「クソ~~なんでこの俺様がこんな辺境のクソ砦なんかに、逃げなきゃならねぇんだ!」

 王国最南端の岬にある古臭い砦。

 「あたいこんな汚いとこやだよ~もっと都会がいい~~」

 悪態をつく女。
 たく、これが聖女だってんだから笑わせるぜ。

 「おい、エセ聖女! ちゃんと【結界】をはれるんだろうな!」

 「ふん! この砦程度ならいくらでもやれるわよ! 聖女なめないで!」

 なにが聖女なめないでだ。
 王都では【結界】が5分と持たなかったくせに! 

 まあ、しかし利用できるうちはしねぇとな。いくらこの砦が大森林から最も遠い場所にあるといっても、魔物たちがフリダニアを蹂躙して押し寄せてくるかもしれねぇ。

 エセ聖女もこの砦だけなら【結界】を維持できると言っているしな。というかあれだけ金を払ったんだ、しっかり仕事をしてもらう。


 ―――こんなところで終わってたまるかよ。


 「なんだ砦の外が騒がしいな? なにやってんだ?」
 「ハッ! ゲナス王子殿下! あれは砦周辺の民が集まっているのであります!」

 ああ……このアホっぽいセリフ。
 ヌケテルだったか、そういやこいつをここへ左遷したんだった。

 「なんで下民どもが、俺様の砦に来やがるんだ?」
 「ムフフ~王子殿下~それは下に行けばわかりますです!」

 はあ? 

 俺様は仕方なく砦の正門へ行ってやった。

 「おお! あれはゲナス王子殿下だ!」
 「来てくださった~~!」

 「ご覧ください! みな王子殿下の庇護を求めているのであります! 周辺で魔物から民を守れる建物は、この砦だけでありますから!」

 ああ? 何言ってんだこいつ?

 「さあ! いまこそゲナス王子の懐の広さを見せる時であります! 可能な限りの民を受け入れましょう! というか全員入れましょう!」

 だめだ……やはりこいつはイカレてる。

 ポイッ

 おれはヌケテルの首根っこを捕まえて、正門の外へ放り出した。

 「―――!? ゲナス王子?」

 「バカが! 貴様ら下民どもが俺様の砦に入れるはずがなかろう! 厚かましいにもほどがあるわ!」

 「げ、ゲナス王子殿下! これはあまりの仕打ちであります! こんな時の砦はないのですか? 我々に死ねとおっしゃるのでありますか!」

 ―――ガシャン!

 俺様は正門を閉めさせると、サッサと砦の奥へと去った。

 なんだこのくだらん茶番は……

 まだ、下民どもの騒がしい声が聞こえている。
 あいつらはアホなのか? 王族と下民が対等な訳が無かろうが。

 「俺様は正しいんだ……」

 1人自室でベッドにゴロリとなると、そばに置いてある手鏡から、鬱陶しい笑い声が聞こえてきた。

 『ハハハ~そうだ。お主は正しいぞぅ』

 鏡だ。

 こいつは俺が城を出る際に、どうしても連れて行けと言うから持ってきてやったのだ。

 「おい、鏡。あんまり調子にのってると叩き割るぞ、俺様のやり方に文句があるのか」
 『ハハハ~お主はまったくブレんのう~負のオーラがムンムンしとる。たまらんのぅ』

 「ちっ……」

 にしてもなぜ俺様が王代理になったとたんに、こんな事ばかり起こるんだ?
 戦争は負けるし、金山も失った。おまけに極大魔物大量発生《メガスタンピード》だと……

 クソぉ~~

 俺様がイライラしていると、ノックもなしに扉が勢いよくあいた。

 「てめぇ! なに許可なしに入ってきてんだ! ぶっ殺すぞ!」

 勝手に入って来たクソ部下を怒鳴りつける。

 「げ、ゲナス王子! な、何かが王国の方から……接近してきます!」

 「はあ? 何かってなんだ! ハッキリ言え!」
 「いや、その……何かです!」

 俺様は部屋を出て砦の屋上へと行くと、見張りの兵士がこれまたアホな事をほざく。

 「王子! なんか王国の方から壁がきます~!」
 「はあ? 壁が来る? アホか? 何言ってんだ!」


 「おお! これは聖女さまの【結界】だ!」
 「わ~い、お父さんあたしたちの村のほうまで壁が来てるよ~」
 「うむ、こんな砦のしょぼい【結界】よりも向こうの方がいいぞ! 村に戻るぞ、みんな」

 砦の外に張り付いていた下民どもが、ギャーギャー騒ぎながら去りやがる。

 ……聖女だと! 
 あの女はもうフリダニアにはいないはずだ!

 なんなんだ……わけがわからねぇ。

 「げ、ゲナス王子! 大変です! 魔物が空から降ってきます~~!」
 
 「アホかぁああ! わかりやすいウソつくんじゃねぇええ……って……」


 ――――――なんだありゃぁああ!!


 「とんでもない量の魔物です! 壁に押されてここまで飛ばされて来た模様!」

 ぐっ……だがこちらにも聖女がいる! 【結界】がある! 砦を囲う聖女の壁が……

 ―――おい! 

 壁あんのかよ! これ! どう見てもなんもねぇええぞ!

 「ゲナス王子! 聖女殿は「こんなん無理~~」とか言って逃げました~!」


 ――――――クソがぁああああ!!


 「うわ~~魔物の雨だ~~」
 「応戦不能~~! 数が多すぎる~~」

 空から雨のように落ちてくる大量の魔物たち。
 全てが高速の弾丸となって、次々に砦に激突していく。

 クソぉおお、こうなったら、俺様の恐ろしさを見せてやる……って、なんだありゃああ!!

 「ゲナス王子、上空から8つ首のドランゴンタートルが超高速で落下してきます!」
 「あれはヤマタノシンリュウではないのか!? うわ~~とんでもない速度だ~逃げろ~~」


 「てめらぁ! 俺様を置いて勝手に逃げるんじゃねぇえぇ―――ぎゃぁあああああああ!!」


 8つ首ドラゴンの落下とともに、砦は跡形もなく崩壊した。



 ◇◇◇



 「グハァ……ハァ……ハァ……」

 大量の魔物の死骸を延々とかき分け続けること数時間。

 「ハァ……ハァ……ようやく出られたぜぇ……」

 幸か不幸かデカい8つ首ドラゴンの甲羅が、後から降って来た魔物どもの雨避けになったようだ。

 「ハァ……ハァ……」

 『ハハハ~お主もしぶとい奴じゃなぁ~あれで死なんとはのぅ』

 俺様の前には粉々に砕けた鏡の破片が転がっていた。

 チッ……しぶいといのはてめぇも同じだ……ハァハァ。


 何とか生き延びたゲナス王子だったが、これから過酷な逃亡生活が待っているのであった。