空色の小鳥は、恋をしていた。

 一番遅い時間、誰もいない広い風呂場で、優希はシャワーを浴びていた。
 浴びるというより、打たれていた。

(奏楽、悲しそうに笑ってたな。しかも、泣くの我慢してた)

 名前で呼び合おうと話した時の奏楽の顔が、目に焼き付いて離れない。

(あの顔から俺、逃げたんだ、多分……)

 一緒に風呂に入ろうと言われた時、自分の目は明らかに奏楽の唇を追った。
 思い返せば今までだって、同じようなことがあった。

(握った手、震えてた。奏楽も……俺も。危うく、抱き寄せそうになった)

 その衝動に必死に耐えた。
 こんな感情、きっと友達には抱かない。
 風呂にだって、前までは一緒に入ろうと気軽に言えた。
 さっきは奏楽に誘われても、即答できなかった。

(俺、奏楽のこと……友達以上に想ってる)

 自分の気持ちをはっきり言葉にして受け止める勇気がない。
 ボーダーレス、性嗜好は自由。
 そういう言葉は、いくらでも聞く。
 だから、もし友人がそういう悩みを打ち明けてくれたら、迷わず後押しできる。

(でも、自分が同性を、そういう対象にするなんて、思ってなかった)

 まだ整理は付かないけど、百歩譲ってそれはいい。
 問題は、奏楽の気持ちだ。

(俺と同じ気持ちだって思うのは、俺の驕りなのかな)

 奏楽にそういう言葉を言われたことは一度もない。
 今考えれば、それらしい態度はあったかもしれない。
 けれど、それらは全部、優希の心象に過ぎない。

(仮に俺が、奏楽に気持ちを打ち明けたら、奏楽はどうするんだろう。喜んでくれるのかな。それとも……迷惑がったりするんだろうか)

 あの無垢な瞳が嫌悪や差別の目で歪むのが恐ろしい。
 拒絶されるのは、もっと怖い。

(俺って、こんなに憶病だったのか)

 そんな自分に落胆する。
 仮に、奏楽が自分と同じ気持ちだったとして、その先を考えると、不安が先立つ。
 どんなにメディアや教育が呼び掛けても、優希の目にはまだまだボーダーレスの世の中が整っているように見えない。
 偏見は、ある場所には残っている。
 サッカー部の王子様なんて呼ばれて、学園では中途半端に有名人な自分が、奏楽にこれ以上近付いたら、嫌な思いをさせるかもしれない。

(俺が知らない人も、俺を知ってる。今日、改めて実感した)

 手芸部の部長も副部長も、優希は知らなかった。
 けれど、あの二人は優希を知っていた。
 そういう人たちが、この学園の敷地内には、うじゃうじゃいる。

(卒業まで、あと二年あるんだ。今まで通り、ルームメイトとして、気まずくならない距離で過ごせれば。それが、お互いのためだ)

 体が前に倒れ込んで、目の前の鏡に頭を鈍く打ち付けた。

(この気持ちは、打ち明けない。奏楽にも悟られないように卒業まで隠し通す)

 そう胸に誓うのに、モヤモヤが消えない。
 右の肩が疼いて、熱い。

(そういえば、今までも右肩に違和感があるのって、奏楽のことでモヤモヤしてる時だった)

 右肩に触れる。
 肌の表面に怪我はないのに。
 疼いて、重くて、怠い。
 まるで自分の気持ちの現れみたいだ。

(奏楽……)

 打ち明けたい気持ちも、触れたい願望も、全部気付かない振りをして胸の奥に仕舞い込む。
 それが自分と奏楽を守る方法だと、自分に言い聞かせた。

(奏楽に触れたいなんて、絶対に言わないから、今だけ……)

 シャワーを浴びているこの瞬間だけは、奏楽を想っていたかった。