◇フリダニア王女マリーシアが、バルドの宿を訪れる1週間前◇


 「おい、鏡。ここはなんだ?」
 『ハハハ~~魔王が封印されている祠じゃあ』

 「魔王だと? てめぇ適当な事言ってんじゃねぇだろうな」
 『嘘は言わぬ。その昔、勇者に敗れた魔王が眠る墓じゃぞ~~ハハハ~』

 俺様のポケットから鏡のやつがいつものイラつく笑いを漏らす。

 魔王って言われてもな。
 そんなもん数百年前の話だぞ、そもそも実在したのかよ? 

 古臭い祠の奥に進むと、開けた場所にでた。
 中央にポツンと埃をかぶった祭壇がある。

 「チッ、陰気で汚ねぇところだな」

 『ハハハ~その石碑に触れるのじゃ~~お主の邪気ならば魔王が起きるはずじゃからな』

 ああ? なんだよ邪気って?

 「おい、魔王は生きてるのか?」
 『おそらくのう』
 「俺様の言うことを聞きやがるのか? 魔王は」
 『それは契約次第じゃなぁ~~』

 んだよ、含みのある言い方しやがって。

 『まあ、このまま臭い人生を歩みたいなら引き返してもよいぞぉ~ハハ~』

 チッ……このまま終われるかよ……

 俺様は手を伸ばして、石碑に触れる。

 石碑が徐々に歪み始めたかと思うと、人の形に変わりはじめた。

 「おまえか? 我を起こせし者は?」

 人の形が俺様の方を向いた。

 ―――こいつが魔王か?

 なんだ、人間とさして変わらん見た目じゃねぇか。迫力にかけるぜぇ。

 「そうだ! 俺様が起こしてやったんだ、感謝しやが……ぐぅううう」

 なんだぁああ! 体が重いぃいい。つ、つぶれる……

 「魔王に向かって口の利き方を知らんようだな。我を見た目で判断するなよ小僧。実体を持たずとも貴様ごとき簡単に捻りつぶせるわ」

 「グハっ!」

 体がひしゃげそうだ……なんだこの魔法は。

 「ククク、どれ貴様の過去を見てやろう」

 奴は目をつぶりながら、俺を見て嘲笑する。

 「クソ野郎が……ハァ、ハァ……」

 「これはこれは、クソ野郎はおまえではないのか? よくこれだけアホな事ができるなぁ~ククク」

 俺様のことをけなすんじゃねぇ。
 クソっ―――視界がどんどん薄れていく。

 「なんだ人間、もう死ぬのか。そりゃこれだけのことをすればなあ。ククク」

 はぁ? ふざけるなよ……

 「俺様が正しいんだ……バカはやつらだ……クソがぁ! バルドの奴だけは許せねぇ」
 「ほう……」

 魔王の野郎が、指を鳴らすと。俺様を襲っていた重みがピタリとやんだ。

 「ククク、人を人とも思わんその思考。気に入ったぞ。何が望みだ?」

 「チッ……俺様は国王に返り咲くんだ。バルドの野郎をぶっ殺して、そして俺様だけを称える国にするんだよおぉお。だから俺様に力をかしやがれ!」

 「よかろう―――では我と契約だな。おまえの国を取り返して、そのバルドとやらを殺してやる。見返りとして貴様の魂をもらう」

 「魂だとぉ? ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」
 「ふざけてなどおらん。見てのとおり、我は実体を持たぬ。あの忌々しい勇者どもに肉体を消滅させられたからだ。契約が成立すれば実体を一時的に再生することが出来る」

 「俺様の魂……」

 「そうだ……そして契約が達成されれば、おまえの魂を糧に我は完全復活することが出来る」
 『一発逆転するにはそれしかないぞ~~ハハハ~~』

 鏡が焚きつけてきやがる。

 ふざけるなよ……魂取られるんじゃ返り咲いても意味ねぇだろが。

 「だいたい魂ってなんなんだよ!」
 「ククク……見せてやろう」

 そう言うと、魔王は俺様の胸に手をかざす。黒い塊が浮き上がってきた。

 ―――これが魂かよ!?

 随分と黒いんだな……

 「……ぐあっ! くさいっ!」

 後ろに飛びのいて距離を取る魔王。なに鼻をつまんでやがる?

 「ああ? なにやってんだよ」
 「おまえ! なんだこの魂は! 臭すぎる! 魔族でもここまで黒い魂はないぞ!」
 「ふざけんなよ! 魂が臭いってなんなんだよ!」
 「臭いなんて生ぬるいわ! オェ~~、こんなもんいらん!」

 おいおい、俺様の純白魂のどこが臭いんだよ。久しぶりに起きてボケてんのか?

 『まあまて魔王よ、ここにええ奴がおるぞ~』

 鏡が会話に割って入って来た。そして何かを投影させる……これは!?

 それは俺様の愛しいマリーシアだった。

 「ほう……とびっきりの上物がおるではないか、ククク旨そうな魂だ」

 魔王が俺様のマリーシアをみて舌をベロりと出した。

 「ふざけるなっ! マリーシアは俺様のものだ! だれがやるかよ!」

 「ククク安心しろ、魂を奪えればそれでいい。からの器はおまえにくれてやる。おまえの自由にできるぞ~なんなら従順な魂を入れといてやろうか~~」

 「マリーシアを自由にできるのか……」
 「そうだ、肉体が傷つくわけではないからなぁ。そうでもせんとあの女は手に入らんぞ、おまえにとっては好都合だろう、ククク」

 マリーシアは何故かバルドの野郎を好いてやがるからな。
 ざけやがって、俺様のものなんだ。

 「―――いいだろう。その話、乗ってやる」

 「クククそうこなくてはな―――代理契約になるから本人の所持品が必要だ。10日以内に揃えてこい」
 「ああ? なにがいるんだよ」

 「あの女の髪の毛、まつ毛、爪、歯、耳垢だ。ハードルが高いが、なんとしても揃えてこい」

 「チッ、これでいいんだな」

 指定された物を魔王の野郎に渡す。

 ああ? こいつ、なにキョトンとしてやがる。
 俺様はマリーシアが幼児の頃から、ありとあらゆるものをコレクションしているんだ。

 ―――このぐらい当たり前だろうが。

 「………お、おう。あと最後に下着(使用済)だ……」

 「チッ、小出しに言うんじゃねぇよ」

 俺様はとっておきのパンツ(使用済)を渋々差し出す。
 まあ、マリーシアが俺様の自由になりゃいくらでも手に入るからな。


 「おまえ……どんだけ変態なんだ……魔王の我がドン引きだぞ……」


 「おい、さっきからグダグダうるせぇぞ! 契約は成立なのかよ!」

 「ククク~~ああ、これで契約成立だ」

 魔王の透けた肉体に、黒い光がともり始めた。
 骨格が出来上がり、その骨に幾重もの筋肉が覆い始める。

 ―――グハァアア

 「久しぶりの実体はたまらん! 我がおまえの望みを叶えれば契約完了だからなぁ! さあ―――我が眷属どもよ、甦れぇええ!」

 魔王の言葉と共に、周りから魔族がウヨウヨと湧き始める。
 こりゃすげぇな……マジで国王に返り咲けるかもしれん。

 「ところで……」

 「なんだよ?」

 「そのバルドとか言う奴は強いのか?」

 「ああ? んなわけないだろ! 周りの取り巻きが強いんだ。
 あいつは――――――ただのオッサンだ!」

 「ククク~~そうかそうか。さあ、行こうか。フリダニアの王都ヘなぁ」