教室に二人っきりなんて聞いてない!



 職員室のドアを開けると先生たちはまだ残って仕事していた。生徒が帰っても仕事があるなんて学校の先生は大変だ。
「野崎先生、家庭科室の鍵を貸してください」
 鳴神くんがそう言うと、入り口近くに座っていた野崎先生が俺たちの方を向いた。
 そういえば、俺はまだ鳴神くんと手を繋いだままだった。
「なんだ、お前らホント仲良しだなぁ。家庭科室に忘れ物か?」
「そんなところです」
 野崎先生は席を立つと、後ろのキーボックスから鍵を取り、鳴神くんの方へ放り投げた。鳴神くんはそれを左手でキャッチする。右手は俺と手を繋いだままだったからだ。
「あ、そうだ先生。あと牛肉ちょっと預かってて」
 さっき買った肉のことを俺はすっかり忘れていた。いつの間にか鳴神くんの腕には俺のスーパーの袋があった。
「牛肉? なんでやねん」
「ハルの今日の夕飯。冷蔵庫入れておかないと」
「あ、そう」
 突っ込みながらも先生はちゃんと俺の牛肉を職員室の冷蔵庫に入れてくれた。

 *

 家庭科室は校舎の二階の突き当たりにあった。当然だけど、生徒は全員帰っているので、廊下はしんと静まり返っている。
「鳴神くんの秘密の趣味が家庭科室にあるん?」
「うん。ここ今は誰も使ってないから、時々先生に言って使わせてもらってた」
「そうなんだ」
 手を繋がなくても俺は絶対逃げたりしない。
 そう、思っていたのだけど、俺の手を引く鳴神くんの表情があまりにもこわばっていたので、段々と心配になってきた。
(包容力あるって言ったけど、鳴神くんの趣味を受け止めきれなかったらどうしよ。いやでも受け止めるって決めたし! あ~もう、なんでも来いだ!)
 鳴神くんは家庭科室の鍵を開けると、そのまま机の間を通って後ろまで歩いて行く。
 窓際の棚にはミシンやアイロンが並んでいたが、用があるのはミシンでもアイロンでもないらしい。
「本当は朝、自分の趣味もハルに言いたかった。でもハルから見れば、ちょっと変わった趣味かもしれないし」
「おう、大丈夫だ。なんでもこい!」
「笑わない?」
「絶対、笑わんよ。お茶とお花でも」
 鳴神くんは俺と繋いでいた手を離すと、教室の一番後ろの扉がついたロッカーを開けた。
 緊張のせいで、ごくりと唾を呑んだ。
 開いたロッカーの中には、リボンがついた紙箱が三つ入っていた。鳴神くんはその一つを取り出して俺の前に差し出した。
「あ、えっと、これ、俺が開けていいの?」
「どうぞ」
 俺は鳴神くんに言われるまま、恐る恐る箱を開けた。――そこには。
「く、クマとウサギ?」
「うん」
 箱の中には手のひらサイズの人形が二体入っていた。茶色のクマとピンク色のウサギだ。首には赤いリボンがついている。
 二匹は仲良く並んで座りこちらを見上げていた。
 かわいい、とにかくかわいい。え、めっちゃかわいい!
「え、これ、か、かわぇえ、ぬいぐるみ? え、鳴神くんが作ったん? クマさんとウサギさん?」
「うん。俺、編み物が好きで。これは、ぬいぐるみじゃなくて、毛糸で作ったあみぐるみっていうんだ」
「へ、へぇ! あみぐるみ、すげぇ、かわいい、さわってもいい?」
「もちろん」
 俺は箱の中からウサギを取り出すと手のひらの上に乗せた。素人でも分かるプロの手仕事だった。
「マジかわええやん」
「本当に?」
「うん」
 俺の反応が「かわいい」だったことに安心したのか、鳴神くんは近くにあった丸椅子に座りテーブルに突っ伏した。緊張してたんだろう。俺が秘密を知りたいって言ったからなので、ちょっと申し訳ない。
 でも、ちゃんと鳴神くんの好きなことを全部受け止めた!
「編み物が好きって言うの恥ずかしかったん?」
「そう」
「全然、恥ずかしないのに、カッケェと思う」
 俺がそう言うと鳴神くんは、そっと顔を上げる。俺の方が鳴神くんの飼い犬だったのに、今は鳴神くんが柴犬みたいな円らな瞳で俺を見つめていた。あみぐるみも可愛いけど、鳴神くんも可愛いと思う。
「最初は家の手伝いだった」
「神社の?」
「うん。母さんが毛糸のお守り袋を作ってて。で、正月用のが……すげー大変で年末の大仕事」
「それは大変そう」
「うん。で、最初は嫌々やってたんだけどさ、年々色んな形で作り始めたら、どんどん楽しくなって」
「うん」
「いつの間にか、編み物が好きになりました」
 以上です。と鳴神くんは自己紹介を終わらせた。俺は手のひらに乗せていたウサギを箱に戻し机の上に置くと拍手した。
「え、拍手?」
「朝の自己紹介で俺は鳴神くんに拍手できなかったから。教えてくれてありがとうの意味で」
「どういたしまして」
「うん。……そっか、鳴神くんは編み物が趣味なんやねぇ」
「変だとか言わないんだな」
「全然、てか、編み物、俺にもできるんかな? 俺もやってみたい」
「え……え? 編み物、興味あるの? 社交辞令なら」 
 鳴神くんは目を丸くしていた。よっぽど俺が編み物をしたいと言ったのが意外だったのだろう。
「いやいや、全然あるある! 興味ある! 高校生は社交辞令言わない!」
「いや、言うやろ!」
 そう答えた鳴神くんは慌てて口を押さえた。
 俺に釣られて方言が出た。動揺しているのか、ちょっと顔が赤くなっている。全然いいのに。俺に気を許してくれたみたいで嬉しかった。
「あはは、鳴神くん、俺と同じ喋り方になった」
「……ハルにつられた」
「なぁ、俺とずっと一緒におったら、そのうち俺たちの喋り方めちゃめちゃになってるかも。卒業する頃には二人だけしか通じないようになってたりして」
「それはいいかも」
 そう言った鳴神くんは、ちょっと恥ずかしそうでほっぺたが赤い。
 イケメンで、時々可愛いなんて、鳴神くんって無敵だ。
「あ、そうだ、鳴神くん」
「ん」
「俺たちが、リア充になるいい方法思いついたんやけど、聞いてくれる?」
「リア充? うん」
「俺と家庭科部作らへん?」
「家庭科、部」
「そ、部活作ろ」
 料理と編み物の共通点は家庭科だ。俺は絶対いいアイディアだと思った。