「えーい、忌々しい!」
晩餐会が終わり、馬車で屋敷に帰っている途中だが、まだ怒りが収まらない。
「父上、落ち着いてください」
同乗している嫡子のエーミールが諫めてくる。
「やかましいわ! 私は落ち着いておる! ヘルミーネめ、何故、生きておるのだ!?」
ユルゲンから暗殺が成功し、今夜にでもくたばるという報告があったというのに。
「ユルゲンは裏切ったのでしょう」
「そうだろうな。そうなると、ディアナもだ」
孤児だったあいつらを拾ってやり、教育まで受けさせた恩を忘れるとは……
所詮は下賤が。
「はい。すぐにでも殺すべきでしょう」
「わかっておる。屋敷に戻ったら暗部共を呼べ。今夜にでも襲撃させる」
いっそのこと修道院ごと燃やしてしまうか。
「わかりました」
「それにしてもヘルミーネは何だったのだ……まるで別人ではないか」
「主の声を聞いたとか……」
「バカ者! 戯言に決まっておるわ!」
バカか、こいつ!
「いや、それがエルネスタが言うには私達が席を外していた際に誰もいない宙を見ながら誰かと会話していたようです」
「は? 主とでも話していたとでもいうのか?」
バカバカしい。
「いえ、その会話が妙に生々しくて怖かったそうです。ヘルミーネは毒を飲んで本当に狂ってしまったのではないですか? それで人が変わってしまったのです」
そっちか……
もしかしたら嘘ではなく、本当に主の声を聞いたと信じ切ってしまったのかもしれんな。
だからバカなユルゲンとディアナはヘルミーネのあまりの変わりようを見て、信じてしまったといったところか。
「チッ! 面倒な。素直に死ねば良いものを」
それがフロイエンの領主だ?
ふざけるな!
私は絶対に認めんぞ。
「父上、ヘルミーネを殺すのは私も賛成です。しかし、陛下に何を言われるかわかりませんよ。ヘルミーネは名ばかりとはいえ、領主です」
「問題ない。今日のことで兄上には愛想が尽きた」
昔からたいした人間ではないと思っていた。
帝位に就けたのも私が姉達を仲違いさせたから上手くいったのにその恩も忘れ、偉そうに命令ばかりしてくる。
「では、計画を?」
「ああ。60を超えても帝位にしがみつく哀れな男だ。聞いたか? 3年で成果を出せだと」
「正直、呆れましたね」
まったくだ。
まだ生きるつもりか? まだ決められないか?
あの決断力のなさが兄上の最も劣っているところだ。
「もういらぬ。さっさと私に帝位を譲れば良いものを……」
「フェリックスを始めとする陛下の子は?」
「それもいらぬ。エーミールよ、早急に動くぞ」
「わかっております」
よし。
あとは計画の――
『閣下! 閣下!』
馬車の外から声が聞こえてきた。
「ん? 何だ?」
『ヘルミーネ様が東門より帝都を出たとの報告です!』
何!?
「ヘルミーネがもう出発したのか!?」
『はい! 門の兵士から報告です!』
城を出て、すぐに東門に向かったのか。
こちらの動きを察知した?
「父上、どうやらヘルミーネは本当に狂ったようですね」
まあ、普通はこんな時間に出るなんてバカがすることだ。
「追手を出せ。ヘルミーネ、ユルゲン、ディアナを殺せ」
『はっ!』
ふーむ……何か引っかかった気がするが、まあ、何でもいいか。
もうヘルミーネのことよりもこれからのことだ。
◆◇◆
帝都を出ると、ユルゲンがライトの魔法を使い、街道を進んでいく。
「ディアナ、フロイエンまではどれくらいかかる?」
「馬車で10日以上はかかります。申し訳ございませんが、野宿も覚悟してください」
「それはわかっておる。資金は?」
「節制をすれば10日は持ちます」
節制……まあ、何度も戦場に出ていた私は慣れているから何でもいいけど。
「わかった。ユルゲン、スピードを落とせ」
ちょっと早い。
「しかし、追手が来ます」
「追手が来るとしたら騎兵だ。向こうは騎兵、こちらは馬車。話にならぬ。追いつかれるのは確定だ。ならば馬を潰さぬように走れ。先は長いんだ」
「わ、わかりました」
ユルゲンがスピードを落とした。
「お嬢様、隠れた方が良いのでは?」
「それは悪手だ。時間が経てば経つほど敵は増えるのだぞ。もし、馬を殺されたら徒歩だぞ。私は歩きたくない」
「確かにフロイエンまで歩くのは嫌ですね」
ひと月以上はかかるんじゃないか?
「ディアナ、弓と矢を」
「はい」
ディアナが弓と矢筒を渡してきた。
「後ろを見ておけ。早ければもう来るぞ」
「わかりました」
ディアナが頷き、後ろの小窓から後方を確認しだしたので弓と矢を確認していく。
「ノーレ、戦うの?」
ミーネが不安な顔で聞いてくる。
「ああ。戦闘は避けられない。お前も見ただろう? あの父の顔を」
「うん……」
ミーネが顔を伏せる。
「お嬢様! 後方に複数の明かりが見えました!」
もう来たか。
まあ、想定内だ。
「ディアナ、お前はここで待機しろ。ユルゲン、スピードを維持せよ」
「「はっ!」」
よしよし、こいつらも素直になったものだ。
「ミーネ、お前もここで待ってろ。ここからは私の時間だ」
「ううん。私も行く」
ほう?
「戦力にならんが?」
「私は見ないといけないから……」
そうかい。
「では、来い」
そう言うと、弓と矢筒を背負い、馬車の扉を開けた。
そして、天井の縁を掴み、懸垂の要領で身体を前方へと振り上げると、そのまま回転し、馬車の上に降り立つ。
すると、後ろには確かにいくつものの明かりが見えた。
あれはたいまつを持った騎兵隊だ。
「お嬢様、30はいます! 大丈夫ですか!?」
ディアナが顔を出して、見上げてくる。
「ディアナ、ユルゲン、見ておけ。私は主に選ばれた聖女である。私の矢は絶対に外れぬ」
そう言って、矢筒から矢を取り、弓につがえると、狙いを定め、放った。

