お詫びチートではじめる異世界農園暮らし~【製作】&【開墾】スキルで好きに開拓したら、精霊姫やモンスターが住まう最強の土地ができました~

 幼い頃の夢を見た。

 母や弟、一族の者たちと共に、広大なステンの森の中を駆け抜ける夢だ。

 風のように走る我らを遮る者は、誰ひとりとしていない。

 全身でマナを感じながら、ただ気の赴くままに走り回る。

 今となっては叶えることのできない、まさに「夢」のような記憶だ。

 最後にステンの森を駆けたのは、いつだっただろう?

 十年前──いや、五十年前だったか。

 母がマナの欠乏を起因とした病で命を落とし、一族の長となってからは気ままに森を駆けることなどできなくなった。

 そうか。もう五十年も経つか。

 長寿の我らにとって、時の概念は人のそれとは異なる。

 去年と再来年の区別はなく、昨日と十年前は同等の意味を持つ。

 そう。森の木々がそうであるように。


「しかし、快適な住処だなぁ……あふ」


 カズマが用意してくれた住処の中。

 大きな窓から差し込む日差しを受け、思わず大きなあくびが出てしまった。

 気が張り詰めることのない安寧した日々を、我らハク一族は過ごしている。

 しかし、これほど快適な場所に住むのは初めての経験だ。

 今までの住処も悪くはなかった。

 長い歳月に朽ち果て、空洞となった倒木の中。

 小川のせせらぎに寄り添うように佇む、巨岩の庇。

 どれも素晴らしい寝床だったが、ここと比べると遠く霞んでしまう。

 まず何より、ここは広い。

 一族全員が寝転がってもまだ余剰があり、天井も高いので体が大きい我でも寝返りが容易にできるのだ。

 おまけに、雨風までしのげるときた。

 隣で安らかな寝息を立てている弟らを見れば、彼らもまた、この場所に満足しているのが手に取るようにわかる。


「カズマには頭が上がらんな」


 そうひとりごちた我は、自慢の尻尾を軽く口でブラッシングし、ごろんと寝転んでぽかぽかとした日差しを体全体で受ける。

 思わずお腹を天井に向け、伸び。

 ああ、気持が良いな。

 日差しや木の香りに多分にマナが含まれているのが、はっきりとわかる。

 この農園に滞留しているマナの純度が濃いおかげだろう。


「しかし、このような農園を作り上げるとは、カズマはすごいニンゲンだ」


 改めて彼のすごさを噛みしめる。

 危険な魔物が跋扈するステンの森をひとりで切り拓き、朽ちかけていた神樹様を蘇らせるなど、常人では到底不可能なこと。

 そう。彼は誰ひとりとして成し得なかった神樹様の再生を、見事に成し遂げたのだ。

 神樹様が朽ちかけていた影響は、広範囲に及んでいた。

 森の精霊のみならず、我ら一族の存在も危ぶまれていた。

 カズマはまさしく我ら森の住人の恩人と言えよう。

 ステンの森が以前の姿を取り戻すのも、そう遠くはないはず。

 きっとステンの森の「精霊姫」も喜ぶに違いない。

 そのうち、この農園にも姿を見せに来るかもしれないな。

 彼女に連れられ、森に住む精霊やモンスターたちも──。


「……そういえば、カズマは我らの正体に気づいているのか?」


 ふと先日のことを思い返す。

 一族総出で押しかけて来たにも関わらず、カズマは顔色ひとつ変えなかった。

 もしや、全く気づいていないのかもしれない。

 ちゃんと説明しておいたほうが良いだろうか?


「いや、やめておこう」


 みだりに怯えさせても良いことはない。

 農園に危険が及んだとき、我らが表立ち排除してやればいいだけのこと。

 まぁ、我らが住むこの農園を荒そうなどと考える者はいないだろうが。

 なにせ我らは──森の王たるフェンリル一族。

 人間のみならず魔王ネロス様すら一目置く、最上位種のモンスターなのだ。


「ハク~、みんな~」


 住処にカズマののんびりとした声が響いた。


「朝ご飯ができたぞ~」
「……今行く」


 むくりと体を起こすと、我に続いて弟らも目を覚ました。

 いつもなら覚醒するまでに時間がかかる彼らだが、早く飯にありつこうと我先にと住処から飛び出していく。

 そんな彼らを呆れた目で見送りつつ「さもありなん」と苦笑してしまった。

 なにせ、この農園で採れた食材を使ったカズマの料理は、筆舌に尽くしがたいほど美味いのだ。

 その香りをかげば、死者すら蘇るだろう。

 しかし、今日の朝ご飯は何であろうな?

 また、あのマナたっぷりの魚の塩焼きだと嬉しいのだが。