空色の小鳥は、恋をしていた。

 奏楽は、颯真と一緒に寮に戻った。
 部屋にはまだ、優希は帰っていなかった。

「今日はサッカー部の練習ないって、颯真が言っていたのに」

 学校の用事で遅くなっているのかもしれない。
 荷物を置くと、奏楽はベッドにパタリと横になった。

(颯真、いいな。僕も染谷とトランプしたい。もっと仲良しになりたい)

 スリっと枕に顔を擦り付ける。

(名前で、呼んでみたいな。優希って……)

 考えたら恥ずかしくなって、さっきより高速で枕にスリスリした。
 今より仲良くなる、きっかけが欲しい。
 そう思うのに、これ以上踏み込む方法が、わからない。

(とりあえず、心の中でだけは、優希って呼んでみよう。できることから)

 心掛けは大事だ。奏楽は心の中で優希の名前を連呼した。
 呼ぶごとに恥ずかしくて、胸がじんわり熱くなる。
 また、枕に高速スリスリした。

(優希、優希……うん、馴染んできた。他にもできること、何か……)

 同じ部屋にいるからこそ、できることを探す。
 優希とのこれまでのやり取りを思い返す。一つだけ引っ掛かった。

「……一緒にお風呂入ろうって、言ってみようかな」

 ドキドキしすぎて心臓が爆発するかもしれないけれど。
 きっかけにはなるかもしれない。
 何より、誘ってくれたのは優希だ。

(優希なりに仲良くなろうって思ってくれたからだと、思いたい)

 あくまでルームメイトとしての仲良しであって、絶対に他意はないだろうが。
 それくらいしか、踏み込む方法が思いつかない。

(一緒にお風呂入れたら、名前で呼んでいいって、聞けるかな。心の中でだけ、優希って呼ぶ練習、続けよう)

 気持ちが浮かれて、笑みがこぼれる。
 コロンと寝返りを打ったら、視界の中に違和感があった。
 机の上のあみぐるみが、フワフワと宙を飛んでいる。

「え……えぇ⁉」

 勢いよく起き上がり、転ぶ勢いで机に駆け寄った。
 
「なんで、浮いてるの? 最近、なかったのに……そういう周期なの?」

 涙目になりながら、宙に浮くあみぐるみたちを鷲掴みにする。

(こんなところに優希が帰ってきたら、バレちゃう)

 奏楽は必死にあみぐるみを掴まえた。
 最後の一個を掴まえたところで、ガチャリと音がした。
 部屋の扉が開いて、優希が帰ってきた。

「え……小鳥遊? どうしたの?」

 優希が驚いた顔をして奏楽を見詰めている。
 血の気が下がった。

(あみぐるみ、全部掴まえたよね? 見られてないよね?)

 机の周囲を見回す。
 奏楽の後ろに一つ、不自然に浮いている赤い鳥を見付けた。
 普段は絶対に出せないような速さで、鳥を掴まえた。
 勢いをつけすぎて、抱えていたあみぐるみが床に散らばった。

「わわ!」
「え! 小鳥遊?」

 部屋に入ってきた優希が、あみぐるみを拾ってくれた。

「ごめん……」
「大丈夫だよ。また、模様替え?」
「うん……机のレイアウト、変えようかなって」

 咄嗟に苦しい言い訳をした。
 ポルターガイストが起こるたびに部屋が散らかるから、模様替えの言い訳が定着しつつある。

(今回は、あみぐるみだけで良かった)

 部屋中の物が浮いていたら、今日こそ言い訳できなかった。

「……聞いても、いい?」

 拾い上げたあみぐるみを奏楽の手に渡しながら、優希が伏し目がちに問い掛けた。

「な、何を?」

 ドキドキしながら、優希を見上げる。
 優希の指が、奏楽の目尻に触れた。
 心臓が飛び出るくらい大きく鳴った。

「どうして、涙目で模様替えしてるの?」
「え? あっ……これは、その……」

 必死で気が付かなかったが、目尻に涙が溜まっている。
 咄嗟に言い訳が思い付かなくて、言い淀んだ。

「俺と同室、嫌になった? 颯真のほうがいい?」

 奏楽の胸に冷たいものが沈んだ。

「嫌になんか、なってないよ。どうして、颯真が出てくるの?」

 優希が、ぐっと唇を噛んだ。
 瞬間、右肩から不穏な気配が漂った。

(え……あれ……右肩の黒い塊が、大きくなってる。どうして……? 御守りの効果が切れたの?)

 優希の右肩がほとんど隠れるくらい、黒い塊が大きくなっている。
 波打って蠢く姿は、まるで生き物みたいだ。
 今までで一番、禍々しい。

「ゆっ……染谷」

 奏楽は恐る恐る手を伸ばした。
 その手を優希が振り払った。
 ドクンと心臓が下がる。

「あ……ごめん」

 まるでショックを受けたように優希が顔を歪めた。
 優希が奏楽に背を向けた。

「俺……先に、風呂行ってくる」

 タオルや着替えを無造作に掴むと、優希が逃げるように部屋を出ていった。
 引き止めることもできずに、奏楽はその場で固まった。

「この時間じゃ、まだ、お風呂入れないよ」

 休暇前の時短授業が終わったばかりだ。
 明るい日差しが窓から差し込む。
 初夏に変わりつつある強い日差しも、今の奏楽の心には届かなかった。