「なっちゃんは高校入って、本当に明るくなったよね」
 夏真っ盛りのお盆休み。
 ばあちゃんの家で正月ぶりに会った従兄の樹くんの言葉に、俺はスマホの写真フォルダをスクロールしていた指を止めた。
 畳に寝そべって、一緒に写真を眺めていた樹くんに視線を向ける。
「ほら、一時期暗かったじゃん。あの元気っ子のなっちゃんがって心配だったから、元に戻ってよかったなって」
「うん、……まぁ。ありがとね」
 ほほえましいという表情をする樹くんに、俺はもごもごとお礼を告げた。純粋な心配と承知していても、同い年の従兄が相手だと少々気恥ずかしいのである。
 おまけに、樹くんは隣の県に住んでいて、今日みたいに揃って帰省したタイミングでしか顔を合わせることがないので、なんというか、よけいに。
 まぁ、会わないときも、スマホでやりとりはしてるんだけど。その樹くんが「同室の先輩がいい人なんだっけ?」と言う。
「去年も写真いっぱい見せてくれたじゃん。優しそうな人だったよね。女の子受けしそうなイケメンの。……って、なっちゃんの高校、男子校だったな」
「そう、そう。男子校。気楽で楽しいよ」
 付き合ってるやつもいるけど、とは明かさず(隠すことではないけど、わざわざ言うことでもないと思う)、写真を再びスクロールさせていく。
「えっと、ちょっと待ってね」
 寮で一学期の打ち上げをしたときに撮った一枚を、俺はタップした。俺と海先輩と依人と純平が写っているそれだ。
 ……「しかたなく入ってあげてました」みたいな顔してるけど。それも含めて、依人って感じでかわいいんだよな。
 今ごろ、依人も楽しく夏休み過ごしてるかな。寮に帰ったら、いろいろ聞きたいな。新学期を心待ちにしつつ、俺は海先輩から説明を始めた。
「この人が去年同室だった先輩。で、今、同室なのはこの子。うち、三年生は個室でさ、二年生が新入生と同室になるんだよ。だから、毎年部屋替えがあるの」
「ああ、前言ってたね。なんだっけ? ブラザー制度」
「そう、それ。それで、この子が、俺の今のブラザー」
 依人を嬉々として指し示す。褒めて、褒めての意を汲んだ樹くんは、「どれ、どれ」と画面を覗き込んだ。
「へぇ、前の先輩とは雰囲気違うけど、この子もかっこいい……って、ん?」
 急に怪訝な顔をした樹くんに、きょとんと問いかける。
「どうかした?」
「いや、どうかしたっていうか……。もしかしてなんだけど、この子、俺と地元一緒だったりするかな」
「あー……。けっこういろんなとこから集まってるけど、どうだったかな。でも、顔見てわかるってことは、樹くんと中学一緒だったりするの? すごい偶然だね」
「いやぁ」
 きらきら目を輝かせた俺に、樹くんはなんとも言えない顔で頭を振った。
「え。なに、その反応」
「いや、うん。中学一緒とかではないんだけど」
「うん」
「たぶん、地元が一緒で」
「うん」
「間違ってたらマジでごめんなんだけど、男が好きって噂になって逃げ出した子じゃないかな、その子」
「…………え?」
「でも、なるほど。だから、全寮制か。地元離れたかったんだな。あ、いじめられてたとか、そういう話ではなかったと思うんだけど」
「そ、そっか……」
 ほとんど反射で頷いたものの、俺の思考は完全に停止していた。
 廊下から響いた「樹ちゃんたち、スイカ食べる?」というばあちゃんの声が、やけに遠く。
 よけいなことだったと心配になったらしい樹くんの顔を凝視したまま、俺はどうにかスマホから指を外した。
 冗談抜きで、マジで世間が狭すぎる。夏休みにばあちゃんの家でこんな話を聞くなんて、誰も想像しないだろ。