「バルド先生……」
 「ミレーネ、大丈夫か?」
 「……はい」

 ミレーネはギュッと3人の子供を抱きしめて、顔を綻ばせた。

 「「「うぷ、せいじょさま~どうしたの? くるしいよ~」」」

 子供たちを抱きしめる手が震えている。
 最も苦手な魔物を前にしても、怯まず立ち向かったのだろう。
 魔力もほとんど使えない状態で。
 ここまで大きな【結界】を展開しながらだ。

 俺はミレーネの瞳に視線を向ける。

 「ミレーネ、良く頑張った。偉いぞ」

 彼女は今にもこぼれ落ちそうな大粒の涙をぬぐって、コクリと頷いた。

 「さて……だがまだ終わっていないぞ。ミレーネ、君は【結界】の展開に集中。リエナ、子供たちを連れて下がってくれ」

 でかいカメは3つあるうちの1つの首を失ったが、依然へばる様子もなく残った2つの首を唸らせながら、怒りに巨体を震わせていた。

 ナトル各所の防衛ラインが、魔物たちに突破されたという報告は入っていない。
 とすれば、あとはミレーネの【結界】が完全に広がりきれば、この魔物大量発生《スタンピード》を防ぐことができる。

 オッサンに出来ることと言えば、目の前のカメ退治ぐらいだ。

 少しは先生らしいところをみせないとな―――


 「こいつは――――――俺がやる!」


 グゴォオオオオオオ!
 グゴォオオオオオオ!


 でかカメは、怒りに我を忘れたように2つの首を振りまわしながら、俺の方へドシドシと突進してくる。

 俺を踏みつけんと、その大きな前足を叩きつけてきた。

 「せいっ!」

 俺は攻撃を躱しつつ、【闘気】を込めた斬撃をその前足に叩き込んだ。

 グギャッ! グウウウ!

 でかカメの前足から血が噴き出して、バランスを失いその場にズーンと崩れ落ちる。

 ―――遅い……

 いや……カメだから遅いのは当然か。

 斬りつけられたことに苛立ったのか、2つの首がグッと持ち上がり、大きな口をパックリと開いた。
 開かれた口から何かを吐こうとしているようだ。

 グゥウ! グゥオオオオオ!


 ―――まさか! これは!?


 ヤバイ、アレ(ゲ〇)を吐く気だ!


 こいつマジかよ……なぜここまで吐きまくる?
 だが、良く考えればこいつは地中を突き進んできたはず。

 そりゃ気持ち悪くもなるか……

 地上に出れば強い個体に捕食されるしな。ここまで図体がデカいだけだと恰好の餌食だ。しかも動きがすこぶる鈍い。
 無理を押して地中を掘り進んでいたのだろう。

 こいつなりの事情があるのはわかるが……

 ―――神聖な教会で吐くんじゃない!


 「――――――【一刀両断】せいっ!」


 グギャアアアア!!


 でかカメの悲鳴とともに、2つ目の首が宙を飛んだ。

 俺は間を置かずに、最後の首を斬り落とそうとするも……


 「――――――!?」


 なんと残った一つの首が甲羅の中にスッポリ収納されて、高速で回転し始めたのだ。

 ゴゴゴーという騒音とともに、回転させた甲羅ごと体当たりしてくるカメ。


 おい! なにやってるんだ! 正気か!

 ただでさえ気持ち悪いんだろ。
 そんなグルグルと回転などしてみろ……
 もはや甲羅の中身は地獄だぞ!!


 俺の悲痛な叫びなど魔物に届くはずもなく、でかい甲羅はさらに回転を速めて俺に突進を繰り返す。


 しょせんカメなので、攻撃をことごとく躱す俺。やはり魔物か……
 知能はそこまで高くないのだろう。
 だが……

 ―――ここで暴れさせるわけにはいかん!


 ゴゴゴーという轟音を立てながら、真正面から突っ込んでくるカメ。

 すぅうううう

 【闘気】を練り上げて一気に絞り出し、全身に循環させる。

 ―――スッ

 銅貨1枚の愛剣を正眼に構えて目標に視線を集中。

 甲羅が俺の眼前に迫った瞬間―――


 ―――――――――せいっ!!


 俺の放った【一刀両断】の斬撃は、甲羅ごとカメを真っ二つに切断した。

 ズズンと地面を揺らしながら、2つの大きな肉片が地に落ちる。


 「ふぅう……カメ退治完了だ」


 「ええぇえ~あの甲羅って剣で斬れるんだ……」

 駆けつけてきたリエナがその瞳を白黒させて、真っ二つになった甲羅をみつめている。

 「なんだあのオッサン! ミスリルより硬いと言われるドラゴンタートルの甲羅を斬ったぞ!」
 「ていうかあの回転は神の閃光ではないのか!? 一夜で一国を滅ぼした滅びの回転と言われる!」
 「なにぃい! あのひとたび発動すれば街を削りつくすまで止まらないという!?」

 なんか周りの騎士たちが騒ぎ始めた。
 この国の騎士は大げさな奴が多すぎるな。


 賞賛されるのはカメ退治をした俺じゃないだろ。

 俺は礼拝堂の奥で今も全身全霊で【結界】を広げているミレーネに向けて手を上げた。

 「ミレーネ! これで邪魔者はいなくなったぞ! ナトルのすべてに光の壁を広げてやれ!」

 ミレーネがニッコリと笑顔で応える。
 彼女の身体からは、純白の光が絶え間なく溢れ出していた。

 よし、これで【結界】はナトル全土に広がるだろう。


 「バルドさま……カッコ良すぎでしょ……」

 横にいたリエナがボソっと何かを言った。なんか目がキラキラしてるこの子。

 「ふぅう~なんにせよオッサンの出番は終了だな」
 「ふふ、もうじゅぶんすぎるほど活躍しましたね。バルドさまに怖いものは無いんでしょうね」

 そんな他愛もない会話をしていると―――!?

 ブルブルブル


 「うわぁ~~あれきたぁあああ! り、リエナ~~きたよぅううう!」


 俺のポケットで通信石が揺れている。
 フリダニア王国第一王女様だ……


 「ええ!! ドラゴンタートルよりマリーシアさまのほうが怖いんですか!?」