優希と共に部屋に戻りながら、奏楽はずっと考えていた。
(思い返すと、ずっと頭の中で優希って呼んでいた気が……だから言葉でも出ちゃったのかな。僕が急に距離を詰めたから、気を遣わせないように合わせてくれたのかな)
部活の先輩もいたから、優希が気を回してくれたのかもしれない。
だとしたら居た堪れないし、恥ずかしい。
(いや、でも……チャンスかも。これをきっかけに、名前で呼んでいいか聞けるかも)
部屋に戻ったら聞いてみようと、奏楽は気合を入れた。
「どうして、神社に行っていたの?」
先に口を開いたのは優希だった。
「えっと、神社は……」
奏楽は迷った。
優希の右肩の塊について話すべきなのかもしれない。
けれど、どう説明したらいいか、わからない。
(優希には見えないのに。こんな話されたって、混乱するよね)
やはり奏楽は話し出せなかった。
「優希が心配だったから、また御守りを買いに行こうと思ったんだけど。参拝所の窓が開いてなくて買えなくて。でも、御参りだけでも充分、効果があるって、先輩が教えてくれたから」
「俺が、変だと思った?」
優希の言葉に、奏楽は口を噤んだ。
(変だけど。きっと、僕が思っている変と、優希が想っている変は、違うから)
「……らしくないとは、思ったよ」
奏楽は必死に自分の中の感情を探した。
「僕が、安心したかっただけかもしれない。神社に行って偶然、先輩たちに会って、御参りして走って帰ってきたら、気持ちが晴れたんだ」
御守りを買おうと思ったのも、神社に行ったのも、きっと自分の不安を払拭したかったからだ。
「そっか……不安にさせて、ごめん。俺は……奏楽を傷付けたよね」
「違うよ! そうじゃなくて、僕も……優希、が……心配で、だから……」
言葉にしようがなくて、奏楽は優希の袖を掴んだ。
優希の手が、ピクリと跳ねた。
「巧く言えなくて、ごめん」
「俺もね、巧く言えないんだ」
奏楽は、そっと優希を見上げた。
困ったような悲しそうな顔に見える。けれど、どこか安心しているようにも見えた。
「でも奏楽が、俺のこと、優希って呼んでくれたから、色々どうでもよくなった」
「……え?」
優希の言葉をどう受け取っていいか、わからない。
優希の手が、奏楽の手を包み込んだ。
(うわ、手が……優希の手、大きい)
「俺のほうが奏楽と過ごしている時間が長いのに、なんで二年から同クラの颯真が颯真で、俺は染谷のままなのかなって、ちょっとモヤッとしてた」
奏楽は息を飲んだ。
(それって、つまり……?)
奏楽の手を握る優希の手に、力が入った。
「ずっと、名前で呼びたくて、でも言えなくて……グズグズしてた。ルームメイトの俺のほうが奏楽と仲が良いんだって、思いたかったのかな」
優希が、苦笑する。
奏楽は安心しながら、心の奥で少しだけがっかりした。
(そっか、ルームメイトか。颯真より一年も長く、優希とは過ごしているもん。そう思うよね)
もっと別の言葉を、少しだけ期待した。
けど、それは贅沢だ。
「僕、全然意識してなかった。優希が名前で呼んでくれて、僕も呼んだかもって思ったんだ。その……僕も、優希のこと名前で呼びたいなって、思ってたよ」
奏楽は、握ってくれる優希の手を握り返した。
「これからも、優希って呼んでいい?」
見上げた優希が、目を細めた。
喉が息を飲むように上下する。
その目が、奏楽の唇を見詰めている気がした。
「……うん、呼ばれたい。俺も、奏楽って呼びたい」
二人で手を握り合う。
知らなかった優希の熱が流れ込んでくる。
(すごく嬉しい。嬉しいのに……おかしいな。胸の奥が、苦しい)
名前で呼び合えるくらい、距離が縮んだはずなのに。
贅沢な心が、それ以上を期待したから。欲しい言葉は、もらえなかったから。
(だって、仕方ない。優希は好きな人がいるかもって、颯真が言ってた。僕とは仲の良いルームメイトとか、友達とか。それが僕らの関係の行き止まりなんだ)
目に涙が込み上げそうになって、必死にこらえる。
優希の手が離れて、奏楽の目尻をなぞった。
「奏楽? 泣きそうになってる?」
不安そうな瞳が、奏楽を覗き込む。
「ん……なんか、変な感じ。もっと早くに、伝えればよかったね」
奏楽は慌てて涙を拭った。
もっと早くに色んな気持ちを伝えられたら良かった。
「これからは、お互いに想っていること、気軽に伝え合おう。あと二年、よろしく」
優希の手が、奏楽の頬を撫でる。
その手があまりに優しくて、また勘違いしそうになる。
(そういう、感情じゃない。僕の好意と優希の好意は、中身が全然、違うんだから)
この状況に慣れないといけない。
でなければ、あと二年も同じ部屋で生活するのは辛い。
「ねぇ、一緒にお風呂、入ろう。前に誘ってくれたよね。だから……」
勇気を出して、できなかったことをやっていく。
正しい距離を間違わないように、一つずつ。そう決めた。
「あ……うん。言った、ね」
歯切れの悪い言い方をして、優希が顔を逸らした。
何となく、耳や頬が赤く見えるのは気のせいだろうか。
「そのうちに……でも、いい?」
「うん、いつでも、いいよ」
戸惑う瞳も、逸らす目線も、赤く染まった顔も、総てが奏楽の欲しい答えをくれそうに見える。
(僕が、自分に都合よく解釈しているだけ?)
疑問と否定と、願望にも似たわずかな肯定と。
色んな思いが胸の中で混ざり合って、どれが自分の本音かわからなくなった。
(思い返すと、ずっと頭の中で優希って呼んでいた気が……だから言葉でも出ちゃったのかな。僕が急に距離を詰めたから、気を遣わせないように合わせてくれたのかな)
部活の先輩もいたから、優希が気を回してくれたのかもしれない。
だとしたら居た堪れないし、恥ずかしい。
(いや、でも……チャンスかも。これをきっかけに、名前で呼んでいいか聞けるかも)
部屋に戻ったら聞いてみようと、奏楽は気合を入れた。
「どうして、神社に行っていたの?」
先に口を開いたのは優希だった。
「えっと、神社は……」
奏楽は迷った。
優希の右肩の塊について話すべきなのかもしれない。
けれど、どう説明したらいいか、わからない。
(優希には見えないのに。こんな話されたって、混乱するよね)
やはり奏楽は話し出せなかった。
「優希が心配だったから、また御守りを買いに行こうと思ったんだけど。参拝所の窓が開いてなくて買えなくて。でも、御参りだけでも充分、効果があるって、先輩が教えてくれたから」
「俺が、変だと思った?」
優希の言葉に、奏楽は口を噤んだ。
(変だけど。きっと、僕が思っている変と、優希が想っている変は、違うから)
「……らしくないとは、思ったよ」
奏楽は必死に自分の中の感情を探した。
「僕が、安心したかっただけかもしれない。神社に行って偶然、先輩たちに会って、御参りして走って帰ってきたら、気持ちが晴れたんだ」
御守りを買おうと思ったのも、神社に行ったのも、きっと自分の不安を払拭したかったからだ。
「そっか……不安にさせて、ごめん。俺は……奏楽を傷付けたよね」
「違うよ! そうじゃなくて、僕も……優希、が……心配で、だから……」
言葉にしようがなくて、奏楽は優希の袖を掴んだ。
優希の手が、ピクリと跳ねた。
「巧く言えなくて、ごめん」
「俺もね、巧く言えないんだ」
奏楽は、そっと優希を見上げた。
困ったような悲しそうな顔に見える。けれど、どこか安心しているようにも見えた。
「でも奏楽が、俺のこと、優希って呼んでくれたから、色々どうでもよくなった」
「……え?」
優希の言葉をどう受け取っていいか、わからない。
優希の手が、奏楽の手を包み込んだ。
(うわ、手が……優希の手、大きい)
「俺のほうが奏楽と過ごしている時間が長いのに、なんで二年から同クラの颯真が颯真で、俺は染谷のままなのかなって、ちょっとモヤッとしてた」
奏楽は息を飲んだ。
(それって、つまり……?)
奏楽の手を握る優希の手に、力が入った。
「ずっと、名前で呼びたくて、でも言えなくて……グズグズしてた。ルームメイトの俺のほうが奏楽と仲が良いんだって、思いたかったのかな」
優希が、苦笑する。
奏楽は安心しながら、心の奥で少しだけがっかりした。
(そっか、ルームメイトか。颯真より一年も長く、優希とは過ごしているもん。そう思うよね)
もっと別の言葉を、少しだけ期待した。
けど、それは贅沢だ。
「僕、全然意識してなかった。優希が名前で呼んでくれて、僕も呼んだかもって思ったんだ。その……僕も、優希のこと名前で呼びたいなって、思ってたよ」
奏楽は、握ってくれる優希の手を握り返した。
「これからも、優希って呼んでいい?」
見上げた優希が、目を細めた。
喉が息を飲むように上下する。
その目が、奏楽の唇を見詰めている気がした。
「……うん、呼ばれたい。俺も、奏楽って呼びたい」
二人で手を握り合う。
知らなかった優希の熱が流れ込んでくる。
(すごく嬉しい。嬉しいのに……おかしいな。胸の奥が、苦しい)
名前で呼び合えるくらい、距離が縮んだはずなのに。
贅沢な心が、それ以上を期待したから。欲しい言葉は、もらえなかったから。
(だって、仕方ない。優希は好きな人がいるかもって、颯真が言ってた。僕とは仲の良いルームメイトとか、友達とか。それが僕らの関係の行き止まりなんだ)
目に涙が込み上げそうになって、必死にこらえる。
優希の手が離れて、奏楽の目尻をなぞった。
「奏楽? 泣きそうになってる?」
不安そうな瞳が、奏楽を覗き込む。
「ん……なんか、変な感じ。もっと早くに、伝えればよかったね」
奏楽は慌てて涙を拭った。
もっと早くに色んな気持ちを伝えられたら良かった。
「これからは、お互いに想っていること、気軽に伝え合おう。あと二年、よろしく」
優希の手が、奏楽の頬を撫でる。
その手があまりに優しくて、また勘違いしそうになる。
(そういう、感情じゃない。僕の好意と優希の好意は、中身が全然、違うんだから)
この状況に慣れないといけない。
でなければ、あと二年も同じ部屋で生活するのは辛い。
「ねぇ、一緒にお風呂、入ろう。前に誘ってくれたよね。だから……」
勇気を出して、できなかったことをやっていく。
正しい距離を間違わないように、一つずつ。そう決めた。
「あ……うん。言った、ね」
歯切れの悪い言い方をして、優希が顔を逸らした。
何となく、耳や頬が赤く見えるのは気のせいだろうか。
「そのうちに……でも、いい?」
「うん、いつでも、いいよ」
戸惑う瞳も、逸らす目線も、赤く染まった顔も、総てが奏楽の欲しい答えをくれそうに見える。
(僕が、自分に都合よく解釈しているだけ?)
疑問と否定と、願望にも似たわずかな肯定と。
色んな思いが胸の中で混ざり合って、どれが自分の本音かわからなくなった。



