花壇の横は、狙い通り人影がまばらだった。
白亜の柵の前にパステルカラーの花々が咲き乱れ、奥にはアンティーク調の街灯。背景としてのポテンシャルは極めて高い。
鴎は周囲を一瞥し、バッグからスマホを取り出した。
「ここでいい。撮るよ」
「了解。専属カメラマン、入りまーす」
「……その言い方、バカにしてるでしょ」
毒づきながらも、鴎は立ち位置をミリ単位で調整する。花に寄りすぎれば色が散るし、引きすぎれば遊園地の質感が死ぬ。柵が対角線上に走るベストポジションを見定め、一歩横へスライドした。
琉生はその一連の動きを、感心したように眺めていた。
「……何」
「いや、マジで職人だなって。迷いがない」
「撮るなら、最高の一枚にしたいだけでしょ」
「俺、そのあたりのセンス皆無だからさ。勉強させていただきます、時任先生」
「その呼び方やめてってば」
全然反省の色がない琉生にスマホを託す。
「とりあえず縦。上の余白は詰め気味で。背景のボケ感は欲しいけど、何があるか分かる程度に残して」
「注文多いな……。はいはい、こんな感じ?」
琉生がスマホを構える。鴎は小さく呼気を整え、スッと「被写体」の顔を作った。
裏アカ用の完璧な作り込みではない。けれど、遊園地の浮かれた空気に馴染むような、柔らかい角度。
「……あ、今のいい」
カシャッ、と乾いた電子音が響く。数枚撮ったあと、琉生が画面を凝視したまま固まった。
「どう。使えそう?」
「いや……普通に可愛すぎて、ちょっと引いてる」
「感想はいいから画角を見せて」
奪い取るように確認する。……癪だが、筋は悪くない。少し手ブレしているものもあるが、光の捉え方は完璧だった。
「……まあ、及第点。次はもう少し上から撮って。脚が短く見える」
「厳しっ」
***
続いて向かったのは、パステルピンクの屋根が連なる売店横のベンチ。
「なんか食う? チュロスとか」
「……シナモン味」
「可愛いもん選ぶじゃん」
「遊園地の定番でしょ。普通だよ」
琉生が買いに行っている間、鴎は一人ベンチで待機した。
行き交う人々、子供の歓声、甘いキャラメルの匂い。客観的に見れば、今の自分たちは「どこにでもいる幸せなカップル」にしか見えないだろう。その事実が、じわじわと肌を焼くような感覚を連れてくる。
「はい、お待たせ」
戻ってきた琉生から手渡されたチュロスは、ほんのりと温かかった。
「ありがと」
「どういたしまして。……時任さ、それ持ってるとマジで『それっぽい』よな」
「それっぽいって何」
「遊園地に遊びに来た、めちゃくちゃ可愛い女の子」
「……っ、言い方がチャラい」
さらりと言ってのける琉生に、鴎はチュロスを盾にするように顔を伏せた。こういう言葉にいちいち動揺したくないのに、心臓が勝手にリズムを乱す。
「な、写真撮る? 手元とか」
「……撮る。……っていうか、撮って」
ベンチに座ったまま、チュロスを主役にした手元のカットを収める。続いて琉生が、不意にレンズを鴎の横顔に向けた。
「あ、待って。不意打ちはナシ」
「今の、光の当たり方最高だったのに。……じゃあ、許可取る。撮っていい?」
「……一枚だけ」
鴎は少しだけ視線を伏せ、睫毛の影を強調する角度を作った。けれど、シャッター音は一度では止まらない。
「ちょっと! 一枚って言ったじゃん」
「いや、今の表情も良かったからつい。時任ってさ、作ってるときは綺麗だけど、ふとした瞬間は普通に『可愛い』んだよな」
「……何それ。意味わかんない」
意味不明な供述を平然と口にする琉生。その表情が子供のように無邪気で、鴎はそれ以上強く言い返せなくなった。自分も、心のどこかでこの時間を楽しんでしまっていることに気づいたからだ。
***
昼下がり。ようやく人混みが引いたメリーゴーラウンドの前。
白と金を基調とした装飾が、午後の光を反射してキラキラと輝いている。
「今ならいける。……撮って」
柵の前に立ち、首をわずかに傾ける。琉生が数枚シャッターを切ったあと、ふと眉を寄せて言った。
「これ、二人で写ったのも欲しい」
その言葉に、鴎は目を瞬いた。
「……何で」
「せっかくだし。記念に」
あまりにもさらっと言うから、余計に困る。 作戦とか、噂とか、そういう理由じゃない。ただ一緒に来たから撮りたいと言われる方が、ずっと逃げ場がなかった。
「……少しだけなら、いいよ」
「了解。お邪魔します」
琉生が隣に並ぶ。肩が触れ合うか、触れ合わないか。教室での練習よりも、心なしか距離が近い。 「これくらい?」
「……たぶん」
「時任、顔がガチガチ。もっと笑って」
「うるさい……っ」
そう言い返した瞬間、琉生が低く笑った。その釣られ笑いで、鴎の口元もわずかに綻ぶ。
――カシャッ。
「あ、今の絶対いいわ」
琉生が満足げに画面を見せる。そこには、照れ隠しで笑い合う、お似合いすぎる二人の姿があった。
「……これ、十分でしょ」
「だな。……でも、俺、普通にこの写真好きだわ」 「は?」
「『写真が』ね。構図とか」
絶対わざとだ。確信犯的な言い回しに、鴎の耳はまた熱を帯びる。
***
「……乗る?」
琉生が指差したのは、ゆっくりと空へ向かう観覧車だった。
「え、でも……」
「噂のダメ押し。それに、ちょっと休憩したいだろ?」
並んでいる最中、琉生がふと真面目なトーンで聞いた。
「時任。今日、来てよかった?」
不意を突かれ、鴎は目を瞬いた。
「……まだ、わかんないよ。終わってないし」
「そっか」
「でも……写真は、思ったよりいいのが撮れてる。それは認める」
素直に言うのは悔しい。けれど、それが本音だった。
「ならよかった。……じゃ、行こうか。空の散歩に」
ゆっくりと近づいてくるゴンドラを見上げながら、鴎は自分の胸のざわつきを必死に抑え込んでいた。
偽装デート、噂作りのためのフェイク。
そのはずなのに、この高揚感まで「嘘」だと言い切る自信が、もうどこにもなかった。
白亜の柵の前にパステルカラーの花々が咲き乱れ、奥にはアンティーク調の街灯。背景としてのポテンシャルは極めて高い。
鴎は周囲を一瞥し、バッグからスマホを取り出した。
「ここでいい。撮るよ」
「了解。専属カメラマン、入りまーす」
「……その言い方、バカにしてるでしょ」
毒づきながらも、鴎は立ち位置をミリ単位で調整する。花に寄りすぎれば色が散るし、引きすぎれば遊園地の質感が死ぬ。柵が対角線上に走るベストポジションを見定め、一歩横へスライドした。
琉生はその一連の動きを、感心したように眺めていた。
「……何」
「いや、マジで職人だなって。迷いがない」
「撮るなら、最高の一枚にしたいだけでしょ」
「俺、そのあたりのセンス皆無だからさ。勉強させていただきます、時任先生」
「その呼び方やめてってば」
全然反省の色がない琉生にスマホを託す。
「とりあえず縦。上の余白は詰め気味で。背景のボケ感は欲しいけど、何があるか分かる程度に残して」
「注文多いな……。はいはい、こんな感じ?」
琉生がスマホを構える。鴎は小さく呼気を整え、スッと「被写体」の顔を作った。
裏アカ用の完璧な作り込みではない。けれど、遊園地の浮かれた空気に馴染むような、柔らかい角度。
「……あ、今のいい」
カシャッ、と乾いた電子音が響く。数枚撮ったあと、琉生が画面を凝視したまま固まった。
「どう。使えそう?」
「いや……普通に可愛すぎて、ちょっと引いてる」
「感想はいいから画角を見せて」
奪い取るように確認する。……癪だが、筋は悪くない。少し手ブレしているものもあるが、光の捉え方は完璧だった。
「……まあ、及第点。次はもう少し上から撮って。脚が短く見える」
「厳しっ」
***
続いて向かったのは、パステルピンクの屋根が連なる売店横のベンチ。
「なんか食う? チュロスとか」
「……シナモン味」
「可愛いもん選ぶじゃん」
「遊園地の定番でしょ。普通だよ」
琉生が買いに行っている間、鴎は一人ベンチで待機した。
行き交う人々、子供の歓声、甘いキャラメルの匂い。客観的に見れば、今の自分たちは「どこにでもいる幸せなカップル」にしか見えないだろう。その事実が、じわじわと肌を焼くような感覚を連れてくる。
「はい、お待たせ」
戻ってきた琉生から手渡されたチュロスは、ほんのりと温かかった。
「ありがと」
「どういたしまして。……時任さ、それ持ってるとマジで『それっぽい』よな」
「それっぽいって何」
「遊園地に遊びに来た、めちゃくちゃ可愛い女の子」
「……っ、言い方がチャラい」
さらりと言ってのける琉生に、鴎はチュロスを盾にするように顔を伏せた。こういう言葉にいちいち動揺したくないのに、心臓が勝手にリズムを乱す。
「な、写真撮る? 手元とか」
「……撮る。……っていうか、撮って」
ベンチに座ったまま、チュロスを主役にした手元のカットを収める。続いて琉生が、不意にレンズを鴎の横顔に向けた。
「あ、待って。不意打ちはナシ」
「今の、光の当たり方最高だったのに。……じゃあ、許可取る。撮っていい?」
「……一枚だけ」
鴎は少しだけ視線を伏せ、睫毛の影を強調する角度を作った。けれど、シャッター音は一度では止まらない。
「ちょっと! 一枚って言ったじゃん」
「いや、今の表情も良かったからつい。時任ってさ、作ってるときは綺麗だけど、ふとした瞬間は普通に『可愛い』んだよな」
「……何それ。意味わかんない」
意味不明な供述を平然と口にする琉生。その表情が子供のように無邪気で、鴎はそれ以上強く言い返せなくなった。自分も、心のどこかでこの時間を楽しんでしまっていることに気づいたからだ。
***
昼下がり。ようやく人混みが引いたメリーゴーラウンドの前。
白と金を基調とした装飾が、午後の光を反射してキラキラと輝いている。
「今ならいける。……撮って」
柵の前に立ち、首をわずかに傾ける。琉生が数枚シャッターを切ったあと、ふと眉を寄せて言った。
「これ、二人で写ったのも欲しい」
その言葉に、鴎は目を瞬いた。
「……何で」
「せっかくだし。記念に」
あまりにもさらっと言うから、余計に困る。 作戦とか、噂とか、そういう理由じゃない。ただ一緒に来たから撮りたいと言われる方が、ずっと逃げ場がなかった。
「……少しだけなら、いいよ」
「了解。お邪魔します」
琉生が隣に並ぶ。肩が触れ合うか、触れ合わないか。教室での練習よりも、心なしか距離が近い。 「これくらい?」
「……たぶん」
「時任、顔がガチガチ。もっと笑って」
「うるさい……っ」
そう言い返した瞬間、琉生が低く笑った。その釣られ笑いで、鴎の口元もわずかに綻ぶ。
――カシャッ。
「あ、今の絶対いいわ」
琉生が満足げに画面を見せる。そこには、照れ隠しで笑い合う、お似合いすぎる二人の姿があった。
「……これ、十分でしょ」
「だな。……でも、俺、普通にこの写真好きだわ」 「は?」
「『写真が』ね。構図とか」
絶対わざとだ。確信犯的な言い回しに、鴎の耳はまた熱を帯びる。
***
「……乗る?」
琉生が指差したのは、ゆっくりと空へ向かう観覧車だった。
「え、でも……」
「噂のダメ押し。それに、ちょっと休憩したいだろ?」
並んでいる最中、琉生がふと真面目なトーンで聞いた。
「時任。今日、来てよかった?」
不意を突かれ、鴎は目を瞬いた。
「……まだ、わかんないよ。終わってないし」
「そっか」
「でも……写真は、思ったよりいいのが撮れてる。それは認める」
素直に言うのは悔しい。けれど、それが本音だった。
「ならよかった。……じゃ、行こうか。空の散歩に」
ゆっくりと近づいてくるゴンドラを見上げながら、鴎は自分の胸のざわつきを必死に抑え込んでいた。
偽装デート、噂作りのためのフェイク。
そのはずなのに、この高揚感まで「嘘」だと言い切る自信が、もうどこにもなかった。



