後悔した。
あんなこと言わなきゃよかったのにって後悔した。
いつの間にか隣にいたから勘違いしてた。呼びかければ振り向いてくれるって心のどこかで思ってた。あんな風に拒否されると思わなかった。
なんでもかんでも聞いてくるくせに、聞いたら何も答えてくれないとかそんなの…もっと深みに触れる気がして。
じわっと瞳に熱を帯びるような、心の奥底から押し寄せるどうしようもない感情が、重くて重くて仕方ない。
どうしてこんな気持ちになるのか、そんなこと考えるのも嫌でもう会わないって…
「……。」
思ったけど、別にあっちも来ないらしい。
それはそうか、向こうが拒否ったんだからこうなるか。
急に静かになったな、あいつのいない日常はこんなんだったっけ?それも遠い昔に感じるー…
「今月のおすすめ図書は以上の3冊で、ポップ作成は今月の当番の方よろしくお願いします。では次はー…」
月1回図書室で行われる図書委員会、委員長の小山内先輩が前に立って話を進めていく。
今月のポップ作成は当番じゃないから気がラクで、ただ聞いていればいい。読書ウィークみたいな大きなイベントもないし、いつも通りの委員会は予定通りに終わった。
じゃあ後は帰るだけか、今日は球技大会の練習もないし…
「望海!」
すくっと立ち上がったら小山内先輩に呼ばれた。
「今日暇?」
「暇…ですけど」
「ちょっと手伝ってほしいんだけど、いい?」
小山内先輩にちょっと来てと呼ばれ、新しく入った本の受け取りに職員室まで行くことになった。
数十冊の本を図書室まで運んで、ブックカバーをつけてラベルを貼って生徒が借りられるようにして。
これも図書委員の仕事だから。
「ごめん、手伝ってもらって」
「いえ、俺も図書委員なんで」
むしろ小山内先輩のが仕事多いのに、どうせ暇だったんだからすることがあってよかったぐらいだ。
委員会の終わった誰もいなくなった図書室の机に透明なフィルムシートを広げ、本に貼り付けていく。細々した作業でめんどくさいとこもあるけど、これ系の仕事は嫌いじゃない。
「望海って器用だよね」
「…そうですか?普通だと思いますけど」
「そんなことないよ、望海がやってくれたやつキレイで読みたいって思うもん」
……。
図書委員だから、それで読んでくれる人が増えるなら嬉しいとは思う。小山内先輩が言ってくれるならもっと、図書委員長の小山内が言うならそれは。
フィルムシートを本に合わせてカットして、空気の入らないようにスーッと丁寧に伸ばすように貼って。ゆっくりやるより案外思い切った方が上手くいったりすっ
「いけぇーーーーーっ!!」
突然の声援にビクッと手が震えてズレるかと思った。
今のは小山内先輩じゃなくて窓の外から聞こえた声、グラウンドでサッカー部が練習してる声…は図書室にもよく届くから。
今日は試合でもやってんのかな?
声につられて、作業中の手をそのままに窓の方を見てしまった。
…いないのに、あいつは。
キラキラまぶしいオレンジ色はそこにはいないのに。
もう俺には関係ない、のに…
「望海、またケンカしたの?」
「え…」
「そんな顔してるよ」
「……。」
そんな顔、ってどんな?どんな顔してたんだ…
考えるのをやめようって思った。もう気にしないで、だから会わないようにしようって…思うのに、思えば思うほど浮かんでくるんだ。
手が止まる、力が入らなくなって持っていた本を置いた。
どうしてこんな気持ちにさせられるんだろう、友達とかいたことないから全然わかんなくて…
「望海の好きな人は手強いんだね」
………?
は、好きな人??
次の本の処理をしようとした小山内先輩が手を伸ばす、でもそれよりなにより今の言葉はすげぇー引っかかって。
「違いますよ!!好きな人じゃないですよ!!」
「え、違うの?てっきり前にケンカしたって言ってた相手かと思った」
「そ、その相手ですけど好きな人では…ないです!」
全然好きな人じゃない、ただの友達…かもわからないけどー…あ、後輩だ!ただの後輩!!
「そうゆう相手では全然ないんでっ」
「え、そうなの?」
「そうですよ!」
別に嫌いな相手じゃないけど、…もう今は。
苦手に思ってたこともあるけど、もうそんなこと思ってない。
でも好きかって言われたら、そうゆう好きでは…
「それだけ悩むんだから、好きな人なのかなって思ったけど」
にこっと目を細めて、穏やかに微笑みかける。小山内先輩の雰囲気は図書室の空気感とよく似ていて。
「…違います」
「そんなに否定しなくてもいいのに」
くすっと笑う、笑い方もどこか大人びて見えて1つしか変わらないのにすごく大人に見えるから。
「しますよ否定、それは違うんで」
って言っても小山内先輩にふふって笑われた。
全部わかってるみたいな表情でブックカバーを貼って、俺のことを器用だって言った小山内先輩も十分器用だから。
たぶん何度言っても笑って返されるだけなんだと思う。わかってるよって顔で笑うんだ。
でもそうじゃないのに、好きな人なんかじゃー…
「でも大事な人でしょ?」
****
あれから一度も話すこともなく気付けば球技大会の日になった。
一緒に練習しようって言ったくせにあの1回だけだった、誘われたのなんて。
「望海先輩!」
タタッと後ろから駆けてくる足音に振り返る、これはいつも呼ばれる声じゃなくて。
「…琉」
「対戦カード見たっスか!?1回戦勝ち進んだら望海先輩んとこと戦いますね!」
「そうだね、でも俺は出ないけどね」
補欠だから。クラスメイトの欠席もないから出番がない、とりあえず応援ってことでグランドに向かってるところで話しかけられた。
「あ、望海先輩もっスか?大晴と一緒っスね!」
「…うん」
試合に出ない人は基本は観客席からの応援で、ギャラリーと変わらない。てことはあいつもどこかで見てるのかな、補欠の練習は声出しだって言ってたし。
「でもうち1回戦勝てるか怪しいんスよね~、やっぱ大晴いないんで!」
「あー…サッカー部だから戦力になるよね」
やめたとか言ってたけど、即戦力になるには間違いない俺と違って。
「そうなんスよ!俺もサッカー部なんスけどねやっぱり…」
え?俺もサッカー部…??
話の続きよりまずそっちの方が気になってつい食いついてしまった。
「そーなの!?琉もサッカー部なの!?」
「え、その話しませんでしたっけ?」
「してない!聞いて…っ」
…ない、と思ったけど。
あれ、もしかしてあれって…
“じゃあ大晴がケガした日も見てましたか?”
そうゆうことだったのか?
あれは琉も見てたから言えたことで、同じサッカー部だったから…
「大晴と一緒に入ったんスよ」
そうなんだ、じゃあいつもグラウンドを走ってた中に琉もいたんだ全く気付いてなかった。
「だから今日も大晴が出てくれたら優勝もありえると思うんスけどね」
…あれ、ということはもしかして琉は知ってるの?
同じサッカー部だったんだ、その理由を琉は…知ってるのか?
「大晴めちゃくちゃサッカーうまいんスよ!あ、見たことあります!?ハットトリックガンガンかますんスよ!?」
聞かなきゃよかったって思ったはずなのに、心臓がバクバク音を出し始めて。
「だから出てほしかったんスけどね~!」
胸の辺りをぎゅっと掴んで、大きくなる音を抑える。またよみがえる、あの衝動が鳴り始めるから。
これは、聞いてもいいのか?いや、でも本人じゃないし聞かない方が…
だけど、もうする後悔なんてないんだ。
「なんであいつサッカー部やめたの?」
知りたくて、踏み込んでみたくて。
俺には関係のないことかもしれないけど、さみしそうな顔をしたあいつが忘れられなかったんだ。あんな顔をしたあいつが今も焼き付いて離れない。
“それは言うことでもないです”
そう言ったあいつが忘れられなくてー…
「原因はケガっスね」
怪我…
それはやっぱりあの怪我…だよな?
完治してるって言ってたけど。
「でも、もう怪我は…治ってるって」
「そうっスね、体育とかは普通にしてるんで」
…。
本人もそう言ってたし、俺もそれは見てるしだからたぶん本当で。
じゃあ、どうして?それならなおさら、その理由は…?
あんな顔にさせる理由は、何なんだろうかー…
「怖いらしいです、サッカーするのが」
息が止まるかと思った。
見開いた目にゴクリと息を飲んで、空気が冷たくなった。
サッカーするのが怖い…?
「まぁーわからなくもないっスけどね、あんだけ派手にぶつかったら怖くなる気持ち」
秋めくこの季節、吹き始めた風が心地いいはずなのに何も感じなかった。
「望海先輩も見てたんですよね?」
「え…?」
「図書館からよく見えるって言ってたじゃないっスか」
「あー…」
見てた、その瞬間も見てた。
俺も思ったじゃないか、大丈夫かなって図書館の窓から身を乗り出して…
「俺的には戻ってきてほしいっスけどね、大晴とサッカーするの好きなんで」
思ってたのに。もう後悔なんてないと思ってた、だけど実際は後悔なんて言葉じゃ片付けられないぐらい心臓が痛んだ。
****
ーそれでは球技大会を開催します、開催の挨拶を…
「……。」
始まった、1日通して行われる球技大会は出番がなければ本当にすることがなくひたすら応援だ。補欠の補欠に当然のごとく出場権なんかなくて、1回戦目からグラウンドに集まって声援を送って…
応援、しなきゃなんだけどそんな気になれない。クラスメイトが試合してるんだ、せめて見なきゃって思うの全然集中出来ない。
グラウンドの周りにはギャラリーが集まっていて、わーわーと声が飛んでいた。
一応、応援する気は見せないとってその後ろで立って。
前を向くフリをして下を見て、どうせ誰も見ていない俺のことなんか。みんな試合に夢中で誰も見てなんかない、こんなに騒がしいのに閉ざされたみたいに何も聞こえてこない。
やっぱり簡単に踏み込むんじゃなかった。
踏み込んじゃいけなかったんだよ。
これ以上はって釘を刺されたのに、それが余計に苛立って…つくづく自分が嫌になる、何にもわかってない自分が。
間違えた、絶対間違えた。
どうして俺は…、あんなことしか出来ないんだろう?
「三影お疲れ~!見てた!?」
「お疲れ、見てたよ豊島くんすごかったね」
一応、見てた。豊島くんがゴール決めた瞬間は女子たちのキャーって声がすごくてびっくりしてからちゃんと見てた。
そんでもってうちのクラスは1勝を決め、2回戦に進むことになった。
2回戦目は…あいつのクラスはどうだったんだろう?勝ったのかな?
勝った…、かな。
出ないって言ってたからあいつも応援すんのかな、誰よりでかい声で叫んでそうだしそれだけで目立つし。
今日もバカみたいに騒いでんのかな、騒いでてくれたらいいのに。
笑っててくれたら、そんなことばっか考えてー…
「望海先輩…っ!」
2回戦目は次のクラスの試合が終わってから行われる、いくつもあるわけじゃないグラウンドは使用制限があるから全部の試合を一気には出来なくて。だからこの間は少しの休憩として選手たちは次の試合のに備えるんだけど。
「琉…お疲れ様、試合どうだった?」
「勝ちました!」
「そうなんだ、すごいじゃん。心配だって言ってたのに」
「そーなんスよ!勝ったんス!だから次は望海先輩んとこのクラスとやるんスけど…っ」
けど?
勝ったのに変わらず心配そうで、はぁはぁ息を切らして俺のところまで走って来た。
「何、どうかした?そんな焦って…」
「それがあの…っ」
息を整える、肩にかけたタオルで汗を拭いて物思わし気な顔をして。
「大晴見ませんでしたか?」
え…?
それは、なんで…?
「見て、ないけど…どうかしたの?」
なぜか心臓がドクンドクンと音を出した、何もしてないのに息が荒くなる感じがして必死に平静を装った。
「それがうちのクラスさっきの試合で1人ケガして出れなくなったんスよ」
出場するはずだった誰かが出られなくなった場合、代わりに出るのが補欠。それは休みの場合とは限らなくて突然の怪我の場合だってある。
「だから大晴が出ることになったんスけど…」
あ、まただ。ドクンドクン心臓がうるさい。
「いなくなっちゃって」
叫ぶみたいに心臓が鳴るから。
「望海先輩知らないっスか?見てないっスか、どっかで…」
「ごめん、見てない…」
今日はまだ一度も、今日じゃなくて昨日も見てない。その前もその前も、あれから…避けてたから、会わないようにしてたから。
「そーっスか…もしかして望海先輩んとこかなって思ったんスけどね」
「え、なんで?」
俺に出来ることなんて大したことない、会ってもまたきっと…
「だって仲いーじゃないっスか、大晴と!」
きっとまた傷付けるって思ってた。傷付けるぐらいなら離れていた方がいいって思ってた。
だけど、そうだとしても…
会いたい、顔が見たい。
今どんな顔してるのかなって、会いたいんだー…
「望海先輩!?」
走り出してた、どこへ行ったらいいかもわからないのに居ても立っても居られなくて気付けば一歩を踏み出してた。
わーっと盛り上がるグラウンドをあとにして、早く行かなきゃって思いのまま走ってた。
どこだ?どこにいるんだ?
あいつの行きそうなとこってー…!?
教室?中庭?屋上…ってうちの学校入れたっけ!?
わかんねぇ、全然わかんねぇ…あいつの行きそうなところなんて全く浮かんでこなくてただ走り回ることしか出来ない。
「どこだよ…っ」
はぁはぁと肩を上下に揺らす、ちょっと走っただけなのに汗だくで気持ち悪い。球技大会でもこんなに走らねぇよ。
今どこで何してるんだ?あいつは、どこに…
ひゅーっと風が吹いた、その瞬間どこかのカーテンが揺れた。
窓…開いてたんだ、ここはどこの…?
「図書室だ…!」
本当はその窓から飛び込んで行きたかった、揺れるカーテンの隙間から飛び込んで行きたかった。それぐらい早く、見付けたかった。
「……。」
あふれ出る汗を拭った。ドクンドクン聞こえていた心臓は痛みに変わって、息をするたび痛む胸を押さえた。
図書室からグラウンドはよく見える、だけど風に吹かれたカーテンのせいで何も見えなかった。
その窓際、足を抱えるようにして座っていた。
静寂しきった図書室に似つかわしくない、小さく体を丸めたオレンジ色の髪が。
「……。」
「…。」
「…何してんの?」
「……。」
風に髪が揺れてる、俯いたままだったけど。
近付いて前に片膝を立てるようにしゃがみ込む。こっちを見てくれないオレンジ色の髪を見ながらゆっくり触れた、腕にそっと手を置くように。
何も言葉が見付からなくて、探しながらずっと何を言おうかを考えてたけどわからなくて。
俺なんかに何が言えるんだろうって…きゅっと力を入れ腕を掴んだ。ゴツゴツとした腕は少し掴みにくい。
「…望海先輩」
「…っ」
か細くて力のない声は憂いで。
「俺、どうしたらいいですかね…?」
しんっとした図書室に、小さく聞こえて来たんだ。助けを求めるかのような、らしくない声が。
「…怖いんです」
消えてしまいそうだった。
「あの場に立つと思い出して、またあぁなるんじゃないかって思うと怖いんです…っ」
体が震えてる、振動が振れた手から伝わってくる。
「怖くて、もうサッカーやりたくないんです…!」
後悔したんだ、聞かなきゃよかったって後悔した。
でも聞いても…、聞いた方がもっともっと苦しかった。俺は何にもわかってなかった。
“やべぇなってもうサッカーできなくなるんじゃないかって…”
わかってあげられなかった。
「…だからやめようと思ったんです、もうやめようって…やめればラクになるんじゃないかって思って」
何にもわかってなくて、わかろうともしなくて…また繰り返したんだ。
ぎゅーっと力を入れる、ゴツゴツした腕をめいっぱい力を入れて。
「先輩、痛っ」
「ごめん…」
「先輩…?」
「ごめん、俺…っ」
力の加減が出来ないまま掴んだ、でもたぶん俺の力なんて大したことない。きっとこいつに比べたら。
「…なんで望海先輩が謝るんですか?」
こいつが抱えてるものに比べたら、大したことないんだ。
「やっぱ人と関わるの苦手っていうか…下手でっ、全然上手く話せないし人のことより自分のことでいっぱいいっぱいで…」
今も何て声をかけたらいいかわからない、これも結局は自己満なのかもしれない。でも踏み込んでみたいんだ、踏み入れたいんだ。
近付きたいんだー…
「傷付けてばっかでごめん」
その傷を、知りたくて。
どうしたら痛みから救えるのか知りたくて。
「…本当はずっと見たんだよ、お前のこと」
図書室から見えたグラウンドはいつもまぶしかった。楽しそうに走るオレンジ色がきらめいていたから。
「思いを馳せてたんだ、サッカーをしてるお前が何より光って見えたから」
どこをとっても俺にはないものばかりで、羨ましいとさえも思わなかった。なんでも無敵に見えたから、ここから見えるオレンジ色はそんな風に見えた。
「無神経にあんなこと言ってごめん、お前の気持ち無視してあんなこと言って…っ」
力が抜けていく、ぎゅっと掴みたいのに入らない。
俺の方が震えてしまって、気付かれなくなくてぎゅっと握りたかったのに。
カッコ悪い、励ますことも出来なくて。
なんで俺が泣きたいんだよ、わかんねぇよ。わかんないことばっかだよ、お前と一緒にいるようになってから。
なんでこんな悩んでばっかなんだろう。
…でも悔しいから、何もできない自分が悔しい。
俺に何か出来ることはないの?
今こうしてせっかく触れられる距離にいるのに、俺が出来ることはー…
「…大晴」
ゆっくり顔を上げる。きっと俺の方がずっと下を向いてたんだと思う、視線を上げたら目が合ったから。
真っ直ぐ俺を見つめる瞳と目が合った、それにまた瞳の奥がきゅぅっとなって苦しくなる。
「先輩…っ」
「俺が代われたらいいんだけど」
こんなことしか浮かばなくて、それも到底無理な話だし。
「…え、代わってくれるんですか?」
「代われたらね、クラス違うし学年も違うから普通に出来ないけどね」
補欠はあくまでクラスのだし、それ飛び越えて出来るもんじゃないし。
「お前より全然下手だし、ルールとかもよくわかんないけど出来ることってそれぐらいー…」
急に下を向いた。抱えた足の上に顔を伏せて体をふるふると小刻みに震わせて。
これはあれだ泣いてるわけじゃない、悲しんでるとかそうゆうのじゃなくて…
「お前何笑ってんだよ!?」
くすくす笑って堪え切れないって感じだ。
「なんで笑うんだよ!?」
「想像と遥かに違ったんで。まさか代わってくれるって言われるとは思いませんでした、しかもルールもよくかわんないって」
「わか…っ、練習しててもよくわかんなかったんだよ!とりあえずゴール入れりゃいいのかなぐらいいにしか思ってなかったし!」
「それでよくそんなこと言えましたね」
なんだよ!
笑い過ぎだろっ、そんなケラケラ腹抑えてまで笑って…もう全然悲しそうじゃないじゃん、嬉しそうに笑ってんじゃん。なんだよ、本当に。
「今笑うとこじゃないからな!」
「いや、めっちゃ笑うことでしたよ?」
「そんな場面じゃねぇーよ!こっちは本気で…っ」
ー!?
手を、掴まれた。腕から離した手を強い力で掴まれた。
「わかってます」
笑ってたと思ったのに、真剣な瞳で。
ぎゅっと握られた手が、熱い。熱くて、なぜかドキドキ脈を打つ。
俺より大きな手で、俺より体温が高い。
そんな手に包まれるみたいに。
「望海先輩、ありがとうございます!」
「……。」
笑うんだ、またいつもみたいに笑うんだ。
どうしたらそんな力あんの?俺には全然わかんねぇよ。
「お前って本当太陽みたいなやつだな」
逃げ出したくなった時、笑うなんて出来ない。
どうしたらそんな風になれるのかー…
「俺にとっては望海先輩が太陽ですよ」
大きな口を開けて微笑んで、目を細めて俺のことを見る。
そんなこと、たぶんない。絶対ない。
どう見たってそう見えることはないけど…こそばゆくて、むずっとした。
「今、めっちゃやる気出たんで」
そんな顔で見られて。
やばい、ドキドキする。心臓がドキドキ動いてる。
握られた手から熱を帯びて、心臓に呼びかけるみたいに。
「じゃあ、行きますか!」
「え?」
すくっと立ち上がった、俺の手を握ったまま。だから引っ張られて一緒に立ち上がった。
「試合行ってきます!」
「えっ、大丈夫なのか!?」
「今だったらイケそうな気がします」
「ほ、本当に…!?」
大丈夫なのか…!?
いやいやいや、別に何も起きてない!そんな簡単に恐怖から抜け出せることなんて…
「俺、今無敵なんで」
……。
でも不思議だ、こいつが言うと本当にそう聞こえるから。たぶん俺に出来ることなんて大してなくて、1人でも立ち上がれる力持ってる奴なんだよ。
「じゃあ…なんか俺に出来ることあったら、何でもするから」
そんなのないかもしれないけど、少しでも役に立てたらいいなぁって。助けてもらったから、俺だって何かしたくて…
「いいんですか!?」
なんて思ってすぐに後悔した。
あ、やばい。これはやばい。絶対無謀なこと言われる、失敗した。
「待て!出来る範囲で!出来る範囲だぞ!?場をわきまえて発言しろよ!?」
「わかりました!今すっごい望海先輩にしか出来ないこと浮かんだんで!」
「俺が出来ることな!無理せず俺が出来ること!!」
ぎゅっと手を握られて、これはもう逃れられない状況なんじゃないかって心臓がバクバク音を出した。
「望海先輩!」
待て、まだそこまでは!心の準備が出来てないっ!というか、俺はそんなつもり…っ
「“大晴”って呼んでくださいっ!」
………え?
目をぱちくりさせる、きょとんとした顔で見てしまった。
あ、なんかデジャブっぽい。前にもこんなことあったなって、いつも想像を超えるのは俺じゃなくてこいつの方だ。
「…そんだけでいいの?」
「それがいいんです!」
「え、それだけ…」
「はい!」
そんなにっこにこの顔で言われても…
「さっき望海先輩に名前で呼ばれてうれしかったんで」
たぶん無意識に、考えてたから…あの~、その…っ
大晴のこと。それで声に出てた。
それを今、そんな顔で言われても…
「もう一度呼んでください!」
恥ずかしい、顔が赤くなる。ただ名前を呼ぶだけなのにこんなに緊張することってあるんだってくらい。
じっと見てくるから、手を握ったまま上から見てくるから…見上げるのだってこんなドキドキして。
ゆっくり息を吸う、一度目を閉じて顔を上げると同時目を開けて。
「大晴、がんばれ」
ささやかで、取るに足らないことだけど。それで笑ってくれるなら、太陽みたいな眩しい顔で笑ってくれるなら。
「はい、がんばりますっ!」
こんな俺でも力になれたんじゃないかって、それは純粋に嬉しかった。
俺も嬉しい、大晴の力になれたなら。
グラウンドに駆けてゆく、その速さはあっという間って表現で間違ってないぐらいすぐにグラウンドに着いた。クラスに囲まれて、じゃれ合って、笑い合って…やっぱ俺が代わってあげるなんておこがましかったな。
俺にはあんな風にはなれないよ、大晴だからだよ。
「めちゃくちゃ笑ってんじゃん」
さっきまでの俯いていた表情とは大違い、でもあれが見たい顔だよ。
図書室からでもわかる、周りを明るくする存在。そんな奴、他にいないきっと。
ピーッと笛が鳴ったら試合が始まる。
あいつと違ってそんな早く走っていけない俺は図書室から動けないまま…正直、探すのに走り回って疲れたしもう走りたくないしもう図書室からでいっかって応援する。
もうすぐ始まる、うちのクラスと大晴のクラス…これはもちろん自分のクラスを応援するんだよな?別にあいつのことだって応援してないわけじゃないけど、応援してるけど、公式的には自分のクラス…だよな、そこは。
「…すご」
試合の笛が鳴った瞬間、走り出した。ものすごい勢いで走り出し、何人も抜いてそのままゴールまでまっしぐら…
やばっ、マジで無敵じゃん!試合開始早々に点入れたんだけど!?秒で点数入れられてるうちのクラス!!
あいつが試合に出たらこうなることは…っ
「まぁいいか」
図書室の窓際に頬杖をついて、賑やかなグラウンドを見つめる。わいわい盛り上がって楽しそうで、それを少し離れたところから見てるぐらいが俺にはちょうどよくて。
それにここならよく見えるし、広いグラウンドを走り回る…
「!?」
こっちを見て指をさした、かと思えばブンブンと左右に大きく手を振って…こっち見るなよ目立つだろ!!みんなが見るだろーが!!
「お前…っ」
でも…、図書室からならわからないかちょっとくらい手を振ったって。ひらひらと振り返す、風で揺れるカーテンの隙間から指先にドキドキを感じて。
****
「のっぞみせんぱーいっ!」
「……。」
「優勝しました!きっとこれは俺のおかげであり俺の力であり…そんでもって望海先輩の力です!」
「そんなわけないだろ、100パーお前だよ!!」
ボロッ負けだったからなうちのクラスは。あの後もガンガン点取られて大差付けられて負けた、慰めない方がよかったんじゃないかってぐらい負けた。
「望海先輩が心配してくれたからです!」
でも、そう言って笑うこいつは…嫌いじゃない。
球技大会終わってこうして下駄箱で待ち伏せしてるのもなんか慣れたし。
「望海先輩、カラオケ行きません?打ち上げしましょう!」
「お前、こないだ練習とかなんとか言って実は行きたかっただけだろ」
「あ、バレれました?」
あたかも普通に並んで歩き出す、校舎を出て校門をくぐって。こうして隣を歩くことにもしっくり気始めていた。
…いいのか?それは、いいことなのか?よくわかんないけど。
「望海先輩超歌上手かったですもん、もう1回聞かせてください…!」
「なんか俺の扱い覚えて来たことない?」
これが日常になっていくのか、あれだけ俺を取り乱していた日々もこれで…
「あ、先輩ちょっと!」
「?」
角を曲がろうとした時腕を引っ張られた、強い力でぐいんと引き戻される。
え、何?何があった…??
「誰かいます!」
「そりゃいるだろ、別にいても…」
それが何なんだと思って角を覗いた。
その先にいたのは小山内先輩で、小山内先輩が木陰に隠れるようにいたから。
でもハッキリ見えた、隠れてるつもりで隠れられてなかった。
たぶん、そんなこと気にしてなかったのかもしれない。
「望海先輩あのっ」
小山内先輩がキスしてた、女の人と。
同じ学校の制服着た女の人と、キスー…
「……。」
ごくんと息を飲みこんだ。
もう取り乱す日々なんて、きっとない。そんなことない、から。
あんなこと言わなきゃよかったのにって後悔した。
いつの間にか隣にいたから勘違いしてた。呼びかければ振り向いてくれるって心のどこかで思ってた。あんな風に拒否されると思わなかった。
なんでもかんでも聞いてくるくせに、聞いたら何も答えてくれないとかそんなの…もっと深みに触れる気がして。
じわっと瞳に熱を帯びるような、心の奥底から押し寄せるどうしようもない感情が、重くて重くて仕方ない。
どうしてこんな気持ちになるのか、そんなこと考えるのも嫌でもう会わないって…
「……。」
思ったけど、別にあっちも来ないらしい。
それはそうか、向こうが拒否ったんだからこうなるか。
急に静かになったな、あいつのいない日常はこんなんだったっけ?それも遠い昔に感じるー…
「今月のおすすめ図書は以上の3冊で、ポップ作成は今月の当番の方よろしくお願いします。では次はー…」
月1回図書室で行われる図書委員会、委員長の小山内先輩が前に立って話を進めていく。
今月のポップ作成は当番じゃないから気がラクで、ただ聞いていればいい。読書ウィークみたいな大きなイベントもないし、いつも通りの委員会は予定通りに終わった。
じゃあ後は帰るだけか、今日は球技大会の練習もないし…
「望海!」
すくっと立ち上がったら小山内先輩に呼ばれた。
「今日暇?」
「暇…ですけど」
「ちょっと手伝ってほしいんだけど、いい?」
小山内先輩にちょっと来てと呼ばれ、新しく入った本の受け取りに職員室まで行くことになった。
数十冊の本を図書室まで運んで、ブックカバーをつけてラベルを貼って生徒が借りられるようにして。
これも図書委員の仕事だから。
「ごめん、手伝ってもらって」
「いえ、俺も図書委員なんで」
むしろ小山内先輩のが仕事多いのに、どうせ暇だったんだからすることがあってよかったぐらいだ。
委員会の終わった誰もいなくなった図書室の机に透明なフィルムシートを広げ、本に貼り付けていく。細々した作業でめんどくさいとこもあるけど、これ系の仕事は嫌いじゃない。
「望海って器用だよね」
「…そうですか?普通だと思いますけど」
「そんなことないよ、望海がやってくれたやつキレイで読みたいって思うもん」
……。
図書委員だから、それで読んでくれる人が増えるなら嬉しいとは思う。小山内先輩が言ってくれるならもっと、図書委員長の小山内が言うならそれは。
フィルムシートを本に合わせてカットして、空気の入らないようにスーッと丁寧に伸ばすように貼って。ゆっくりやるより案外思い切った方が上手くいったりすっ
「いけぇーーーーーっ!!」
突然の声援にビクッと手が震えてズレるかと思った。
今のは小山内先輩じゃなくて窓の外から聞こえた声、グラウンドでサッカー部が練習してる声…は図書室にもよく届くから。
今日は試合でもやってんのかな?
声につられて、作業中の手をそのままに窓の方を見てしまった。
…いないのに、あいつは。
キラキラまぶしいオレンジ色はそこにはいないのに。
もう俺には関係ない、のに…
「望海、またケンカしたの?」
「え…」
「そんな顔してるよ」
「……。」
そんな顔、ってどんな?どんな顔してたんだ…
考えるのをやめようって思った。もう気にしないで、だから会わないようにしようって…思うのに、思えば思うほど浮かんでくるんだ。
手が止まる、力が入らなくなって持っていた本を置いた。
どうしてこんな気持ちにさせられるんだろう、友達とかいたことないから全然わかんなくて…
「望海の好きな人は手強いんだね」
………?
は、好きな人??
次の本の処理をしようとした小山内先輩が手を伸ばす、でもそれよりなにより今の言葉はすげぇー引っかかって。
「違いますよ!!好きな人じゃないですよ!!」
「え、違うの?てっきり前にケンカしたって言ってた相手かと思った」
「そ、その相手ですけど好きな人では…ないです!」
全然好きな人じゃない、ただの友達…かもわからないけどー…あ、後輩だ!ただの後輩!!
「そうゆう相手では全然ないんでっ」
「え、そうなの?」
「そうですよ!」
別に嫌いな相手じゃないけど、…もう今は。
苦手に思ってたこともあるけど、もうそんなこと思ってない。
でも好きかって言われたら、そうゆう好きでは…
「それだけ悩むんだから、好きな人なのかなって思ったけど」
にこっと目を細めて、穏やかに微笑みかける。小山内先輩の雰囲気は図書室の空気感とよく似ていて。
「…違います」
「そんなに否定しなくてもいいのに」
くすっと笑う、笑い方もどこか大人びて見えて1つしか変わらないのにすごく大人に見えるから。
「しますよ否定、それは違うんで」
って言っても小山内先輩にふふって笑われた。
全部わかってるみたいな表情でブックカバーを貼って、俺のことを器用だって言った小山内先輩も十分器用だから。
たぶん何度言っても笑って返されるだけなんだと思う。わかってるよって顔で笑うんだ。
でもそうじゃないのに、好きな人なんかじゃー…
「でも大事な人でしょ?」
****
あれから一度も話すこともなく気付けば球技大会の日になった。
一緒に練習しようって言ったくせにあの1回だけだった、誘われたのなんて。
「望海先輩!」
タタッと後ろから駆けてくる足音に振り返る、これはいつも呼ばれる声じゃなくて。
「…琉」
「対戦カード見たっスか!?1回戦勝ち進んだら望海先輩んとこと戦いますね!」
「そうだね、でも俺は出ないけどね」
補欠だから。クラスメイトの欠席もないから出番がない、とりあえず応援ってことでグランドに向かってるところで話しかけられた。
「あ、望海先輩もっスか?大晴と一緒っスね!」
「…うん」
試合に出ない人は基本は観客席からの応援で、ギャラリーと変わらない。てことはあいつもどこかで見てるのかな、補欠の練習は声出しだって言ってたし。
「でもうち1回戦勝てるか怪しいんスよね~、やっぱ大晴いないんで!」
「あー…サッカー部だから戦力になるよね」
やめたとか言ってたけど、即戦力になるには間違いない俺と違って。
「そうなんスよ!俺もサッカー部なんスけどねやっぱり…」
え?俺もサッカー部…??
話の続きよりまずそっちの方が気になってつい食いついてしまった。
「そーなの!?琉もサッカー部なの!?」
「え、その話しませんでしたっけ?」
「してない!聞いて…っ」
…ない、と思ったけど。
あれ、もしかしてあれって…
“じゃあ大晴がケガした日も見てましたか?”
そうゆうことだったのか?
あれは琉も見てたから言えたことで、同じサッカー部だったから…
「大晴と一緒に入ったんスよ」
そうなんだ、じゃあいつもグラウンドを走ってた中に琉もいたんだ全く気付いてなかった。
「だから今日も大晴が出てくれたら優勝もありえると思うんスけどね」
…あれ、ということはもしかして琉は知ってるの?
同じサッカー部だったんだ、その理由を琉は…知ってるのか?
「大晴めちゃくちゃサッカーうまいんスよ!あ、見たことあります!?ハットトリックガンガンかますんスよ!?」
聞かなきゃよかったって思ったはずなのに、心臓がバクバク音を出し始めて。
「だから出てほしかったんスけどね~!」
胸の辺りをぎゅっと掴んで、大きくなる音を抑える。またよみがえる、あの衝動が鳴り始めるから。
これは、聞いてもいいのか?いや、でも本人じゃないし聞かない方が…
だけど、もうする後悔なんてないんだ。
「なんであいつサッカー部やめたの?」
知りたくて、踏み込んでみたくて。
俺には関係のないことかもしれないけど、さみしそうな顔をしたあいつが忘れられなかったんだ。あんな顔をしたあいつが今も焼き付いて離れない。
“それは言うことでもないです”
そう言ったあいつが忘れられなくてー…
「原因はケガっスね」
怪我…
それはやっぱりあの怪我…だよな?
完治してるって言ってたけど。
「でも、もう怪我は…治ってるって」
「そうっスね、体育とかは普通にしてるんで」
…。
本人もそう言ってたし、俺もそれは見てるしだからたぶん本当で。
じゃあ、どうして?それならなおさら、その理由は…?
あんな顔にさせる理由は、何なんだろうかー…
「怖いらしいです、サッカーするのが」
息が止まるかと思った。
見開いた目にゴクリと息を飲んで、空気が冷たくなった。
サッカーするのが怖い…?
「まぁーわからなくもないっスけどね、あんだけ派手にぶつかったら怖くなる気持ち」
秋めくこの季節、吹き始めた風が心地いいはずなのに何も感じなかった。
「望海先輩も見てたんですよね?」
「え…?」
「図書館からよく見えるって言ってたじゃないっスか」
「あー…」
見てた、その瞬間も見てた。
俺も思ったじゃないか、大丈夫かなって図書館の窓から身を乗り出して…
「俺的には戻ってきてほしいっスけどね、大晴とサッカーするの好きなんで」
思ってたのに。もう後悔なんてないと思ってた、だけど実際は後悔なんて言葉じゃ片付けられないぐらい心臓が痛んだ。
****
ーそれでは球技大会を開催します、開催の挨拶を…
「……。」
始まった、1日通して行われる球技大会は出番がなければ本当にすることがなくひたすら応援だ。補欠の補欠に当然のごとく出場権なんかなくて、1回戦目からグラウンドに集まって声援を送って…
応援、しなきゃなんだけどそんな気になれない。クラスメイトが試合してるんだ、せめて見なきゃって思うの全然集中出来ない。
グラウンドの周りにはギャラリーが集まっていて、わーわーと声が飛んでいた。
一応、応援する気は見せないとってその後ろで立って。
前を向くフリをして下を見て、どうせ誰も見ていない俺のことなんか。みんな試合に夢中で誰も見てなんかない、こんなに騒がしいのに閉ざされたみたいに何も聞こえてこない。
やっぱり簡単に踏み込むんじゃなかった。
踏み込んじゃいけなかったんだよ。
これ以上はって釘を刺されたのに、それが余計に苛立って…つくづく自分が嫌になる、何にもわかってない自分が。
間違えた、絶対間違えた。
どうして俺は…、あんなことしか出来ないんだろう?
「三影お疲れ~!見てた!?」
「お疲れ、見てたよ豊島くんすごかったね」
一応、見てた。豊島くんがゴール決めた瞬間は女子たちのキャーって声がすごくてびっくりしてからちゃんと見てた。
そんでもってうちのクラスは1勝を決め、2回戦に進むことになった。
2回戦目は…あいつのクラスはどうだったんだろう?勝ったのかな?
勝った…、かな。
出ないって言ってたからあいつも応援すんのかな、誰よりでかい声で叫んでそうだしそれだけで目立つし。
今日もバカみたいに騒いでんのかな、騒いでてくれたらいいのに。
笑っててくれたら、そんなことばっか考えてー…
「望海先輩…っ!」
2回戦目は次のクラスの試合が終わってから行われる、いくつもあるわけじゃないグラウンドは使用制限があるから全部の試合を一気には出来なくて。だからこの間は少しの休憩として選手たちは次の試合のに備えるんだけど。
「琉…お疲れ様、試合どうだった?」
「勝ちました!」
「そうなんだ、すごいじゃん。心配だって言ってたのに」
「そーなんスよ!勝ったんス!だから次は望海先輩んとこのクラスとやるんスけど…っ」
けど?
勝ったのに変わらず心配そうで、はぁはぁ息を切らして俺のところまで走って来た。
「何、どうかした?そんな焦って…」
「それがあの…っ」
息を整える、肩にかけたタオルで汗を拭いて物思わし気な顔をして。
「大晴見ませんでしたか?」
え…?
それは、なんで…?
「見て、ないけど…どうかしたの?」
なぜか心臓がドクンドクンと音を出した、何もしてないのに息が荒くなる感じがして必死に平静を装った。
「それがうちのクラスさっきの試合で1人ケガして出れなくなったんスよ」
出場するはずだった誰かが出られなくなった場合、代わりに出るのが補欠。それは休みの場合とは限らなくて突然の怪我の場合だってある。
「だから大晴が出ることになったんスけど…」
あ、まただ。ドクンドクン心臓がうるさい。
「いなくなっちゃって」
叫ぶみたいに心臓が鳴るから。
「望海先輩知らないっスか?見てないっスか、どっかで…」
「ごめん、見てない…」
今日はまだ一度も、今日じゃなくて昨日も見てない。その前もその前も、あれから…避けてたから、会わないようにしてたから。
「そーっスか…もしかして望海先輩んとこかなって思ったんスけどね」
「え、なんで?」
俺に出来ることなんて大したことない、会ってもまたきっと…
「だって仲いーじゃないっスか、大晴と!」
きっとまた傷付けるって思ってた。傷付けるぐらいなら離れていた方がいいって思ってた。
だけど、そうだとしても…
会いたい、顔が見たい。
今どんな顔してるのかなって、会いたいんだー…
「望海先輩!?」
走り出してた、どこへ行ったらいいかもわからないのに居ても立っても居られなくて気付けば一歩を踏み出してた。
わーっと盛り上がるグラウンドをあとにして、早く行かなきゃって思いのまま走ってた。
どこだ?どこにいるんだ?
あいつの行きそうなとこってー…!?
教室?中庭?屋上…ってうちの学校入れたっけ!?
わかんねぇ、全然わかんねぇ…あいつの行きそうなところなんて全く浮かんでこなくてただ走り回ることしか出来ない。
「どこだよ…っ」
はぁはぁと肩を上下に揺らす、ちょっと走っただけなのに汗だくで気持ち悪い。球技大会でもこんなに走らねぇよ。
今どこで何してるんだ?あいつは、どこに…
ひゅーっと風が吹いた、その瞬間どこかのカーテンが揺れた。
窓…開いてたんだ、ここはどこの…?
「図書室だ…!」
本当はその窓から飛び込んで行きたかった、揺れるカーテンの隙間から飛び込んで行きたかった。それぐらい早く、見付けたかった。
「……。」
あふれ出る汗を拭った。ドクンドクン聞こえていた心臓は痛みに変わって、息をするたび痛む胸を押さえた。
図書室からグラウンドはよく見える、だけど風に吹かれたカーテンのせいで何も見えなかった。
その窓際、足を抱えるようにして座っていた。
静寂しきった図書室に似つかわしくない、小さく体を丸めたオレンジ色の髪が。
「……。」
「…。」
「…何してんの?」
「……。」
風に髪が揺れてる、俯いたままだったけど。
近付いて前に片膝を立てるようにしゃがみ込む。こっちを見てくれないオレンジ色の髪を見ながらゆっくり触れた、腕にそっと手を置くように。
何も言葉が見付からなくて、探しながらずっと何を言おうかを考えてたけどわからなくて。
俺なんかに何が言えるんだろうって…きゅっと力を入れ腕を掴んだ。ゴツゴツとした腕は少し掴みにくい。
「…望海先輩」
「…っ」
か細くて力のない声は憂いで。
「俺、どうしたらいいですかね…?」
しんっとした図書室に、小さく聞こえて来たんだ。助けを求めるかのような、らしくない声が。
「…怖いんです」
消えてしまいそうだった。
「あの場に立つと思い出して、またあぁなるんじゃないかって思うと怖いんです…っ」
体が震えてる、振動が振れた手から伝わってくる。
「怖くて、もうサッカーやりたくないんです…!」
後悔したんだ、聞かなきゃよかったって後悔した。
でも聞いても…、聞いた方がもっともっと苦しかった。俺は何にもわかってなかった。
“やべぇなってもうサッカーできなくなるんじゃないかって…”
わかってあげられなかった。
「…だからやめようと思ったんです、もうやめようって…やめればラクになるんじゃないかって思って」
何にもわかってなくて、わかろうともしなくて…また繰り返したんだ。
ぎゅーっと力を入れる、ゴツゴツした腕をめいっぱい力を入れて。
「先輩、痛っ」
「ごめん…」
「先輩…?」
「ごめん、俺…っ」
力の加減が出来ないまま掴んだ、でもたぶん俺の力なんて大したことない。きっとこいつに比べたら。
「…なんで望海先輩が謝るんですか?」
こいつが抱えてるものに比べたら、大したことないんだ。
「やっぱ人と関わるの苦手っていうか…下手でっ、全然上手く話せないし人のことより自分のことでいっぱいいっぱいで…」
今も何て声をかけたらいいかわからない、これも結局は自己満なのかもしれない。でも踏み込んでみたいんだ、踏み入れたいんだ。
近付きたいんだー…
「傷付けてばっかでごめん」
その傷を、知りたくて。
どうしたら痛みから救えるのか知りたくて。
「…本当はずっと見たんだよ、お前のこと」
図書室から見えたグラウンドはいつもまぶしかった。楽しそうに走るオレンジ色がきらめいていたから。
「思いを馳せてたんだ、サッカーをしてるお前が何より光って見えたから」
どこをとっても俺にはないものばかりで、羨ましいとさえも思わなかった。なんでも無敵に見えたから、ここから見えるオレンジ色はそんな風に見えた。
「無神経にあんなこと言ってごめん、お前の気持ち無視してあんなこと言って…っ」
力が抜けていく、ぎゅっと掴みたいのに入らない。
俺の方が震えてしまって、気付かれなくなくてぎゅっと握りたかったのに。
カッコ悪い、励ますことも出来なくて。
なんで俺が泣きたいんだよ、わかんねぇよ。わかんないことばっかだよ、お前と一緒にいるようになってから。
なんでこんな悩んでばっかなんだろう。
…でも悔しいから、何もできない自分が悔しい。
俺に何か出来ることはないの?
今こうしてせっかく触れられる距離にいるのに、俺が出来ることはー…
「…大晴」
ゆっくり顔を上げる。きっと俺の方がずっと下を向いてたんだと思う、視線を上げたら目が合ったから。
真っ直ぐ俺を見つめる瞳と目が合った、それにまた瞳の奥がきゅぅっとなって苦しくなる。
「先輩…っ」
「俺が代われたらいいんだけど」
こんなことしか浮かばなくて、それも到底無理な話だし。
「…え、代わってくれるんですか?」
「代われたらね、クラス違うし学年も違うから普通に出来ないけどね」
補欠はあくまでクラスのだし、それ飛び越えて出来るもんじゃないし。
「お前より全然下手だし、ルールとかもよくわかんないけど出来ることってそれぐらいー…」
急に下を向いた。抱えた足の上に顔を伏せて体をふるふると小刻みに震わせて。
これはあれだ泣いてるわけじゃない、悲しんでるとかそうゆうのじゃなくて…
「お前何笑ってんだよ!?」
くすくす笑って堪え切れないって感じだ。
「なんで笑うんだよ!?」
「想像と遥かに違ったんで。まさか代わってくれるって言われるとは思いませんでした、しかもルールもよくかわんないって」
「わか…っ、練習しててもよくわかんなかったんだよ!とりあえずゴール入れりゃいいのかなぐらいいにしか思ってなかったし!」
「それでよくそんなこと言えましたね」
なんだよ!
笑い過ぎだろっ、そんなケラケラ腹抑えてまで笑って…もう全然悲しそうじゃないじゃん、嬉しそうに笑ってんじゃん。なんだよ、本当に。
「今笑うとこじゃないからな!」
「いや、めっちゃ笑うことでしたよ?」
「そんな場面じゃねぇーよ!こっちは本気で…っ」
ー!?
手を、掴まれた。腕から離した手を強い力で掴まれた。
「わかってます」
笑ってたと思ったのに、真剣な瞳で。
ぎゅっと握られた手が、熱い。熱くて、なぜかドキドキ脈を打つ。
俺より大きな手で、俺より体温が高い。
そんな手に包まれるみたいに。
「望海先輩、ありがとうございます!」
「……。」
笑うんだ、またいつもみたいに笑うんだ。
どうしたらそんな力あんの?俺には全然わかんねぇよ。
「お前って本当太陽みたいなやつだな」
逃げ出したくなった時、笑うなんて出来ない。
どうしたらそんな風になれるのかー…
「俺にとっては望海先輩が太陽ですよ」
大きな口を開けて微笑んで、目を細めて俺のことを見る。
そんなこと、たぶんない。絶対ない。
どう見たってそう見えることはないけど…こそばゆくて、むずっとした。
「今、めっちゃやる気出たんで」
そんな顔で見られて。
やばい、ドキドキする。心臓がドキドキ動いてる。
握られた手から熱を帯びて、心臓に呼びかけるみたいに。
「じゃあ、行きますか!」
「え?」
すくっと立ち上がった、俺の手を握ったまま。だから引っ張られて一緒に立ち上がった。
「試合行ってきます!」
「えっ、大丈夫なのか!?」
「今だったらイケそうな気がします」
「ほ、本当に…!?」
大丈夫なのか…!?
いやいやいや、別に何も起きてない!そんな簡単に恐怖から抜け出せることなんて…
「俺、今無敵なんで」
……。
でも不思議だ、こいつが言うと本当にそう聞こえるから。たぶん俺に出来ることなんて大してなくて、1人でも立ち上がれる力持ってる奴なんだよ。
「じゃあ…なんか俺に出来ることあったら、何でもするから」
そんなのないかもしれないけど、少しでも役に立てたらいいなぁって。助けてもらったから、俺だって何かしたくて…
「いいんですか!?」
なんて思ってすぐに後悔した。
あ、やばい。これはやばい。絶対無謀なこと言われる、失敗した。
「待て!出来る範囲で!出来る範囲だぞ!?場をわきまえて発言しろよ!?」
「わかりました!今すっごい望海先輩にしか出来ないこと浮かんだんで!」
「俺が出来ることな!無理せず俺が出来ること!!」
ぎゅっと手を握られて、これはもう逃れられない状況なんじゃないかって心臓がバクバク音を出した。
「望海先輩!」
待て、まだそこまでは!心の準備が出来てないっ!というか、俺はそんなつもり…っ
「“大晴”って呼んでくださいっ!」
………え?
目をぱちくりさせる、きょとんとした顔で見てしまった。
あ、なんかデジャブっぽい。前にもこんなことあったなって、いつも想像を超えるのは俺じゃなくてこいつの方だ。
「…そんだけでいいの?」
「それがいいんです!」
「え、それだけ…」
「はい!」
そんなにっこにこの顔で言われても…
「さっき望海先輩に名前で呼ばれてうれしかったんで」
たぶん無意識に、考えてたから…あの~、その…っ
大晴のこと。それで声に出てた。
それを今、そんな顔で言われても…
「もう一度呼んでください!」
恥ずかしい、顔が赤くなる。ただ名前を呼ぶだけなのにこんなに緊張することってあるんだってくらい。
じっと見てくるから、手を握ったまま上から見てくるから…見上げるのだってこんなドキドキして。
ゆっくり息を吸う、一度目を閉じて顔を上げると同時目を開けて。
「大晴、がんばれ」
ささやかで、取るに足らないことだけど。それで笑ってくれるなら、太陽みたいな眩しい顔で笑ってくれるなら。
「はい、がんばりますっ!」
こんな俺でも力になれたんじゃないかって、それは純粋に嬉しかった。
俺も嬉しい、大晴の力になれたなら。
グラウンドに駆けてゆく、その速さはあっという間って表現で間違ってないぐらいすぐにグラウンドに着いた。クラスに囲まれて、じゃれ合って、笑い合って…やっぱ俺が代わってあげるなんておこがましかったな。
俺にはあんな風にはなれないよ、大晴だからだよ。
「めちゃくちゃ笑ってんじゃん」
さっきまでの俯いていた表情とは大違い、でもあれが見たい顔だよ。
図書室からでもわかる、周りを明るくする存在。そんな奴、他にいないきっと。
ピーッと笛が鳴ったら試合が始まる。
あいつと違ってそんな早く走っていけない俺は図書室から動けないまま…正直、探すのに走り回って疲れたしもう走りたくないしもう図書室からでいっかって応援する。
もうすぐ始まる、うちのクラスと大晴のクラス…これはもちろん自分のクラスを応援するんだよな?別にあいつのことだって応援してないわけじゃないけど、応援してるけど、公式的には自分のクラス…だよな、そこは。
「…すご」
試合の笛が鳴った瞬間、走り出した。ものすごい勢いで走り出し、何人も抜いてそのままゴールまでまっしぐら…
やばっ、マジで無敵じゃん!試合開始早々に点入れたんだけど!?秒で点数入れられてるうちのクラス!!
あいつが試合に出たらこうなることは…っ
「まぁいいか」
図書室の窓際に頬杖をついて、賑やかなグラウンドを見つめる。わいわい盛り上がって楽しそうで、それを少し離れたところから見てるぐらいが俺にはちょうどよくて。
それにここならよく見えるし、広いグラウンドを走り回る…
「!?」
こっちを見て指をさした、かと思えばブンブンと左右に大きく手を振って…こっち見るなよ目立つだろ!!みんなが見るだろーが!!
「お前…っ」
でも…、図書室からならわからないかちょっとくらい手を振ったって。ひらひらと振り返す、風で揺れるカーテンの隙間から指先にドキドキを感じて。
****
「のっぞみせんぱーいっ!」
「……。」
「優勝しました!きっとこれは俺のおかげであり俺の力であり…そんでもって望海先輩の力です!」
「そんなわけないだろ、100パーお前だよ!!」
ボロッ負けだったからなうちのクラスは。あの後もガンガン点取られて大差付けられて負けた、慰めない方がよかったんじゃないかってぐらい負けた。
「望海先輩が心配してくれたからです!」
でも、そう言って笑うこいつは…嫌いじゃない。
球技大会終わってこうして下駄箱で待ち伏せしてるのもなんか慣れたし。
「望海先輩、カラオケ行きません?打ち上げしましょう!」
「お前、こないだ練習とかなんとか言って実は行きたかっただけだろ」
「あ、バレれました?」
あたかも普通に並んで歩き出す、校舎を出て校門をくぐって。こうして隣を歩くことにもしっくり気始めていた。
…いいのか?それは、いいことなのか?よくわかんないけど。
「望海先輩超歌上手かったですもん、もう1回聞かせてください…!」
「なんか俺の扱い覚えて来たことない?」
これが日常になっていくのか、あれだけ俺を取り乱していた日々もこれで…
「あ、先輩ちょっと!」
「?」
角を曲がろうとした時腕を引っ張られた、強い力でぐいんと引き戻される。
え、何?何があった…??
「誰かいます!」
「そりゃいるだろ、別にいても…」
それが何なんだと思って角を覗いた。
その先にいたのは小山内先輩で、小山内先輩が木陰に隠れるようにいたから。
でもハッキリ見えた、隠れてるつもりで隠れられてなかった。
たぶん、そんなこと気にしてなかったのかもしれない。
「望海先輩あのっ」
小山内先輩がキスしてた、女の人と。
同じ学校の制服着た女の人と、キスー…
「……。」
ごくんと息を飲みこんだ。
もう取り乱す日々なんて、きっとない。そんなことない、から。



