空色の小鳥は、恋をしていた。

 頭がフワフワする。
 体が熱い。
 瞼までどんより重い気がする。

「……なし、小鳥遊、大丈夫?」

 優希の声が聞こえる。
 返事をしたいけど、大丈夫じゃなくて声が出ない。

「管理人の高橋さんに、風邪薬もらってきた。休みの連絡もしてくれるって」
「薬……? 休み?」

 何の話かわからない。

「熱が三九度もあるんだよ。行けるなら病院に行ったほうがいい」
「熱……僕が?」

 言われてみれば、体が怠いし、やけに寒い。

「口、開けて」

 言われた通りに口を開く。
 錠剤を舌の先に置かれた。
 
(うわ……染谷の指が、唇に、触れた)

 かなりの衝撃シチュなのに、感動が薄い。
 熱のせいで頭がぼんやりする。

「水、飲んで。ストロー吸える?」
「うん」

 水が冷たくて、気持ちいい。
 乾いた喉が一気に潤った。

「昼休みに様子見に戻るから、ゆっくり休んで」
「わかった。染谷……ありがと」

 フワフワしたまま、奏楽は目を瞑った。

「おやすみ……奏楽」

 額がヒヤッとした。冷却シートを貼ってくれたみたいだ。
 温かい指が、頬を伝う。

(優しくて、安心する)

 頬に触れた指先を握る。
 ピクリと跳ねた指が、奏楽の手を握り返した。

「ふふ……染谷の指、温かいね」

 とても嬉しい気持ちになりながら、奏楽の意識は眠りに吸い込まれた。

「んー……んあ」

 間抜けな声と共に目が覚めた。
 一瞬、状況がわからなかった。

(……あれ? 今日って休みだっけ? ぐっすり寝すぎた感ある。それに怠い。風邪を引いた時みたいな……ん? 風邪?)

 染谷とのやり取りを、ボンヤリ思い出した。

(染谷が風邪薬を飲ませてくれたような……意識がフニャフニャしてたから、よく覚えてない)

 目が覚めたら頭が痛くなってきた。

「風邪、引いちゃったんだ。昨日の夜、フラフラしていたからかな」

 廊下や食堂は、部屋より室温が低い。
 五月が近いとはいえ、まだ夜は冷える。

「染谷の小鳥を握らなかったから、バチがあたったんだ」

 でも、昨日の小鳥は怖くて触れなかった。
 思い出しただけでも、背筋に違う寒気が走る。

(今まで、憎らしいながらに、ちょっとは可愛かったのに。本当のオバケになっちゃったのかな……染谷、大丈夫かな)

 ビクビクしながら、ぎゅっと目を瞑る。
 目に薄く張っていた涙が目尻から零れた。

「……喉、乾いた。お水飲みたい」

 めそめそ泣きながら、奏楽はのっそり起き上がった。
 頭がフラフラしてガンガンして、起き上がったら軽く眩暈がした。
 頭を抱えて座り込んでいたら、鍵が開く音がした。

「そ……小鳥遊、起き上がって大丈夫?」

 優希がベッドに駆け寄る。

「ん……お水、飲みたくて起きたけど、頭が痛い」
「とりあえず、水飲んで。薬も飲もう」

 優希がペットボトルの蓋を開けて渡してくれた。
 中にストローが入っていた。
 
(僕が一人でも飲めるようにって、準備して置いていってくれたのかな)

 至れり尽くせりの優しさに感動する。

(やっぱり、染谷は優しい。同室なだけの僕にまで、こんなに優しいんだから……)

 恋人にはきっと、もっと優しいんだろう。
 その思考は水と共に流し込んだ。
 今は何も考えないで、優希の優しさに甘えていたかった。

「はい、薬も」
「うん、ありがと、染谷……」

 顔を上げて目に飛び込んできた光景に、息が止まりそうになった。
 優希の右肩に載っていた小鳥が、真っ黒な塊に変わっている。
 初日に見たような影ではない。あの何倍も黒いて大きな塊が、優希の肩に粘り付いていた。

(あの小鳥が、黒い塊になったの……? この塊は、何……?)

 大きな塊が、震えるようにビクビク動く。
 あまりの変わり様に驚いて、恐怖がじわじわと遅れて上がってきた。

「小鳥遊? どうした?」

 優希の手が、奏楽の額に伸びた。
 額に貼ってある冷却シートに触れる。

「もう冷たくないね。新しいのに変えようか」

 体が強張って、逃げることもできなかった。
 冷却シートを剥がした優希の手を、奏楽の手が無意識に握った。

「たか……なし?」
「ごめん……ごめん、染谷、ごめん」

 目から涙が零れ落ちる。
 謝ることしかできない自分が、情けない。

(僕が昨日、小鳥を握っていたら、こんな恐ろしい姿にはならなかったかもしれない。染谷が飲まれっちゃったら、どうしよう)

 そう考えたら怖くて、震えが止まらない。
 ボロボロ泣き出した奏楽に、優希が慌てている。

「気にしなくていいよ。こういう時はお互い様だから」

 優希が優しく声をかけてくれても、涙は止まらなかった。