記録。書記局の改竄の写し。偽蜜蝋の欠片。
全部揃っているのに、それでも一つだけ難しい。

『罰』を決めることだ。

ベルは王になりたいわけじゃない。
でも王になるなら、逃げられない場所がある。
誰が何をしたかを暴くだけじゃなく、その先を決めなければならない場所。
それが今、自分の前にある。

扉が開き、レオンハルトが入ってきた。
布手袋。目の下の影。それでも背筋はまっすぐだ。
眠れていないはずなのに、目だけは冴えている。

「準備は」
「はい」

ベルが答えると、レオンハルトは短く頷いた。

「執事長は?」
「外にいます。必要な時だけ入れるって」

ベルは息を吸った。
今日の場は『裁き』ではなく『処遇』。
裁きは後でいい。まず王宮の秩序を崩さないこと。
ここで感情に引きずられれば、最後に残るのは傷だけになる。
レオンハルトが扉に目配せする。

「入れろ」

次に入ってきたのはジークムントだった。
顔色は以前より悪い。片耳の不自由が体力を削っている。
それでも姿勢は崩さない。
崩さないことが、最後の武器だと知っている人間の座り方。

ジークムントは二人を見て、微かに笑った。

「審問か」
「処遇を決める」

レオンハルトが淡々と言う。
ジークムントが椅子に座る。
座り方がきれいだ。きれいすぎて、かえって冷たい。

ベルは紙片を机の上に置いた。
偽封蝋欠片つきの短文。『ベルを隔離せよ』『真名を確認せよ』。

「これ、あなたが指示した?」

ベルが問うと、ジークムントは即答しなかった。
その沈黙は、否定ではなく計算だった。
どこまで認め、どこから切るかを測る沈黙だ。

「指示した、と言えばどうする」
「あなたの王位資格は、すでに遺言で否定された。だから王位の話ではない。王宮で、何を許すか。何を残すかの話」

ベルは淡々と言う。
感情を乗せると、この人はそこから逃げる。
だから事実だけを置く。
ジークムントが目を細めた。

「許す、か。君は王になったつもりか」
「なったつもりじゃなく、なるの」

ベルの声が、自分でも少し硬かった。
『なる』と言うたびに、自分が現実に近づくのが怖い。
けれど、今はその怖さごと口にしなければならない。
レオンハルトが机を叩く。

「ジークムント。確認する。偽蜜蝋、書類改竄、火事未遂、護符混入。補佐を使って動かしたのはお前か」
「……そうだ」
「じゃぁ『真名』のことはどこで知ったの?」
「書庫で、と言えばわかるか?」
「盗み聞き?」
「人聞きの悪い。君らが後からきて、勝手に話を始めた」

ジークムントが言った。
淡々と、罪の自白というより、事実の報告みたいに。
そこに悔いの色は薄い。ただ、もう隠す必要がないという乾いた響きだけがあった。

「書庫への出入りの記録に、あなたの名前は無かった」
「あんなもの、いくらでもどうとでもできる」

ベルは胸の奥が冷えた。
それでも次の問いを出す。

「目的は王政廃止?」
「そうだ。王政は、君みたいな『鍵』を生む。鍵を巡って人が狂う。だったら、鍵ごと壊すのが合理的だ」
「合理的」
「犠牲は必要だ。君が嫌う言葉だろうが」

ジークムントは目を逸らさず言う。
その視線には、まだ自分が間違っていないという硬さがあった。
ベルは息を吸った。
彼の思想は分かる。分かるけれど、許す理由にはならない。
分かってしまうからこそ、止めなければならない。

レオンハルトが低く言う。

「お前は子どもを潰そうとした」
「潰してはいない」
「潰そうとした」

レオンハルトの声が冷たい。
怒りが混じっている。怒りを制御しきれず、それでも制御している声。
ジークムントは淡々と返す。

「盤面を動かすなら、弱い駒からだ」
「……駒?」

ベルが思わず声を漏らした。
ジークムントがベルを見る。
その視線は冷たい。けれど冷たいだけじゃない。どこか羨望のようなものまで混じっている。

「君は駒じゃない。鍵だ。だから君は『決める側』になれる。僕らは駒のままだ。王の子ですらない。なのに王政のために舞台に立たされる」

ベルの胸の奥が痛んだ。
王の子ではない。それは事実だ。
事実だからこそ、彼はそこに傷を作り、その傷の形に合わせて思想を選んだのだろう。

「あなたの痛みは分かる。でも、あなたは痛みで人を燃やした」
「痛みを意味に変えただけだ」

ジークムントの声は静かだった。
静かだから怖い。
怒鳴らない人間の方が、時々よほど遠くまで壊せる。

ベルはレオンハルトを一瞬見た。
レオンハルトは『ベルが決めろ』という目をしている。
この場の主語はベルだ、と。
王になるなら、ここから先を言うのは自分だ、と。

ベルはゆっくりと言った。

「処遇の選択肢は三つあります」

指を三本立てる。

「追放。監視下での幽閉。——そして、王宮に残す」
「残す?君は僕を飼うつもりか」
「飼うんじゃない。残すなら『条件』が必要」

ジークムントが薄く笑う。
ベルは淡々と言った。

「あなたの思想は消せない。でも、方法は縛れる」
「縛るのが好きだな」
「好きじゃない。必要だからです」

ジークムントは首を傾げた。
その仕草だけが妙に子どもっぽい。
だから余計に厄介だった。子どもみたいな顔で、平然と火を放てる人間なのだと分かるから。

「追放は簡単だ。監視は簡単だ。残すのは面倒だ」
「面倒だから残す、という選択もあります」

ベルの言葉に、レオンハルトが一瞬だけ眉を上げた。
意外だと思ったのだろう。でも止めない。
止めずに聞いている。

「追放したら、外で思想を広める。王政廃止派は『殉教者』を得る。幽閉したら、王宮が『口封じ』をしたと思われる。——秘喪の直後にそれは危険です。残せば、王宮の中で監視できる。思想も動きも」
「お前は……危険な賭けをするな」
「賭けじゃない。管理です」

レオンハルトに言われ、ベルは言い切った。

「私は、王宮を『自浄できる場所』にしたい。なら、都合の悪い思想を外に捨てるんじゃなく、中で扱うべきです」
「扱えるのか」
「扱えます。仕組みを作れば」