放課後の裏庭は、校舎の影が長く伸びて、静寂が支配していた。
西日が植え込みをオレンジ色に染め、地面に映る鴎の影を細長く引き伸ばしている。
先に着いた鴎は、落ち着かない手つきで鞄のストラップを握りしめていた。
(……『俺の担当』って。何なんだよ、あいつ)
昼休み、クラスメイトたちの前で琉生が言い放った言葉が、頭の中で何度もリピートされる。秘密を守るための「偽装」だったはずなのに、あの瞬間の琉生の目は、演技にしてはあまりに鋭すぎた。
「待った?」
背後からの声に肩が跳ねる。
琉生が片手をポケットに入れたまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「別に。……それより、さっきの何」
振り向きざま、鴎は詰め寄った。
「『俺の担当』とか……。あんなの、余計に怪しまれるだけでしょ。今村にカマかけられて、なんであんなにムキになってんの」
琉生は数歩手前で止まり、少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。
「……悪かった。でも、彰人がお前に当たり前みたいに頼み事してくるのが、どうしても嫌だった」
「服のことでしょ? そんなの、適当に流せばいいのに」
「最初は、そう思ってた。でも、たぶんそれだけじゃないんだよ」
琉生が再び、真っ直ぐに鴎を見た。
「最初はただ、服を見てもらえるのが助かるってだけだった。配置も構図も、お前のこだわりを聞くのが楽しかった。でも、気づいたらお前に写真を送るのも、返事を待つのも、俺にとっては代わりのいない日常になってて。そこに彰人がズカズカ入ってきて、『自分もその特別枠に入れろ』って顔してるのが、思った以上に面白くなかった」
琉生は自嘲気味に、少しだけ笑った。
「我ながら、あんなところで『俺の担当』なんて、だいぶ子供じみた独占欲だなって思うわ」
心臓が、内側から激しく叩かれる。
これはもう、単なるプロデュースの関係ではない。琉生は、鴎が作り上げた「早見琉生」という作品だけでなく、その作り手である「時任鴎」そのものを、自分の独占的な領域に置きたがっている。
「……何それ。ずるいよ」
「ごめん。……でも、整理がつく前に言いたかった。お前を困らせる原因が俺にあるなら、ちゃんと謝っておきたくて。……でも、彰人をプロデュースするお前は、やっぱり見たくない」
真面目すぎる。その不器用な誠実さに、鴎の肩からふっと力が抜けた。
「……次から、気をつけてよね。噂を作るのはいいけど、自爆するのは勘弁して」
「はい。善処します」
***
少しだけ空気が和らいだところで、琉生が何気なくスマホを取り出した。
「……今日、裏アカ上げる?」
「えっ、あ……まだ決めてない」
通知音が鳴る。琉生から送られてきたのは、メリーゴーラウンドの前で、鴎が不意に、けれど心底楽しそうに笑ってしまった瞬間の一枚だった。
「……何、これ。送ってこないでよ、恥ずかしい」
「俺、これが一番好きだわ」
「……っ!」
「裏アカで千人に『可愛い』って言われるより、俺が撮ったこの顔の方が、何倍も価値あると思わない?」
図星だった。
最近、裏アカの通知を見ても、かつてのような純粋な充足感が得られない理由。それは、画面越しの見知らぬ誰かの称賛よりも、目の前のこの男が「いい」と言う一枚の方が、重くなってしまったからだ。
「……知らない。勝手にしなよ」
鴎はスマホを握りしめ、逃げるように背を向けた。
***
その日の夜、裏アカに一枚だけ写真を上げた。
いつも通り、背景とコーデが完璧な、プロデューサーとしての自信作。
けれど、指が止まるのは、琉生から送られてきた「笑いすぎている自分」の写真だった。
数日後、今村は懲りずにまた話しかけてきたが、琉生は再び“俺が嫌だから”とはねのけた。
今村が去った後の静かな教室で、琉生が少しだけ声を低くした。
「学校の外で、話さない? 作戦とか今村のことじゃなくて、もっと……気軽に」
それは、偽装でも女装でもない。
「時任鴎」と「早見琉生」として過ごす時間の誘いだった。
鴎は机の上のペンを見つめたまま、答えない。
断る理由はいくらでもあった。けれど、トクトクと高鳴る心拍数が、もう次の答えを選んでしまっていた。
西日が植え込みをオレンジ色に染め、地面に映る鴎の影を細長く引き伸ばしている。
先に着いた鴎は、落ち着かない手つきで鞄のストラップを握りしめていた。
(……『俺の担当』って。何なんだよ、あいつ)
昼休み、クラスメイトたちの前で琉生が言い放った言葉が、頭の中で何度もリピートされる。秘密を守るための「偽装」だったはずなのに、あの瞬間の琉生の目は、演技にしてはあまりに鋭すぎた。
「待った?」
背後からの声に肩が跳ねる。
琉生が片手をポケットに入れたまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「別に。……それより、さっきの何」
振り向きざま、鴎は詰め寄った。
「『俺の担当』とか……。あんなの、余計に怪しまれるだけでしょ。今村にカマかけられて、なんであんなにムキになってんの」
琉生は数歩手前で止まり、少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。
「……悪かった。でも、彰人がお前に当たり前みたいに頼み事してくるのが、どうしても嫌だった」
「服のことでしょ? そんなの、適当に流せばいいのに」
「最初は、そう思ってた。でも、たぶんそれだけじゃないんだよ」
琉生が再び、真っ直ぐに鴎を見た。
「最初はただ、服を見てもらえるのが助かるってだけだった。配置も構図も、お前のこだわりを聞くのが楽しかった。でも、気づいたらお前に写真を送るのも、返事を待つのも、俺にとっては代わりのいない日常になってて。そこに彰人がズカズカ入ってきて、『自分もその特別枠に入れろ』って顔してるのが、思った以上に面白くなかった」
琉生は自嘲気味に、少しだけ笑った。
「我ながら、あんなところで『俺の担当』なんて、だいぶ子供じみた独占欲だなって思うわ」
心臓が、内側から激しく叩かれる。
これはもう、単なるプロデュースの関係ではない。琉生は、鴎が作り上げた「早見琉生」という作品だけでなく、その作り手である「時任鴎」そのものを、自分の独占的な領域に置きたがっている。
「……何それ。ずるいよ」
「ごめん。……でも、整理がつく前に言いたかった。お前を困らせる原因が俺にあるなら、ちゃんと謝っておきたくて。……でも、彰人をプロデュースするお前は、やっぱり見たくない」
真面目すぎる。その不器用な誠実さに、鴎の肩からふっと力が抜けた。
「……次から、気をつけてよね。噂を作るのはいいけど、自爆するのは勘弁して」
「はい。善処します」
***
少しだけ空気が和らいだところで、琉生が何気なくスマホを取り出した。
「……今日、裏アカ上げる?」
「えっ、あ……まだ決めてない」
通知音が鳴る。琉生から送られてきたのは、メリーゴーラウンドの前で、鴎が不意に、けれど心底楽しそうに笑ってしまった瞬間の一枚だった。
「……何、これ。送ってこないでよ、恥ずかしい」
「俺、これが一番好きだわ」
「……っ!」
「裏アカで千人に『可愛い』って言われるより、俺が撮ったこの顔の方が、何倍も価値あると思わない?」
図星だった。
最近、裏アカの通知を見ても、かつてのような純粋な充足感が得られない理由。それは、画面越しの見知らぬ誰かの称賛よりも、目の前のこの男が「いい」と言う一枚の方が、重くなってしまったからだ。
「……知らない。勝手にしなよ」
鴎はスマホを握りしめ、逃げるように背を向けた。
***
その日の夜、裏アカに一枚だけ写真を上げた。
いつも通り、背景とコーデが完璧な、プロデューサーとしての自信作。
けれど、指が止まるのは、琉生から送られてきた「笑いすぎている自分」の写真だった。
数日後、今村は懲りずにまた話しかけてきたが、琉生は再び“俺が嫌だから”とはねのけた。
今村が去った後の静かな教室で、琉生が少しだけ声を低くした。
「学校の外で、話さない? 作戦とか今村のことじゃなくて、もっと……気軽に」
それは、偽装でも女装でもない。
「時任鴎」と「早見琉生」として過ごす時間の誘いだった。
鴎は机の上のペンを見つめたまま、答えない。
断る理由はいくらでもあった。けれど、トクトクと高鳴る心拍数が、もう次の答えを選んでしまっていた。



