「やっぱりだめだ! お風呂狭い物理的に二人はダメ! だから、早く入って!」
突然舞い降りてくれた理性が俺を必死に止めてくれる。
石神はあからさまに不貞腐れていて口を尖らす。
「狭いってことは距離近くなるじゃん」
「そういうもんじゃない、寒いし、今は早くお風呂入って冷えた体を温めること。二人で入ったら窮屈すぎる。今は、休みの大事! だから、入って!」
俺の圧に負けたのか、石神はしぶしぶ洗面所まで歩いてくれた。
「じゃあ、石神が出るまでなんかもっといい服ないか探すから。出るとき呼んでね」
「あいよー」
「あ、あと濡れた俺がお風呂入った後に急いで風呂場で乾かすから。適当に置いといて」
「あいあいさー」
徐々にいつもの石神らしくなってきた。
親と会うかもってビビっていたのかも。意外とかわいいところあるな。
急いで部屋のタンスから服をあさりだす。
着れなくはないけど、絶対にぴちぴちになる。
寒くはならないけど絶対に着心地最悪だし、大きい服を見つけてあげたい。
んー、なにかないか? あっ、もしかしてこれいけるかも。
***
「石神ー着替えおいとくね」
「あーいありがと。もう出るわ」
「分かったー」
「お前んちのお風呂なんかいい匂いするー」
「え、あー母さんのシャンプーとかじゃない? あの花の香りの」
「げっ、お前んじゃないのかよ」
げっとはなんだ失礼な。
しばらくすると石神がお風呂から出る音が聞こえる。
俺はその間に夜ご飯を注文しておいて、同時にお湯も沸かしておく。
沸騰したお湯に茶葉を入れて緑茶を注ぐ。
洗面所の扉が勢いよく開く。
中から出てきた石神を見てほっと胸をなでおろす。
「ぴったりじゃん」
「おう、御花にしては大きい服持ってるじゃん」
「それなかなか着ない上着みたいなもんだけど、中もこもこしてて暖かいでしょ」
石神に着させたのは、背伸びをして購入した大きめのグレーのパーカーだった。
普通に外で着るとぶかぶかして格好悪く見えるから、部屋着兼パジャマとして使っていて、タンスではなく蒲団の中を漁ったところ出てきた。
自分の服を石神が来ているなんて変な感じ。
「じゃあ、俺風呂入ってるからリビングでくつろいでて。あと、緑茶あるけど飲める?」
「おー、飲む」
石神に緑茶を渡してから洗面所に行き、すぐにシャワーを浴びる。
石神も待っているから、急がないと。
湯船につかると、体の芯から温まっていく心地がした。
もっとつかりたいけど、石神の服を乾かさないといけないからすぐに出ないと。
湯船から出て扉を開く。
ドアノブに手をかけようとしたとき、先に開いてしまった。
目の前に石神の顔が合って目が合う。
石神の視線がそのまま下に移ろうとしたから、疾風のような速さで扉を閉める。
「ばっかじゃねーの、なんで開けるんだよ!」
「いやー、ちょっと興味で」
「ふざけんなよ!」
「冗談冗談」
はははと笑っている石神。どうやらからかっていたみたいだ。
本気で俺の全裸を見ようとするなら、なんとなく扉を無理やり開けてきそうだと思った。
「早くどっか行けよ、出られないじゃんか」
「もうちょっとここにいるから、まだ入ってれば」
「は? あ、じゃあ入る」
「開けないからここにいてもいい?」
「開けないなら、いいよ」
「りょうかい」
石神は扉に寄りかかって座る。ドアが少しだけ透けるから石神の背中がくっきりと表れる。
俺はもう一度湯船につかる。
俺が早く出るの予想していたのだろうか。
おかげさまでもうちょっと温まれる。こういうことやってくれるの優しいな。
「石神何時までに帰りたいとかある?」
「いや、特には。俺んち放任主義だからあんまり言われないよ」
「そっか、じゃあ服が乾くまでゆっくりしなよ」
「ありがたくそうする」
石神は掴みどころがなくて、簡単にからかってきて、そのくせ優しい。
気づいたら好きになっていた。【こうちゃん】のときは一目惚れで、彼女のやさしさに徐々に惹かれていった。
優しい人に変わりはない。同じ人をまた好きになるなんて。
石神は、今何を考えているんだろう。
思い出してくれて嬉しい、いや、それとも他の何か……
***
風呂から上がるとちょうどさっき頼んでいたピザが届いた。
リビングに並べていると石神が目を真ん丸にして凝視している。
「ピザ?」
「そう、帰り適当に頼んでいいって言われたから。昔から友達が家にいるときは、一緒にピザ注文して食べてたんだよね。一緒に食べよ」
「まじか、じゃあ遠慮なく」
二人席に座り、黙々とピザを食べ始める。
今更だけど、自分の家に石神がいることが見慣れない光景過ぎて、そわそわする。
しかも俺の服着てるし。
石神とご飯を食べるのも教室だったから、リビングにいることが正直まだ信じられなくて頭がふわふわする。
ばちっと石神と目が合う。
にやっと笑うと、左の頬を指さす。
「ケチャップついてる」
「え、嘘!」
「嘘だよ」
流れるような嘘、石神はピザを噛みながらにやにやしている。
「本当にすぐ引っかかる」
「うっせー」
「俺に騙されてもいいけど、他の人に騙されるなよ」
「気を付ける、てか石神に騙されるのもダメだろ」
「いーのいーの、俺なら安心だろ」
「なんだよそれ」
言っていておかしくて二人で笑いあう。
「御花のこと、小さい時はあんまり隙がないしっかり者だと思ってたんだよね」
石神がボソッと言った。
「小6の二月とかな。俺がオーディションで合格して、それをひがんだ女子にちょっとだけ嫌がらせされてたの。別に卒業式終われば、もうなくなるだろうって思ってたんだけど、御花が俺以上に怒ってさー。覚えてない?」
「全く覚えてないんだけど」
石神からしっかり過去の話をしてくれるのは初めてで、嬉しいと思うと同時に本当に記憶がない自分にがっかりしている。
【こうちゃん】との記憶なんて、最後の俺の告白で全部吹っ飛んだから仕方ない。
「だろうな。ま、でー、俺が直接女子に文句言われているのを御花が聞いちゃって、怒った御花がぶち切れで口喧嘩になったんだよ。そのときの御花は周りの子と比べて身長が高かったから、向こうもビビっちゃって逃げて、それ以来嫌がらせはなくなったんだよ。御花はこういう曲がったことが嫌いなしっかり者、それが最初のほうのイメージ」
どうしよう、全く思い出せない。
たぶんその出来事は一瞬のことだろう。石神にとって大事な記憶だったのかもしれない、けれどそれ以上に告白が大きすぎて、他の些細な記憶が簡単に思い出せない。
「俺、そのときから御花のこと気になってたんよ」
「助けてもらったからってこと?」
「んー、それもあるけど、ちょっと違うかな」
もったいぶってさらっと言わずに、ピザをもぐもぐと食べだしてしまう。
「別に、教えてくれてもいいだろ」
「ちょっと、恥ずかしいんだよねー」
石神が、恥ずかしい。さらに興味が出てきてしまうだろうが!
「絶対からかったりしないから」
「えー、じゃあ言うけど。……泣き顔」
は? この会話の流れでの答えが合ってなさ過ぎて、理解しようという気にもなれない。
石神だけ一人恥ずかしそうに「きゃー」とか言っている。
「待って、もっと詳しく」
「だから、女子が逃げた後、御花とばいばいするじゃん。そのあと、もう一回御花と話したくて振り返ったら、御花泣いてるんだもん。その泣き顔がなんか、初めて胸にずっきゅんってきたんだよー、まさかこれが恋かって」
え? 俺、女子に文句言った後、一人で泣いてたの? 小6の男子だぞ……
記憶がないから自覚もないけど、人から言われて石神以上に恥ずかしさを感じている。
石神よりもこの話を通して恥ずかしいの俺だろ!
「自分より大きい男子が、泣いている。なんか興奮しちゃってさー。それもあるから御花の泣き顔が大好きなんだよね」
「待って待って、誇張してない?」
「全く、これは嘘じゃないよ」
恥ずかしすぎる。俺、告白だけが黒歴史だと思ってたけど、結構いろんな恥ずかしい過去あるじゃんか。
なんで忘れてるんだよ。多分【こうちゃん】が後ろにいないと思って泣いちゃってたんだろうけど、ちゃんと確認しろよ。
でもそれがなかったら、石神は俺のこと好きにならなかったかもしれないし、なら結果オーライ、という訳にはならないんじゃないか。
俺が頭を抱えている様子を見て石神はおもしろそうに見ている。
「昔は俺のほうが御花の前で泣いてたから、御花が泣いたことが衝撃的だったんだろうな」
「え、石神って泣いてたっけ」
「……え? まじで覚えてないじゃん」
石神は顔を抑えて天井を見上げる。耳がうっすら赤く染まっている。
「あー、なにこれもう」
そう言うと、テレビの前のソファに移動する。そして手招きをして呼んでくる。
俺はそのまま石神の隣に座り込む。
その瞬間、体を横に押し倒されて、上から石神に見下ろされる。
彼の表情に笑顔は一切なく、無表情になっていた。
「石神?」
「御花さ、さすがに忘れられすぎて俺悲しいんだけど」
「いや、だから、それは、んっ///」
接近してきた石神は強引に唇を押し付ける。
コンクールのキスよりもずっと長くて頭が痛い、息ができない、それなのにどこか体が反応して気持ちいい。
唇が離れる、と思うとすぐに触れると思うと深く押し込まれて、また息ができない。
苦しい、離して……
必死に抵抗しようとしても力が入らず、石神のペースに追いつけない。
目元がうるんで、石神の頬に俺の涙で濡れてしまった。
そこで石神はやっと顔を離す。
じっと見つめられて、逃れられないと分かった。
笑っていない石神にキスをされて正直怖い。
でも、怒る理由も分かるから反論できない。
「今、御花が覚えてること全部言わないと本気で襲う。いやだって言っても止めないし、どれだけ泣いてもかわいくても絶対に許してあげない。俺を止めてよ」
表情をゆがめながら言う石神は、本当に苦しそうだった。
俺が全部悪いのに、どうして石神がそんなつらそうな顔しているんだよ。
己の愚かさと石神への罪悪感が溢れてきて、望んでもないのに涙が止まらない。
なんでこんなに記憶がないんだよ、そんなの分かってる。
好きな子の性別を勘違いしていた自分、そして【こうちゃん】の最後の質問に即答できなかった過去の自分が嫌で、必死に【こうちゃん】を忘れようとした。
ピアノも全部、一緒にやっていたクラブや委員会に関係するものすら全部忘れようと努力した。
黒歴史だって思い込んで蓋をして、石神と話して昔の記憶を思い出しそうになっても、今までの癖で無意識に思い出すことをやめていた。思い出そうとしても次には違うことを考えたり寝てしまったり。
だから、忘れられていて悲しんでる石神に気が付くのに遅れたんだ。
こんなに悲しそうな石神を見たことない。自分がずっと逃げていて、その付けが回ってきたんだ。
「俺が、覚えてるのは告白のセリフ、他は思い出したくなくて、無理やり記憶を消したみたいなんだ、ごめん」
「じゃあ、告白のセリフもう一回言ってよ」
普段の石神なら絶対に出てこない冷たい言い方だった。
俺は目を逸らしたかったけど、そんなことをすれば石神はもっと傷つく。そんなことわかっている。
だから、ちゃんと俺が石神に伝えなければ。
「俺が、伴奏者を本気でできたのは【こうちゃん】のおかげです。指揮者と伴奏者は特別で、指揮者の姿を独占できるポジションって、伴奏者だよね、練習も二人の時間が多くて、毎日が楽しかった。うぅぅぅ」
この後が俺の黒歴史の原因となったものだ。
今の石神に言うことがつらい。これを聞いて石神が傷つくのは分かってる。
「言って、全部」
石神はそのとき優しい目をしていた。怒らないから、と言っているようだった。
あふれる涙を抑えながら、声を必死に出す。
「笑顔がかわいくて、全部がかわいいこんな女の子には生まれて会ったことがない、君のことを独占したいです。大好きです、よかったら俺の彼女になってください……」
俺ははっきり女の子とか、彼女って言ってしまった。それだけは絶対に忘れられなかった。
他の記憶は忘れた、それでも【こうちゃん】を傷つけてしまった言葉は何度も夢に出てきて、罪悪感が日に日に増大していた。
人の性別を間違えるとか、それでいて好きだとかひどいやつに過ぎない。
他の友達に聞いてみても、俺の周りに女の子と思っている子は誰一人いなかった。
自分だけが馬鹿で、勘違いをしていた。
「そのあとも、こうちゃんは、男の子でも好きなの? って聞いてくれた時に、すぐに答えが出せないで、その場から逃げちゃって本当にごめん、失礼なやつだった。それが、自分の中で大きな出来事で、罪悪感から逃げたくて全部忘れたくて。石神と話すときも、こうちゃんのことを思い出したくなくて、無意識にずっと逃げてたんだよ」
涙があふれて顔がぐちゃぐちゃになってしまう。
視界が涙であふれて石神の顔がしっかりと見えない。
今ここで思ってることを全部伝えないと、石神から許してもらえない。
そう思うと言葉はあふれ出す。
「石神を傷つけたこと、なかったことにしたいって何度も頭をよぎるんだよ。石神だって思い出したくないかもって勝手に考えて。だから、話題に出すのを避けてた。けど、そんなの許されないに決まってる。もうどうしたらいいか訳わからないくせに、合唱がうまくいってそのまままた告白だなんて、ちゃんと思い出してからのほうがぁぁぁ」
気持ちの整理が追い付かないまま言葉にしたせいか、自分でも何を言っているのか分からなくなってしまった。
声を出して泣くなんて恥ずかしい。それよりも思いを全部吐き出して、石神の反応を見るのが怖かった。
こんな姿さらして引かれてしまったら、一生立ち直れない。
本当はもっと早く気が付くべきだった。
卒アルだって探せば、名前を頼りにすればすぐに思い出せたかもしれない。
気づこうと思えば、気づくことができたかもしれない。
全部俺が悪い、悪いのに好きだなんて今更、どの口が言っているんだろう。
「御花、ありがと」
頭上から石神の優しい声がする。
ゆっくり目を合わすと、石神は優しい表情で微笑んだ。
ゆっくり俺の頭を撫でて、手の甲で涙をふき取る。
一気に安心感に包まれる。
石神はゆっくり俺の体を起こしてくれる。
そのまま優しく抱いてくれる。背中を撫でてくれる、それが本当に心地よかった。
「俺が、考えている以上に、御花が罪悪感を感じてて驚いたよ。正直俺は、そこまで重く考えないで、また会ったときに今度は自分から言おうって決めてたくらいだし。まぁ、だから高校で最初に会ったときに、俺のことを認識していないのが分かったとき、結構ショックだった」
石神は寂しそうな目で俺をじっと見据えた。
突然舞い降りてくれた理性が俺を必死に止めてくれる。
石神はあからさまに不貞腐れていて口を尖らす。
「狭いってことは距離近くなるじゃん」
「そういうもんじゃない、寒いし、今は早くお風呂入って冷えた体を温めること。二人で入ったら窮屈すぎる。今は、休みの大事! だから、入って!」
俺の圧に負けたのか、石神はしぶしぶ洗面所まで歩いてくれた。
「じゃあ、石神が出るまでなんかもっといい服ないか探すから。出るとき呼んでね」
「あいよー」
「あ、あと濡れた俺がお風呂入った後に急いで風呂場で乾かすから。適当に置いといて」
「あいあいさー」
徐々にいつもの石神らしくなってきた。
親と会うかもってビビっていたのかも。意外とかわいいところあるな。
急いで部屋のタンスから服をあさりだす。
着れなくはないけど、絶対にぴちぴちになる。
寒くはならないけど絶対に着心地最悪だし、大きい服を見つけてあげたい。
んー、なにかないか? あっ、もしかしてこれいけるかも。
***
「石神ー着替えおいとくね」
「あーいありがと。もう出るわ」
「分かったー」
「お前んちのお風呂なんかいい匂いするー」
「え、あー母さんのシャンプーとかじゃない? あの花の香りの」
「げっ、お前んじゃないのかよ」
げっとはなんだ失礼な。
しばらくすると石神がお風呂から出る音が聞こえる。
俺はその間に夜ご飯を注文しておいて、同時にお湯も沸かしておく。
沸騰したお湯に茶葉を入れて緑茶を注ぐ。
洗面所の扉が勢いよく開く。
中から出てきた石神を見てほっと胸をなでおろす。
「ぴったりじゃん」
「おう、御花にしては大きい服持ってるじゃん」
「それなかなか着ない上着みたいなもんだけど、中もこもこしてて暖かいでしょ」
石神に着させたのは、背伸びをして購入した大きめのグレーのパーカーだった。
普通に外で着るとぶかぶかして格好悪く見えるから、部屋着兼パジャマとして使っていて、タンスではなく蒲団の中を漁ったところ出てきた。
自分の服を石神が来ているなんて変な感じ。
「じゃあ、俺風呂入ってるからリビングでくつろいでて。あと、緑茶あるけど飲める?」
「おー、飲む」
石神に緑茶を渡してから洗面所に行き、すぐにシャワーを浴びる。
石神も待っているから、急がないと。
湯船につかると、体の芯から温まっていく心地がした。
もっとつかりたいけど、石神の服を乾かさないといけないからすぐに出ないと。
湯船から出て扉を開く。
ドアノブに手をかけようとしたとき、先に開いてしまった。
目の前に石神の顔が合って目が合う。
石神の視線がそのまま下に移ろうとしたから、疾風のような速さで扉を閉める。
「ばっかじゃねーの、なんで開けるんだよ!」
「いやー、ちょっと興味で」
「ふざけんなよ!」
「冗談冗談」
はははと笑っている石神。どうやらからかっていたみたいだ。
本気で俺の全裸を見ようとするなら、なんとなく扉を無理やり開けてきそうだと思った。
「早くどっか行けよ、出られないじゃんか」
「もうちょっとここにいるから、まだ入ってれば」
「は? あ、じゃあ入る」
「開けないからここにいてもいい?」
「開けないなら、いいよ」
「りょうかい」
石神は扉に寄りかかって座る。ドアが少しだけ透けるから石神の背中がくっきりと表れる。
俺はもう一度湯船につかる。
俺が早く出るの予想していたのだろうか。
おかげさまでもうちょっと温まれる。こういうことやってくれるの優しいな。
「石神何時までに帰りたいとかある?」
「いや、特には。俺んち放任主義だからあんまり言われないよ」
「そっか、じゃあ服が乾くまでゆっくりしなよ」
「ありがたくそうする」
石神は掴みどころがなくて、簡単にからかってきて、そのくせ優しい。
気づいたら好きになっていた。【こうちゃん】のときは一目惚れで、彼女のやさしさに徐々に惹かれていった。
優しい人に変わりはない。同じ人をまた好きになるなんて。
石神は、今何を考えているんだろう。
思い出してくれて嬉しい、いや、それとも他の何か……
***
風呂から上がるとちょうどさっき頼んでいたピザが届いた。
リビングに並べていると石神が目を真ん丸にして凝視している。
「ピザ?」
「そう、帰り適当に頼んでいいって言われたから。昔から友達が家にいるときは、一緒にピザ注文して食べてたんだよね。一緒に食べよ」
「まじか、じゃあ遠慮なく」
二人席に座り、黙々とピザを食べ始める。
今更だけど、自分の家に石神がいることが見慣れない光景過ぎて、そわそわする。
しかも俺の服着てるし。
石神とご飯を食べるのも教室だったから、リビングにいることが正直まだ信じられなくて頭がふわふわする。
ばちっと石神と目が合う。
にやっと笑うと、左の頬を指さす。
「ケチャップついてる」
「え、嘘!」
「嘘だよ」
流れるような嘘、石神はピザを噛みながらにやにやしている。
「本当にすぐ引っかかる」
「うっせー」
「俺に騙されてもいいけど、他の人に騙されるなよ」
「気を付ける、てか石神に騙されるのもダメだろ」
「いーのいーの、俺なら安心だろ」
「なんだよそれ」
言っていておかしくて二人で笑いあう。
「御花のこと、小さい時はあんまり隙がないしっかり者だと思ってたんだよね」
石神がボソッと言った。
「小6の二月とかな。俺がオーディションで合格して、それをひがんだ女子にちょっとだけ嫌がらせされてたの。別に卒業式終われば、もうなくなるだろうって思ってたんだけど、御花が俺以上に怒ってさー。覚えてない?」
「全く覚えてないんだけど」
石神からしっかり過去の話をしてくれるのは初めてで、嬉しいと思うと同時に本当に記憶がない自分にがっかりしている。
【こうちゃん】との記憶なんて、最後の俺の告白で全部吹っ飛んだから仕方ない。
「だろうな。ま、でー、俺が直接女子に文句言われているのを御花が聞いちゃって、怒った御花がぶち切れで口喧嘩になったんだよ。そのときの御花は周りの子と比べて身長が高かったから、向こうもビビっちゃって逃げて、それ以来嫌がらせはなくなったんだよ。御花はこういう曲がったことが嫌いなしっかり者、それが最初のほうのイメージ」
どうしよう、全く思い出せない。
たぶんその出来事は一瞬のことだろう。石神にとって大事な記憶だったのかもしれない、けれどそれ以上に告白が大きすぎて、他の些細な記憶が簡単に思い出せない。
「俺、そのときから御花のこと気になってたんよ」
「助けてもらったからってこと?」
「んー、それもあるけど、ちょっと違うかな」
もったいぶってさらっと言わずに、ピザをもぐもぐと食べだしてしまう。
「別に、教えてくれてもいいだろ」
「ちょっと、恥ずかしいんだよねー」
石神が、恥ずかしい。さらに興味が出てきてしまうだろうが!
「絶対からかったりしないから」
「えー、じゃあ言うけど。……泣き顔」
は? この会話の流れでの答えが合ってなさ過ぎて、理解しようという気にもなれない。
石神だけ一人恥ずかしそうに「きゃー」とか言っている。
「待って、もっと詳しく」
「だから、女子が逃げた後、御花とばいばいするじゃん。そのあと、もう一回御花と話したくて振り返ったら、御花泣いてるんだもん。その泣き顔がなんか、初めて胸にずっきゅんってきたんだよー、まさかこれが恋かって」
え? 俺、女子に文句言った後、一人で泣いてたの? 小6の男子だぞ……
記憶がないから自覚もないけど、人から言われて石神以上に恥ずかしさを感じている。
石神よりもこの話を通して恥ずかしいの俺だろ!
「自分より大きい男子が、泣いている。なんか興奮しちゃってさー。それもあるから御花の泣き顔が大好きなんだよね」
「待って待って、誇張してない?」
「全く、これは嘘じゃないよ」
恥ずかしすぎる。俺、告白だけが黒歴史だと思ってたけど、結構いろんな恥ずかしい過去あるじゃんか。
なんで忘れてるんだよ。多分【こうちゃん】が後ろにいないと思って泣いちゃってたんだろうけど、ちゃんと確認しろよ。
でもそれがなかったら、石神は俺のこと好きにならなかったかもしれないし、なら結果オーライ、という訳にはならないんじゃないか。
俺が頭を抱えている様子を見て石神はおもしろそうに見ている。
「昔は俺のほうが御花の前で泣いてたから、御花が泣いたことが衝撃的だったんだろうな」
「え、石神って泣いてたっけ」
「……え? まじで覚えてないじゃん」
石神は顔を抑えて天井を見上げる。耳がうっすら赤く染まっている。
「あー、なにこれもう」
そう言うと、テレビの前のソファに移動する。そして手招きをして呼んでくる。
俺はそのまま石神の隣に座り込む。
その瞬間、体を横に押し倒されて、上から石神に見下ろされる。
彼の表情に笑顔は一切なく、無表情になっていた。
「石神?」
「御花さ、さすがに忘れられすぎて俺悲しいんだけど」
「いや、だから、それは、んっ///」
接近してきた石神は強引に唇を押し付ける。
コンクールのキスよりもずっと長くて頭が痛い、息ができない、それなのにどこか体が反応して気持ちいい。
唇が離れる、と思うとすぐに触れると思うと深く押し込まれて、また息ができない。
苦しい、離して……
必死に抵抗しようとしても力が入らず、石神のペースに追いつけない。
目元がうるんで、石神の頬に俺の涙で濡れてしまった。
そこで石神はやっと顔を離す。
じっと見つめられて、逃れられないと分かった。
笑っていない石神にキスをされて正直怖い。
でも、怒る理由も分かるから反論できない。
「今、御花が覚えてること全部言わないと本気で襲う。いやだって言っても止めないし、どれだけ泣いてもかわいくても絶対に許してあげない。俺を止めてよ」
表情をゆがめながら言う石神は、本当に苦しそうだった。
俺が全部悪いのに、どうして石神がそんなつらそうな顔しているんだよ。
己の愚かさと石神への罪悪感が溢れてきて、望んでもないのに涙が止まらない。
なんでこんなに記憶がないんだよ、そんなの分かってる。
好きな子の性別を勘違いしていた自分、そして【こうちゃん】の最後の質問に即答できなかった過去の自分が嫌で、必死に【こうちゃん】を忘れようとした。
ピアノも全部、一緒にやっていたクラブや委員会に関係するものすら全部忘れようと努力した。
黒歴史だって思い込んで蓋をして、石神と話して昔の記憶を思い出しそうになっても、今までの癖で無意識に思い出すことをやめていた。思い出そうとしても次には違うことを考えたり寝てしまったり。
だから、忘れられていて悲しんでる石神に気が付くのに遅れたんだ。
こんなに悲しそうな石神を見たことない。自分がずっと逃げていて、その付けが回ってきたんだ。
「俺が、覚えてるのは告白のセリフ、他は思い出したくなくて、無理やり記憶を消したみたいなんだ、ごめん」
「じゃあ、告白のセリフもう一回言ってよ」
普段の石神なら絶対に出てこない冷たい言い方だった。
俺は目を逸らしたかったけど、そんなことをすれば石神はもっと傷つく。そんなことわかっている。
だから、ちゃんと俺が石神に伝えなければ。
「俺が、伴奏者を本気でできたのは【こうちゃん】のおかげです。指揮者と伴奏者は特別で、指揮者の姿を独占できるポジションって、伴奏者だよね、練習も二人の時間が多くて、毎日が楽しかった。うぅぅぅ」
この後が俺の黒歴史の原因となったものだ。
今の石神に言うことがつらい。これを聞いて石神が傷つくのは分かってる。
「言って、全部」
石神はそのとき優しい目をしていた。怒らないから、と言っているようだった。
あふれる涙を抑えながら、声を必死に出す。
「笑顔がかわいくて、全部がかわいいこんな女の子には生まれて会ったことがない、君のことを独占したいです。大好きです、よかったら俺の彼女になってください……」
俺ははっきり女の子とか、彼女って言ってしまった。それだけは絶対に忘れられなかった。
他の記憶は忘れた、それでも【こうちゃん】を傷つけてしまった言葉は何度も夢に出てきて、罪悪感が日に日に増大していた。
人の性別を間違えるとか、それでいて好きだとかひどいやつに過ぎない。
他の友達に聞いてみても、俺の周りに女の子と思っている子は誰一人いなかった。
自分だけが馬鹿で、勘違いをしていた。
「そのあとも、こうちゃんは、男の子でも好きなの? って聞いてくれた時に、すぐに答えが出せないで、その場から逃げちゃって本当にごめん、失礼なやつだった。それが、自分の中で大きな出来事で、罪悪感から逃げたくて全部忘れたくて。石神と話すときも、こうちゃんのことを思い出したくなくて、無意識にずっと逃げてたんだよ」
涙があふれて顔がぐちゃぐちゃになってしまう。
視界が涙であふれて石神の顔がしっかりと見えない。
今ここで思ってることを全部伝えないと、石神から許してもらえない。
そう思うと言葉はあふれ出す。
「石神を傷つけたこと、なかったことにしたいって何度も頭をよぎるんだよ。石神だって思い出したくないかもって勝手に考えて。だから、話題に出すのを避けてた。けど、そんなの許されないに決まってる。もうどうしたらいいか訳わからないくせに、合唱がうまくいってそのまままた告白だなんて、ちゃんと思い出してからのほうがぁぁぁ」
気持ちの整理が追い付かないまま言葉にしたせいか、自分でも何を言っているのか分からなくなってしまった。
声を出して泣くなんて恥ずかしい。それよりも思いを全部吐き出して、石神の反応を見るのが怖かった。
こんな姿さらして引かれてしまったら、一生立ち直れない。
本当はもっと早く気が付くべきだった。
卒アルだって探せば、名前を頼りにすればすぐに思い出せたかもしれない。
気づこうと思えば、気づくことができたかもしれない。
全部俺が悪い、悪いのに好きだなんて今更、どの口が言っているんだろう。
「御花、ありがと」
頭上から石神の優しい声がする。
ゆっくり目を合わすと、石神は優しい表情で微笑んだ。
ゆっくり俺の頭を撫でて、手の甲で涙をふき取る。
一気に安心感に包まれる。
石神はゆっくり俺の体を起こしてくれる。
そのまま優しく抱いてくれる。背中を撫でてくれる、それが本当に心地よかった。
「俺が、考えている以上に、御花が罪悪感を感じてて驚いたよ。正直俺は、そこまで重く考えないで、また会ったときに今度は自分から言おうって決めてたくらいだし。まぁ、だから高校で最初に会ったときに、俺のことを認識していないのが分かったとき、結構ショックだった」
石神は寂しそうな目で俺をじっと見据えた。



