恋人同士になった俺と誠が、その後どうなったのかというと。

「焦る必要はないよ。僕たちは僕たちのペースでやっていこう」

 そう誠が言ってくれたお陰もあって、俺たちはゆっくりひとつずつ確実に、仲を深めていっていた。

 俺が颯真くんに合わせようと無理をしていたことを知る誠は、「来が嫌がることはひとつもしたくないから」と言って、俺が「恋人ならもっとこうしないと、ああしないと」と焦り出す度にストップをかけた。

 代わりに「来のことをもっと知りたい」と言って、それこそ飲み物ひとつから、全部俺の意見を聞いてくれるんだよ。無論ただの友達だった頃からもこの傾向はあったけど、以前にはなかった甘さが追加されていた。

 あまりの甘さに思わず「ものすごい大切にされてるみたいだな!」と照れ笑いすると、誠はちょっとムッとして「ものすごく大切にしてるんだよ。だって来は僕の一番大事な人だぞ? 雑に扱う筈がないじゃないか」と返してきて、思わず全身茹で蛸になってしまった。

 ……だって、颯真くんと付き合っていた時は俺のほうが颯真くんが欲しがっている物を察して提供してあげる側だったんだよ。相手からこんなに大切に扱われることがあるなんて知らなかったから、すごく新鮮だったんだよ。

 だからといって、誠ばかりに合わせてもらうのも違うと思う。そこで二人で真面目に話し合った結果、一回譲ったら次は相手の意見を優先――要は譲り合うようになっていった。

 そうするとお互いの好きな物がどんどんわかってくるし、相手も「そんなにいいなら試してみようかな」とチャレンジしてくれることもある。試した後の意見を聞いたりしていると、以前よりも更に笑顔で過ごす時間が増えていった。

 お互いを気遣いながらも我慢せずに自分の主張もできるイーブンな関係が、こんなにも居心地のいいものだと俺は誠と付き合うまで知らなかった。

 誠に大事にされている実感があるし、俺も誠のことを大事に思っている。

「無言でいても安心していられる関係っていいね」
「わかる。来といる静かな時間も大好き」
「へへ、俺も」

 颯真くんと過ごしていた時は、颯真くんの一挙手一投足を見逃さないよう常に気を張っていた。今考えたら、完全にモラハラ男にコントロールされていた奴だと思う。

 なのに誠といると全部違った。家で寝転がりながらダラダラしていて、ふと傍に誠の気配を感じるだけで幸せな気分になれる。

 だから時折、ものすごく不安になった。もしかしたらこれは俺が見ている夢なんじゃないかって。目が覚めたら隣に誠はいなくて、俺は本当はひとりぼっちなんじゃないかって。

 そんな不安が溜まっていたんだろうか。

 ある日夢の中で俺は、気付いたら誠がいない世界にいた。俺の記憶の中にはちゃんといるのに、どこにもいないし誰に聞いても「誰それ?」と不思議そうに返ってくる。

 怖くて悲しくて夢の中で膝を抱えて泣いていたら、「――来、どうした!?」と探していた人の声がした。

 一気に覚醒する。豆電球の小さな明かりの中に、誠のシルエットが浮かんでいるのが見える。

「ま、まこ、誠……っ?」

 心配そうな声に、あれは夢だったんだという安堵が押し寄せてきた。

「ああ、どうした来……?」

 起きてみてわかった。俺は嗚咽を繰り返しながら泣いていたんだ。身体は汗ばんでいるのに、小さな震えが止まらない。

 ここ最近うちに泊まることが増えた誠が、俺を腕の中に抱き寄せる。頭に頬を擦り付けてくると、何故か誠のほうが泣きそうな声で言った。

「どうした、大丈夫だから落ち着いて……」

 俺は誠の意外と筋肉質な胸に抱きつくと、誠の心臓の音を聞きながら答える。

「……夢の中で、誠がいなくて」
「僕が?」
「うん……。誰に聞いても知らなくて、怖くなって……っ」

 誠がフッと笑った。

「……そっか、僕がいないと思って泣いちゃったの?」

 我ながら情けないとは思った。だけどこの時はまだ恐怖でドキドキしていた俺は、誠に甘えたくて仕方なくて素直に返す。

「うん……」

 すると、次の瞬間。

「――可愛いっ!」
「ひゃっ!?」

 気が付けば俺は誠の膝の上に乗せられ、誠にぎゅうう、とされていた。

「来ってば、僕のことが大好きじゃん……! ヤバい、幸せ過ぎる! 僕も来のことは負けないくらい好きだけどな!?」
「ま、まこ」

 誠の額が俺の額にコツンと当たる。

「でも不安を夢に見るってことは、まだまだ僕からの愛が不足しているって意味だよな?」
「誠、そんなことは……っ」
「ゆっくりいこうと思って我慢してたけど、逆効果だったみたいだから今から解禁するな。あ、勿論性急すぎたらちゃんと嫌だって言って」
「えと、あの」

 誠が何を言っているかがわからない。

「誠? 解禁て何を――」

 俺の言葉は最後まで語られることはなかった。何故なら、誠の口で俺の口が塞がれたからだ。

 幸せな温かさに、眠気もあってトロンとしてくる。しばらくして口が離れると、誠が囁き声で答えた。

「……スキンシップ」
「へ」

 どこか照れくさそうな誠の声色に、さすがに俺も察する。途端に身体がカアァッと熱くなってきてしまった。

「え、あ、うん、その……はい!」
「! 来!」

 誠は俺に衝撃を与えないように優しく押し倒すと、上から覆い被さってきた。

 ここでまた誠が、俺に長くて甘いキスをしながら「ヤバい……人生最良の日を更新するぞこれ」なんて呟くものだから。

 俺はおかしくなって破顔すると、誠の首に腕を巻きつけ温かい誠の身体を自分に引き寄せる。

「同意しかない、俺もだよ」
「僕たちやっぱり相思相愛だな」
「当然でしょ」
「……来っ」

 キスはどんどん深く甘いものに変わっていった。

 誠の温かさに幸せな涙を流しながら、桜舞い散るあの日にこの可愛い人と出会う為、俺はここまで生きてきたんだと強く思う。

 この先何度桜が咲き舞い落ちても、俺は誠と共にいたいと願うことだろう。

 俺に誠の体重がかかって重い。でもこれは幸せの重さだ。

 俺はこの先誠と過ごしていくだろう笑いの絶えない未来を、幸せな気持ちで思い描いた。