奏楽は手芸部の窓から外を眺めていた。
新校舎二階の家庭科室からは、校庭で練習するサッカー部の姿がよく見える。
「小鳥遊が黄昏てる~」
花音が面白そうに笑う。
「まだ午前中だよ」
千尋が実も蓋もないツッコミをした。
そんなやり取りを片耳に聞きながら、奏楽は小さく息を吐いた。
(優希が一目で見付けられる。切ない)
前までも、優希の姿にはすぐに気が付いた。
今は違う理由ですぐに目につく。
(優希の背中に僕が張り付いてる。まるでとり憑いてるみたいに)
憂鬱になるのに、探さずにはいられない。
しかも、幽霊奏楽は優希の首に腕を回して、ぴたりとくっ付いている。
(僕は、こんなに遠くにいるのに。近くにいたって自分からくっ付いたりなんか、絶対できない……幽霊だからって、狡い)
いくら姿が同じでも、モヤモヤする。
「小鳥遊、手を動かせ。文化祭までに、あみぐるみ千個だぞ」
佳奈が部長らしい無茶振りを飛ばしてきた。
文化祭では、それぞれに得意な作品を売りに出すことになった。
奏楽は、一番得意な動物のあみぐるみを作る。
「奏楽ちゃんなら千個くらい余裕よね~」
「さすがに千個は無理だし、そんなに売れないと思います」
詩織の本気なのか冗談なのかわからない言葉には、自分でツッコんだ。
「小鳥遊のあみぐるみなら、千個くらい売れちゃうそうだけどね」
花音が、籠の中に入れた猫のあみぐるみを手に取る。
手のひらサイズのあみぐるみは、犬や猫、ウサギや鳥など、もう十個はできた。それらを纏めて籠に入れて置いていた。
「サイズ感、いいしね。紐を通したらバッグや鍵とかに付けられそう」
千尋もまじまじと眺めている。
「さっきから、何を見ているんだ。奏楽坊」
佳奈が頭を撫でながら、奏楽の視線を追いかけた。
撫でるというより抑えられているような仕草に、むぐっと口が閉じた。
(佳奈先輩より、僕のほうが一センチ身長高いのに!)
チビ扱いされているようで、不服だ。
「私も興味あるわ~」
佳奈とは反対側の隣に、詩織が立った。
詩織は奏楽より五センチ背が高いから、あまり隣に立ってほしくない。
「何となく、外を」
「何となく、ねぇ」
何かを見付けたらしい佳奈が、ニヤリとした。
「そうねぇ。何となく、サッカー部の練習風景を見ているのかしら~」
「ちがっ、げほっ」
息を吸い込み過ぎて、むせた。
詩織の追加解説は、いつも奏楽の心に刺さる。
「何で、サッカー部?」
花音が首を傾げる。
「染谷でも探してんの? 同室だったよね。喧嘩でもしたの?」
「げほ、ぐほっ」
千尋のツッコミが鋭すぎて咳が収まらない。
「喧嘩ではなさそうだぞ。なぁ、奏楽坊や」
「奏楽坊って、やめてください」
佳奈が新しい呼び名を使い始めた。
佳奈のブームが終わるまできっと呼び続けるから、早めに忘れてほしい。
「いいから、ホラ」
奏楽の顔を掴まえた佳奈が、ぐりんと外に向ける。
サッカーコートから、優希が手を振っている。
視線も手も、明らかにこっちを向いているように見える。
(うそでしょ、幻覚? 僕がここにいるなんて、気付くわけ……)
「ほらほら、奏楽ちゃん。手を振り返してあげないと可哀想よ~」
詩織が奏楽の手首を持ち上げて、強引に手を振った。
佳奈が真似をして、反対側の奏楽の手を持ち挙げる。大降りにぶんぶん振った。
「ちょっと、二人とも……」
サッカーコートに立つ優希が、吹き出した。
両手で手を振り返してくれた。
(僕に気付いてた。僕に、手を振ってくれた)
そう確信したら、顔が熱くなった。
(あれ……幽霊僕が、ちょっとだけ離れた……?)
体をピタリとくっ付けていた幽霊奏楽が、ふっと体を離した。
今は、肩に手を置いているだけだ。
「おや、一人増えたぞ」
佳奈が目を凝らす。
優希の肩に腕を回した颯真も、手を振っている。
「染谷と鷹宮じゃん。小鳥遊、モテモテだねぇ」
花音が遠巻きに外を眺めた。
同じように窓辺に寄らないようにして、千尋も外を見た。
「サッカー部のモテ組王子様二人を射止めるとは。やるね、小鳥遊」
「射止めてない。二人って、颯真も王子様なの?」
千尋の聞き捨てならない恐ろしい発言に、問い返さずにはいられない。
「サッカー部ってモテ男子多いけど、あの二人は別格でしょ。染谷が正統派王子様で、鷹宮が元気系王子様」
「元気系……」
言わんとすることはわかるが。
颯真がモテ組なのは知っていたが、王子様だとは知らなかった。
「サッカー部とかテニス部の女子が、よく話してるねぇ」
花音の補足に、恐ろしくなった。
「僕、女子に逆恨みされるんじゃ」
優希に関しては恋心を自覚しているから、嫌でも仕方がないとして。
颯真に関しては、完全にただの友達だ。
(二人が窓に寄らないのは、他の誰かに見られるのが嫌だからか! さすが女子の勘は強い)
変な勘違いをされたら、それこそ面倒くさい。
そういう嗅覚は強い二人だ。
(佳奈先輩と詩織先輩は、気にしなそうだけど)
怪異ガチ勢の佳奈は三年の間でも最強らしいし、それを抑える詩織は規格外だ。
この二人に敵う女子は、そういない。
「小鳥遊なら、逆恨みはないよ~。二年生の可愛い系ではダントツだし」
「あの二人とは違う意味で人気あるからね」
花音と千尋が交互に虚偽情報を発した。
「そういう嘘、良くない。僕、知らない」
最近の手芸部は、奏楽を揶揄いすぎだ。
居心地の良い部活だが、そういうところはいただけない。
花音と千尋が顔を見合わせた。
「小鳥遊はアンテナ低いから」
「そういうところが小鳥遊っぽくて、私は好きだなぁ」
千尋と花音が、息の合った調子で言葉を繋げる。
タイプの違う二人なのに、こういう時は気が合う。
(みんな、僕のこと、揶揄いすぎ。うっかり信じたりしないからね)
ぷっくりと膨らんだ奏楽の頬を、佳奈が突いた。
「小鳥遊は手芸部の小動物系小鳥アイドルだぞ。他にはやれんな」
「何、その呼び名、ぴったりぃ」
佳奈の言葉を花音が肯定した。
この流れはマズい。詩織発の小動物系小鳥アイドルが定着してしまう。
「文化祭で使おう。小鳥のコスプレとかしてみてよ、小鳥遊」
千尋が乗っかった。
本気で良くない流れた。
「みんな、僕のこと馬鹿にしてるんだ!」
泣く勢いで、手で顔を覆う。
詩織が奏楽の頭を撫でた。
「よしよし、奏楽ちゃんは可愛いし、小鳥コス似合うと思うけど~。奏楽ちゃんが嫌なら、やらなくていいのよ~」
詩織の慰めに尖りがあった気がする。
穏やかな語り口で正当な意見を言っているように聞こえる詩織の言葉は、よく聞いておかないと危ない。
奏楽は、唐突に思い出した。
「そうだった。部員問題を相談したら、優希が手芸部掛け持ちしてくれるって。幽霊部員っぽくなるけど、名前置いてくれるって言ってた」
奏楽の言葉に、三年は嬉しそうに笑い、二年は顔色を落とした。
「それ、嬉しいわね~」
「楽しそうじゃないか。部の存続問題が一歩前進だ」
詩織と佳奈が、それぞれ嬉しそうに手を叩く。
「いやでも。それはそれで、危険なんじゃ……ねぇ?」
花音が千尋に目を向けた。
「サッカー部の正統派王子様目当てに女子が殺到する未来が容易に想像できるね」
千尋が的確な指摘をくれた。
奏楽は、鈍器で頭を殴られた気分だった。
(そっか、そういうこともあるんだ。全然、考えていなかった)
奏楽の癒し空間に賑やかしがくるのは、受け入れ難い。
「問題ないさ。染谷が入部した時点で、募集を打ち切る」
佳奈が自信満々に言い切った。
「でも、それだと一人、足りないですよ?」
部活の申請は五人からだ。
それ以下だと同好会になる。佳奈と詩織が引退したら、優希が入ったとしても四人だ。
「その後はオーディション制にするのだよ。審査員は部長と副部長だ」
「あぁ……」
二年組三人の声が重なった。
佳奈のオーディションと言われたら、怖くて誰も反対できないし異論も唱えられない。
落ちても文句をいう者はいないだろう。
「明日、優希が手芸部に挨拶しに来るって言っていたけど、良いですか?」
「大歓迎だ」
佳奈が一も二もなく答えた。
奏楽は花音と千尋を振り返った。
「私は染谷と仲悪くないし、別にいいけどぉ」
「賑やかし回避できるなら、私もいいよ」
花音と千尋も賛成してくれた。
「明日が楽しみね~」
詩織の一言で、優希の手芸部入部は、ほぼ確定となった。
(明日、何事もないといいな)
こういう思考は、不安があるから出るものだ。
窓の外に目をやる。優希と颯真はもう、練習に戻っていた。
無視できない不安を抱えたまま、奏楽は窓の外を眺めた。
新校舎二階の家庭科室からは、校庭で練習するサッカー部の姿がよく見える。
「小鳥遊が黄昏てる~」
花音が面白そうに笑う。
「まだ午前中だよ」
千尋が実も蓋もないツッコミをした。
そんなやり取りを片耳に聞きながら、奏楽は小さく息を吐いた。
(優希が一目で見付けられる。切ない)
前までも、優希の姿にはすぐに気が付いた。
今は違う理由ですぐに目につく。
(優希の背中に僕が張り付いてる。まるでとり憑いてるみたいに)
憂鬱になるのに、探さずにはいられない。
しかも、幽霊奏楽は優希の首に腕を回して、ぴたりとくっ付いている。
(僕は、こんなに遠くにいるのに。近くにいたって自分からくっ付いたりなんか、絶対できない……幽霊だからって、狡い)
いくら姿が同じでも、モヤモヤする。
「小鳥遊、手を動かせ。文化祭までに、あみぐるみ千個だぞ」
佳奈が部長らしい無茶振りを飛ばしてきた。
文化祭では、それぞれに得意な作品を売りに出すことになった。
奏楽は、一番得意な動物のあみぐるみを作る。
「奏楽ちゃんなら千個くらい余裕よね~」
「さすがに千個は無理だし、そんなに売れないと思います」
詩織の本気なのか冗談なのかわからない言葉には、自分でツッコんだ。
「小鳥遊のあみぐるみなら、千個くらい売れちゃうそうだけどね」
花音が、籠の中に入れた猫のあみぐるみを手に取る。
手のひらサイズのあみぐるみは、犬や猫、ウサギや鳥など、もう十個はできた。それらを纏めて籠に入れて置いていた。
「サイズ感、いいしね。紐を通したらバッグや鍵とかに付けられそう」
千尋もまじまじと眺めている。
「さっきから、何を見ているんだ。奏楽坊」
佳奈が頭を撫でながら、奏楽の視線を追いかけた。
撫でるというより抑えられているような仕草に、むぐっと口が閉じた。
(佳奈先輩より、僕のほうが一センチ身長高いのに!)
チビ扱いされているようで、不服だ。
「私も興味あるわ~」
佳奈とは反対側の隣に、詩織が立った。
詩織は奏楽より五センチ背が高いから、あまり隣に立ってほしくない。
「何となく、外を」
「何となく、ねぇ」
何かを見付けたらしい佳奈が、ニヤリとした。
「そうねぇ。何となく、サッカー部の練習風景を見ているのかしら~」
「ちがっ、げほっ」
息を吸い込み過ぎて、むせた。
詩織の追加解説は、いつも奏楽の心に刺さる。
「何で、サッカー部?」
花音が首を傾げる。
「染谷でも探してんの? 同室だったよね。喧嘩でもしたの?」
「げほ、ぐほっ」
千尋のツッコミが鋭すぎて咳が収まらない。
「喧嘩ではなさそうだぞ。なぁ、奏楽坊や」
「奏楽坊って、やめてください」
佳奈が新しい呼び名を使い始めた。
佳奈のブームが終わるまできっと呼び続けるから、早めに忘れてほしい。
「いいから、ホラ」
奏楽の顔を掴まえた佳奈が、ぐりんと外に向ける。
サッカーコートから、優希が手を振っている。
視線も手も、明らかにこっちを向いているように見える。
(うそでしょ、幻覚? 僕がここにいるなんて、気付くわけ……)
「ほらほら、奏楽ちゃん。手を振り返してあげないと可哀想よ~」
詩織が奏楽の手首を持ち上げて、強引に手を振った。
佳奈が真似をして、反対側の奏楽の手を持ち挙げる。大降りにぶんぶん振った。
「ちょっと、二人とも……」
サッカーコートに立つ優希が、吹き出した。
両手で手を振り返してくれた。
(僕に気付いてた。僕に、手を振ってくれた)
そう確信したら、顔が熱くなった。
(あれ……幽霊僕が、ちょっとだけ離れた……?)
体をピタリとくっ付けていた幽霊奏楽が、ふっと体を離した。
今は、肩に手を置いているだけだ。
「おや、一人増えたぞ」
佳奈が目を凝らす。
優希の肩に腕を回した颯真も、手を振っている。
「染谷と鷹宮じゃん。小鳥遊、モテモテだねぇ」
花音が遠巻きに外を眺めた。
同じように窓辺に寄らないようにして、千尋も外を見た。
「サッカー部のモテ組王子様二人を射止めるとは。やるね、小鳥遊」
「射止めてない。二人って、颯真も王子様なの?」
千尋の聞き捨てならない恐ろしい発言に、問い返さずにはいられない。
「サッカー部ってモテ男子多いけど、あの二人は別格でしょ。染谷が正統派王子様で、鷹宮が元気系王子様」
「元気系……」
言わんとすることはわかるが。
颯真がモテ組なのは知っていたが、王子様だとは知らなかった。
「サッカー部とかテニス部の女子が、よく話してるねぇ」
花音の補足に、恐ろしくなった。
「僕、女子に逆恨みされるんじゃ」
優希に関しては恋心を自覚しているから、嫌でも仕方がないとして。
颯真に関しては、完全にただの友達だ。
(二人が窓に寄らないのは、他の誰かに見られるのが嫌だからか! さすが女子の勘は強い)
変な勘違いをされたら、それこそ面倒くさい。
そういう嗅覚は強い二人だ。
(佳奈先輩と詩織先輩は、気にしなそうだけど)
怪異ガチ勢の佳奈は三年の間でも最強らしいし、それを抑える詩織は規格外だ。
この二人に敵う女子は、そういない。
「小鳥遊なら、逆恨みはないよ~。二年生の可愛い系ではダントツだし」
「あの二人とは違う意味で人気あるからね」
花音と千尋が交互に虚偽情報を発した。
「そういう嘘、良くない。僕、知らない」
最近の手芸部は、奏楽を揶揄いすぎだ。
居心地の良い部活だが、そういうところはいただけない。
花音と千尋が顔を見合わせた。
「小鳥遊はアンテナ低いから」
「そういうところが小鳥遊っぽくて、私は好きだなぁ」
千尋と花音が、息の合った調子で言葉を繋げる。
タイプの違う二人なのに、こういう時は気が合う。
(みんな、僕のこと、揶揄いすぎ。うっかり信じたりしないからね)
ぷっくりと膨らんだ奏楽の頬を、佳奈が突いた。
「小鳥遊は手芸部の小動物系小鳥アイドルだぞ。他にはやれんな」
「何、その呼び名、ぴったりぃ」
佳奈の言葉を花音が肯定した。
この流れはマズい。詩織発の小動物系小鳥アイドルが定着してしまう。
「文化祭で使おう。小鳥のコスプレとかしてみてよ、小鳥遊」
千尋が乗っかった。
本気で良くない流れた。
「みんな、僕のこと馬鹿にしてるんだ!」
泣く勢いで、手で顔を覆う。
詩織が奏楽の頭を撫でた。
「よしよし、奏楽ちゃんは可愛いし、小鳥コス似合うと思うけど~。奏楽ちゃんが嫌なら、やらなくていいのよ~」
詩織の慰めに尖りがあった気がする。
穏やかな語り口で正当な意見を言っているように聞こえる詩織の言葉は、よく聞いておかないと危ない。
奏楽は、唐突に思い出した。
「そうだった。部員問題を相談したら、優希が手芸部掛け持ちしてくれるって。幽霊部員っぽくなるけど、名前置いてくれるって言ってた」
奏楽の言葉に、三年は嬉しそうに笑い、二年は顔色を落とした。
「それ、嬉しいわね~」
「楽しそうじゃないか。部の存続問題が一歩前進だ」
詩織と佳奈が、それぞれ嬉しそうに手を叩く。
「いやでも。それはそれで、危険なんじゃ……ねぇ?」
花音が千尋に目を向けた。
「サッカー部の正統派王子様目当てに女子が殺到する未来が容易に想像できるね」
千尋が的確な指摘をくれた。
奏楽は、鈍器で頭を殴られた気分だった。
(そっか、そういうこともあるんだ。全然、考えていなかった)
奏楽の癒し空間に賑やかしがくるのは、受け入れ難い。
「問題ないさ。染谷が入部した時点で、募集を打ち切る」
佳奈が自信満々に言い切った。
「でも、それだと一人、足りないですよ?」
部活の申請は五人からだ。
それ以下だと同好会になる。佳奈と詩織が引退したら、優希が入ったとしても四人だ。
「その後はオーディション制にするのだよ。審査員は部長と副部長だ」
「あぁ……」
二年組三人の声が重なった。
佳奈のオーディションと言われたら、怖くて誰も反対できないし異論も唱えられない。
落ちても文句をいう者はいないだろう。
「明日、優希が手芸部に挨拶しに来るって言っていたけど、良いですか?」
「大歓迎だ」
佳奈が一も二もなく答えた。
奏楽は花音と千尋を振り返った。
「私は染谷と仲悪くないし、別にいいけどぉ」
「賑やかし回避できるなら、私もいいよ」
花音と千尋も賛成してくれた。
「明日が楽しみね~」
詩織の一言で、優希の手芸部入部は、ほぼ確定となった。
(明日、何事もないといいな)
こういう思考は、不安があるから出るものだ。
窓の外に目をやる。優希と颯真はもう、練習に戻っていた。
無視できない不安を抱えたまま、奏楽は窓の外を眺めた。



