「リエナ~」

 ゲナスの体中に飛び込んだ俺。
 黒い塊をかき分けて、俺の大事な従業員を探す。

 腐った肉のような臭いが鼻をつく。

 進むとすぐにリエナはいた。
 丁度ゲナス体内の中央だろうか、そこだけ少しばかりの空間ができている。

 「ば、バルドさま……」

 俺に気づいたリエナは、力なく口を開いた。

 「バルドさま、ごめんなさい……振りほどかれて……どこかにいってしまいました」

 申し訳なさそうな顔をして俯く美少女。金色の髪が乱れて、その顔を隠す。
 ゲナスの核のことを言っているのだろう。
 まったく……

 俺はその場であぐらをかいてリエナの手を取った。
 その小さな手は、擦り傷まみれでボロボロだ。

 「良く頑張ったな、顔をあげてくれ」

 「でも……」

 「心配するな……もうじゅうぶんだ―――あとな」

 俺はリエナの瞳をじっと見つめる。

 「帰ったら説教だ。簡単に死ぬとか言うんもんじゃない」

 「……はい」

 リエナは俯きながらも小さく答えた。

 さて―――

 「ギャハハハ~バカがぁあああ! なに勝手に取り込まれてんだよぉお! てめぇのしょぼい力~全部吸い取ってやるぜぇええ!」

 ゲナスの馬鹿笑いが体内に響く。
 ここから出ないとな。

 いくら力を得ようが、それは他人のもの。
 邪神から力を得て、リエナから力を得て。

 ―――いつまでそんなことをする気だ?

 そんなに欲しいなら―――


 オッサンの【闘気】をくれてやる!


 ――――――せいっ!


 俺が体内に【闘気】を巡らせると、ゲナスの体内が躍動する。と同時に俺の体から力が抜け出ていく感覚にみまわれる。

 「ああ?」

 さあ、いくらでも食え!

 俺は【闘気】を力の限り循環させ続ける。

 ドクドクとゲナスの体内が脈打ち、俺の体から力が流れ出ていく。

 「ぐっ……なんだ……こりゃ??」

 俺が【闘気】を巡らせてから、ゲナスの体内に明らかな変化が起きはじめた。
 表面の肉片が、膨らんでは崩れるを繰り返す。ドクッドクッと血管の音が異常な音量で鳴り響く。

 「どうしたゲナス! オッサンごときの力だぞ!」

 「ぎぃぬうう! 黙れぇ! てめぇごとき……ぎぃいい!」

 俺はどんなに力が流れ出ようが、【闘気】を練り続けた。ここが踏ん張りどころだ。

 ―――しばらくすると

 ゲナスの肉体がボロボロと崩れはじめる。

 おそらくゲナスの体はすでに吸収キャパを超えていたのだろう。
 たいした器がないのに、力だけ入れ続けるからだ。

 「ぐぅきぃいいい! クソォオオオ! これ以上肉体を維持できねぇええ!」

 ゲナスはその黒い身体をブルブルと震わせながら、俺とリエナを吐き出した。

 「キャッ!」
 「おっと……大丈夫か? リエナ」

 コクリと頷くリエナ。
 とにかく無事で良かった。

 そのリエナをマリーシアさまに託すと、俺はゲナスと再び対峙する。

 「クソクソォオオオ~~!」
 「どうしたゲナス、もう終わりか?」

 「ちぃいい舐めるなよバルドぉおお! 俺様には再生能力があるんだぁ!
 ―――だがおまえはどうだぁ! もう力は残っちゃいねぇだろうが!」

 ゲナスの言う通り、俺の体力は雀の涙ほども残っていない。

 対するゲナスは、崩れかけた体が徐々に修復されはじめていた。

 「ギャハハハ~~やはり最後に勝つのは俺様だったようだなぁああ!」

 「ゲナス、何を言ってるんだ?」


 確かに……俺一人なら、ゲナスには敵わなかっただろう。


 「ギャハハハ~~ナトルの王女は半殺し状態~自慢の弟子どもは全員俺様の黒い霧で使い物にならねぇ。そして~てめぇはもはや立つのもやっとじゃねぇええか! 強がってんじゃねぇ! 終わりなんだよぉおお!」

 ―――使い物にならないだと?


 ゲナス―――それは違うな。


 俺の体を、純白の光が覆いはじめる。

 「―――完全回復魔法(パーフェクトヒール)!」

 俺の傷は全て消え去り、体力も全回復している。いや、もう戦闘前より絶好調な感じだ。
 さすがミレーネだ。


 「―――で、誰が使い物にならないんだ? ゲナス!」


 「なぁああ! 聖女~~きさまなぜ動けるぅううう!」

 「あなたのショボイ幻術ぐらいで、ワタクシをどうこうできるとでも思ったのですか?」


 「そうだ! こんなまやかしにいつまでも後れを取るかっ!」

 別の声が戦場に響く。アレシアだ。

 彼女はすでに最大奥義の構えを取っている。
 【闘気】を溜め続けた聖剣が眩い光を放つ。


 「キャルもこんな下級魔法どうってことないの~~いい時間稼ぎだったの」

 空が真っ赤に染まり始めている。
 【闘気】と魔力を練り続けていたのだろう。
 とてつもなくデカい岩石が上空に形成されていく。


 「バカなぁあああ! あり得ねぇ! 俺様が最強なんだ! てめらなんか……黙って雑魚らしく俺様にひれ伏せばいいんだ!」

 ゲナスが、再生しつつある黒い巨体をグラグラと揺らす。

 俺は一歩、また一歩と歩を進めつつ。ゲナスに言葉を発する。

 「ゲナス、おまえの置かれた環境はつらいものだったのかもしれない」


 だがな―――


 「それは誰でも同じだ……なんの努力もしないやつが―――彼女たちを侮辱するなぁ!!」


 俺の愛弟子たちをなんだと思っている。
 彼女たちがどれほどの苦難を乗り越えてきたか、知っているのか?

 おまえにもはや同情の余地はないが……

 すぅううう、俺は深呼吸して、再びゲナスに剣を向けた。


 「―――ゲナス、終幕だ。決着をつけるぞ!」