凜人さんが、眼光鋭く睨みながら颯真くんの前までやってきた。

「颯真、今言ってたの何」
「え、あ、あの、その……っ」

 颯真くんは目が泳ぎまくっている。凜人さんが、誠に向かって軽く顎をしゃくった。

「このパンクの子に言われた時は何言ってんだこいつって思ったけど、本当だったんだな」

 颯真くんが、しれっとした顔をしている誠と凜人さんを交互に見ながら、喚く。

「だ、だ、誰だそいつ! 凜人、お前堂々と浮気……っ」

 わー、もう設定がブレブレじゃないか。人間って嘘を重ねて問い詰められるとこうなるんだということが知れた。別に知りたくもなかったけど。

 凜人さんが更に一歩近付いた。

「は? こいつの名前すら知らねーよ。てめえこそ何堂々と浮気してやがるんだよ。何? 胸に飛び込んでおいでって。普通にキモいんだけど」
「えっあっそのっ」

 ジリジリと詰め寄られて、颯真くんの背中がのけ反ってしまっている。

 誠は俺の隣まで来ると、ニヤッと笑いながらウインクをしてみせた。俺は口角を少しだけ上げながら、頷きを返す。

 今回誠は、かなり暗躍してくれた。

 そもそも誠は、颯真くんの脅威から俺を守る為、凜人さんがどういう人なのかの噂を事前に聞き集めてくれていたんだ。それも俺に颯真くんの存在を思い出させないようにする為に極秘でやっていたと照れくさそうに言われた時は、不覚にもときめいてしまった……。

 誠の不意打ちな優しさに、俺は弱いんだ。惚れちゃうだろ。て、もうとっくに惚れているけどさ。

 で、話を集めていく中で、颯真くんのほうが凜人さんを追いかけている構図だぞ、という関係性も聞いていたらしい。だから余計に「なんであのクソ野郎は来とコンタクトを取ろうとしているのか」と警戒していたんだって。

 俺は浮気現場とポエムの内容の違いから颯真くんの嘘に気付いたけど、なので誠も今朝俺が見せたポエムの内容と噂との乖離にすぐに気付いた。そこで急遽、話し合いの場に凜人さんも連れてこようと思い立ったんだ。

 俺が颯真くんに俺への主張を語らせ、その内容をこっそり凜人さんに聞かせる。満を持して登場してもらい、全員で颯真くんを問い詰めようという作戦だった。

 凜人さんは颯真くんが俺との待ち合わせに向かう際、確実にひとりになる。なんと実は二人が取っている講義まで把握していた誠は、凜人さんがひとりになった瞬間を捕まえ、説得。こうして連れてきてもらったという訳だ。

 ちなみになんで人のスケジュールまで把握してたのかについては、「だってこっちの移動中にあいつらと会いたくないじゃん?」とあっさり言われてしまった。颯真くんたちの移動ルートまで頭に入れて行動していたなんて、全く気付かなかったよ。……俺、思っていた以上にしっかり守られていたんだな。へへ。

 なお、颯真くんがベンチに座ってきたら中庭への入口から入ってくる二人が丸見えになるところだったから、実は結構ヒヤヒヤしていた。さっきのスマホのコールは、今からこっちに来るという合図だったんだよね。

 とまあここまでは作戦通りにいった。後は凜人さん次第でもあるので、俺は期待しながら二人のやり取りを見守る体勢に入る。

 とここで凜人さんが、ドスの利いた声を出す。

「あ? お前、何ふざけたこと言ってんだよ。自分といる時にスマホ触んなっつってんのはてめえのほうだろうが」

 そう言って、颯真くんのシャツの胸元を鷲掴みにした。凜人さんはスラリとした美人さんだけど、そこはやっぱり男だ。なんというか、確かな力強さがあって格好いいかも。

 颯真くんは思い切り顔を引き攣らせている。こっちは情けない。

「り、凜人っ、ま、待とうか!」
「へー、僕がしつこく言い寄ったんだ。そんな自覚はなかったなあ」
「え、ええとそれは、言葉のあやというか……っ」

 颯真くんはタジタジで、凜人さんと目も合わせようとしなかった。

「飲み会の時やけに眠くなったと思ったら、あれ、お前が俺に一服盛ったのか」
「……っ」

 とうとう颯真くんが瞼を閉じる。

 俺と誠は、目を瞠りながら顔を見合わせた。てっきり俺たちは、何か盛った云々の部分は嘘だと思っていたんだ。なのにまさかマジで一服盛っていたとなると、さすがにそれは犯罪じゃないか……。

 凜人さんが更に詰め寄る。

「それにさ、ハメ撮りしてたのはお前だよな? なんで僕がやったことになってんの?」
「だから、言葉のあやで……」
「言葉のあやって使い方、普通に間違ってるんだけど」

 凜人さんの冷静なツッコミに、俺も誠も無言で頷いた。

「以前彼氏に浮気されたからもう誰とも付き合いたくないって言ってた僕に、絶対浮気しない、大切にするから付き合ってとしつこーく言い続けてきたのは誰でしたかねえ」
「……俺です」

 とうとう颯真くんが折れる。

 凜人さんは「はっ」と鼻で笑うと、胸ぐらを掴んでいた手をパッと離した。

「わっ」

 颯真くんがその場で尻もちを突く。以前は格好良く見えた颯真くんの姿は、今はただの情けない浮気男にしか見えなくなっていた。

 凜人さんが、睨みつけながら手を差し出す。

 颯真くんはにへらと笑いながら手を重ねようとして、その手をパンッ! と叩き弾かれた。滅茶苦茶驚いている顔をしている。

「り、」
「ちげーよ。てめえのスマホを出せっつってんの。ハメ撮りデータなんて消すに決まってんだろ」
「で、でも」

 この期に及んでまだ抵抗する颯真くんのお腹を、凜人さんがぐり、と踏む。

「い……っ」
「さっさと出せつってんだろ」
「は、はい……っ」

 涙目になっている颯真くんが、ポケットからスマホを取り出して手渡した。凜人さんのこめかみに青筋が浮く。

「ロック解除くらいできねえ? お前そんなにアホ?」
「……っ」

 颯真くんは悔しそうに唇を噛み締めながら、渋々といった体でロックを解除した。

 凜人さんは颯真くんからスマホを奪うと、しばらく操作を続け――。

「終わった。もう二度と僕に構わないでね、この浮気男が」

 凜人さんはそう言うと、スマホを「フンッ!」と地面に叩きつけた。

「あっ、俺のスマホっ」

 慌てて四つん這いで追う颯真くんの姿は、心底情けないのひと言しかない。

 凜人さんはくるりと振り返ると、俺たちにひらりと片手を振った。滅茶苦茶清々しい笑顔だ。

「君たち、サンキューな。そっちの子さ、お互い騙されていたとはいえ悪かったな」
「い、いえっ」

 なんだ、この人実はすごくいい人じゃないか。

 俺はペコンと頭を下げると、凜人さんに言った。

「お互い虫に刺されたと思って忘れましょう!」

 凜人さんが破顔する。

「ふはっ、オッケーオッケー。そうするわ! じゃっ」
「はい、ご協力ありがとうございました!」

 俺と誠は、立ち去る凜人さんに深々と頭を下げたのだった。