空色の小鳥は、恋をしていた。

 夕食を終えて風呂に行ったら、颯真がいた。
 颯真を挟んで三人で風呂に入った。

(颯真も夜、宿題するのかな。三人でやったほうが進むかな)

 そう考えて、違う想いが擡げた。

(夜は……宿題は、優希と二人がいい。そういう約束だから)

 皆で遊ぶのは楽しい。
 だけど、優希と二人で過ごせる時間は、奏楽には貴重だ。
 夜の宿題の話は、颯真には内緒にした。

(それに、ちょっと気になることもあるから)

 奏楽は、優希をちらりと覗いた。
 シャワーを浴びる優希の肩には、スライムが粘り付いている。
 服を脱いでも、消えないらしい。

(そんな簡単じゃないよね、知ってた!)

 シャンプーが、いつもより目に沁みる気がする。
 悲しい気持ちで、奏楽は優希の肩のスライムを観察した。

(前より黒くなくなったけど……形になってきてる?)

 透明に近いスライムは、黒さが増したり減ったりする。
 肩から背中まで流れたスライムが、何かの輪郭を帯びてきているように見える。

「奏楽、優希の腹筋、気になるだろ?」

 隣でシャワーを浴びる颯真が、ニヤリとした。
 優希をガン見しすぎただろうか。
 奏楽は慌てて目を逸らした。

「別に、そういうんじゃ……」
「俺も腹筋、割れてるよ、見る?」
「え? 本当に?」

 颯真の腹に目を向ける。
 本当に割れている。堅そうな腹を、感心して眺めた。

「凄いね、格好良いお腹だ」

 自分の腹と見比べる。
 貧相な筋肉しかない奏楽とは、比べようもない。

(これが、モテ組の筋肉)

 モブ男子の奏楽にはない魅力だ。
 
「触る?」
「いいの?」
「めっちゃ硬いぜ」

 運動部の鍛え上げられた腹筋に、単純に興味がある。
 自分では一生、手に入らない筋肉だ。
 奏楽は指を伸ばした。
 その手を、颯真の向こう側に座る優希が握った。

「ダメ」

 聞こえた声に、奏楽は顔を上げた。

「腹筋なら、俺の、触らせてあげるから」

 優希にしては控えめな声だ。
 奏楽の胸が、少しずつ鼓動を速める。

(優希のお腹、触らせてくれるの……え? 夢かな?)

 しかも今、優希に手を握られている。
 現状が、理解できない。
 湯気の向こうの人が本当に優希かも、疑わしくなってきた。

「俺のほうが優希より割れてるぞ。俺にしとけって」
「俺のほうが締まっていて硬いから」
「筋肉は硬けりゃいいって訳じゃないだろ」
「硬さを競い始めたのは、颯真だろ」

 颯真と優希が、よくわからない喧嘩を始めた。
 
(サッカー部的に、腹筋の質は譲れないんだ)

 お互いの筋肉プレゼンみたいになっている。
 奏楽は、そっと手を引っ込めた。
 二人の言い合いを聞きながら、奏楽はシャワーでシャンプーを流した。

「そういや、手芸部の作戦会議って、順調?」

 颯真が奏楽を振り返った。
 湯船に浸かっても、颯真を挟んで向こう側に優希がいる。
 
(ちょっとだけ、隣り合って入るの、期待しちゃった。なんか、エッチだ……ダメダメ!)

 自分の恥ずかしい思考を追い払うが如く、奏楽はブンブンと首を振った。

「そっか、ダメかぁ。まぁ、すぐにどうにかなるもんでも、ないよな」

 奏楽は颯真を凝視した。

「でもさ、文化祭成功したら、途中入部とか来るかもよ?」
「あ、手芸部の話……」

 一瞬、思考を読まれたかと思った。

「何の話?」

 颯真の向こうから優希が身を乗り出した。
 風呂で上気する優希の肌が綺麗だなと見惚れる。

「手芸部ね、今年は一年生が入らなかったから、先輩が卒業すると人数的に同好会になっちゃうんだ。だから、あと二人、入ってくれないかなって」

 佳奈と詩織は三年生だから、文化祭で部活引退になる。
 それまでにどうしても、あと二人部員が欲しい。

「結斗に声掛けてやろうか? アイツの読書部、実質帰宅部だから、掛け持ちしてくれるかもよ」
「本当に?」

 奏楽は颯真に腕にしがみ付いた。
 腹筋も凄いが、上腕の筋肉も凄い。ちょっとびっくりした。

「幽霊部員でいいなら、だけど。手芸に興味あるか、知らんし」
「いいよ、全然いい! とりあえずは、いい!」

 颯真の腕を、ぎゅっと掴む。
 
「んじゃ、休み明けに聞いとくな」

 颯真がニコリと笑んだ。
 相変わらず、爽やかな笑顔だ。

「ありがとう。僕も篠原にお願いしてみるよ」

 嬉しくなって、奏楽は颯真の腕をブンブン振った。

「そういう事情なら、俺も入ろうか?」

 颯真の向こう側にいた結斗が、奏楽の隣に移動した。
 やんわりと、颯真の腕を握る奏楽の手を剥がす。

「いいの? でも、優希はサッカー部が忙しいから」

 それに、手芸に興味があるようには見えない。

「俺も幽霊みたいになっちゃうけど。新しい部員が入るまでの繋ぎくらいにはなれるよ」

 優希の微笑が、キラキラ輝いて見えた。
 湯気も相まって、王子様スマイルが何倍も尊い。

「ありがとう、優希!」

 優希の手を握って、湯の中でブンブン振る。

「奏楽が、喜んでくれるなら……あみぐるみの作り方、教えてよ」
「うん、教える! 宿題終わったら、作ろ!」

 どんなきっかけでも、優希が手芸に興味を持ってくれたのが嬉しい。
 
「優希、顔赤いけど、大丈夫か?」

 颯真が心配そうに問い掛けた。
 よく見ると顔どころか耳まで赤い。

「大丈夫? のぼせた? 気付かなくて、ごめん」

 優希の手を、するりと離す。

「のぼせたっていうか……うん。先に上がるね」

 優希が風呂を出ていった。
 その後ろ姿を眺める。

「大丈夫かな、優希」
「風呂から出たら、ちょっとはマシなんじゃないの?」
「そうだよね。部屋に戻ったらお水、飲ませてあげよ」
「奏楽が飲ませたら、のぼせたままだろ」
「なんで?」

 颯真を振り返る。
 悪戯に、颯真が笑んだ。

「普通にペットボトル、渡してやれば? 俺も上がろうっと」

 颯真が奏楽の肩を叩いて、湯船から上がった。

「うん、そうする」

 よくわからないながらに、奏楽は返事した。