教室に二人っきりなんて聞いてない!


 心配していた田舎での高校生活は、思ったよりも順調な滑り出しだった。
 まず、遅刻の心配がない。
 俺がスマホのアラームを止めて二度寝しそうになると、コンコンと窓がノックされる。これが夜ならホラー映画だ。でも流石に毎日だと慣れる。申し訳ない気持ちでカーテンを開けると満面の笑顔だ。
「おはよ。学校遅刻するよ」
「お、おはよう。ごめんすぐ行く。縁側で待ってて!」
「うん」
 天井の雨漏りのシミに驚いて飛び起きていたのが、ここ数日は鳴神くんの眩しい笑顔で起きている。
 遅刻はしていないけど、鳴神くんより早く起きて神社までお迎えに行くのはまだ先になりそうだった。


 鳴神くんと一緒に家庭科部を作ろうと決めた。そしてここ数日、二人で調べて分かったのが今この学校には活動中の部活がゼロってことだった。予想はしていたけど、前例がないので部活の作り方が分からない。田舎の学校はユルいし、勝手に活動していても怒られないだろうが、やっぱり堂々とやりたい。なぜなら俺は、家庭科室と調理室を使いたいと思っているから!
「三田。どうした、うんうん唸って」
 教卓の前に立っていた野崎先生は、俺の席の前まで歩いてくる。授業中なのに上の空だった。ヤバい。先生は俺のノートを見下ろした。
「こら。授業は聞け」
「だってェ」
「ハル、授業は真面目に、ね?」
 隣に座っている鳴神くんも俺のノートをまじまじと覗き込んだ。黒板の内容は何も書いていない。
「猫だ。可愛い」
「ありがと」
 クマ、ウサギ、ネコの落書き。俺が鳴神くんと一緒に作りたいあみぐるみ。そして今日のうちの夜御飯のレシピ。春なので筍ご飯だ。ダメだ。もうお腹すいた。一限目なのに。
「お絵かきは美術の時間にやれ。あと筍ご飯は先生も食べたい」
「先生、質問です!」
「なんだ?」
 分からないことは先生に訊けばいい。頼れる俺たちの担任の野崎先生だ。分かったら授業に集中するから、と俺は続けた。
「俺たち、部活が作りたいんです」
「ハル、先生を困らせちゃ駄目だよ」
「だって、俺たちの高校生活って残り一年やん。時間は大事にしたい。一分一秒も無駄に出来ない」
「……一年、確かに」
「せやろ!」
 俺たちは頷き合って先生の顔を見上げた。先生は呆れた顔をしている。でも俺たちにとっては大事なことだ。
「鳴神ぃ、三田が転校してきてから、毎日楽しそうだな」
「はい。とても」
「それはよかった。でも高校三年生で部活ってなぁ、もっと他にやることあるだろ? 受験勉強とか受験勉強とか」
「でも先生、俺は受験しないし。他にしたいことない」
「マジか」
「マジです」
「あ、そう。鳴神は……まぁ、勉強の心配は要らない、か」
「ですね」
 俺と違って鳴神くんは勉強の心配はないらしい。鳴神くんは授業のノートは完璧だし、俺が分からないと言えば毎回丁寧に教えてくれる。
 家の神社で手伝いをしていると言っていたし、将来は神主さんになるんだろうか。
 いずれにしても、お互い部活が勉強の邪魔になるってことはなさそうだった。
「自分たちが勉強で困らないなら、先生は好きに作ってもいいと思うけど、紙に書いて校長先生に出したらいいんじゃね?」
「えマジで? じゃあ先生、部活の顧問やってくれる?」
「顧問かぁ、えー早く帰りたいし、俺が休日出勤するような部活動は勘弁して欲しいかなぁ。あ、あと部費は学校から出せない。そもそも部活動に予算を組んでない」
「先生部費はいいから、一個だけ、お願い聞いて! 遅くまで活動とかもしないし、休日出勤もさせないから!」
「ふーん、なら別にいいよ」
「やったー!」
「で、お願いって?」
「家庭科室と調理室を使わせてください! 家庭科部を作るんで」
「家庭科部、お前らが?」
 俺のお願いを聞いた先生は、意外そうな顔をしていた。
 その後、材料は自分達で用意するってところが良かったのか、結構簡単に校長先生の許可が下りた。
 かくして、俺と鳴神くんの家庭科部の活動方針が無事に決まった。
 活動時間は、授業が全部終わったあとの放課後で、休日は学校に先生がいないからダメ。
 調理室を使っていいのは、土曜日の午後。
 使ったあと調理室も家庭科室も掃除をしっかりすること。
 活動内容を記録に残すこと。
 その日の放課後、俺たちは校長先生にお願いして、長い間更新されていなかった学校のホームページにリンクを作ってもらった。今までなかった部活動一覧の項目、そして家庭科部の文字。
「鳴神くん、できた! この写真どうかな?」
「うん。いいと思う」
「活動日誌付けるより写真の方がいいよね、簡単だし、あと可愛いし」
「うん。可愛い」
 俺が自分のスマホで試しに家庭科部のリンクを押すと、家庭科部活動日誌というアカウント名のインスタに繋がった。
 ――今日から家庭科部の活動を始めます。
 最初のフィードには、転校してきた初日に鳴神くんと一緒に食べたお子様ランチとカレー、そして鳴神くんのあみぐるみの写真を載せた。
「じゃ、改めて、頑張って活動していこうな!」
「うん」
 家庭科室で初日の日誌を書き終わったあと、俺たちは明日からの予定を立てた。
「明日は土曜日だし、最初は料理だね。なに作る?」
「あのさ……鳴神くん。俺さ、めっちゃ、作りたいものがあるんだけど。付き合ってくれる?」
「もちろん」
 鳴神くんは俺のお願いにこくこくと頷いてくれた。