「きゃああああ! ど、ど、ど、ドラゴン!」

 リエナがなぜか騒ぎ出した。

 「どうしたんだリエナ。あれはでかめのトカゲだぞ?」

 「ええぇえええ! いや普通にアースドラゴン(陸型竜種)ですけど!」

 「何言ってるんだ、リエナ。ドラゴンってのはな~
 ―――背中に翼が生えているやつだぞ(実際に見たことないけど)!」

 「……ええ! あ……はい」

 (私としたことがっ! わかってたじゃない! しっかりするのリエナ! 私はバルドさまのことならなんでも知ってるんだから! 自信をもって対応するの! ファイトよリエナ!)

 リエナがブツブツと何かを言っている。そうか働きずめだったからな、疲れてるのか。


 ギュルアァアアアアア!


 そんなやり取りをしている間にも、トカゲが声を荒げて突進してくる。
 ふむ、魔物たちは待ってはくれないからな。

 「よし、ちょっと行ってくる!」

 「はい! バルドさま、もう何も言いません! いってらっしゃい!」

 リエナから、先程とは一転して吹っ切れたような元気な声が飛んできた。

 俺は地を蹴り、抜刀しながらトカゲとの間合いを一気につめる。


 【闘気】を練り上げて―――

 上段から打ち下ろしの【一刀両断】! せいっ!

 ―――ガキッツツ!

 んん? 【一刀両断】が弾かれた。

 俺は少し驚いた……

 このトカゲ、想像以上に硬い。よく見ると表皮に無数の鱗がびっしりとついている。

 なるほど……硬めのやつだな。

 トカゲは俺を認識したのであろう、その前足を頭上から叩きつけようとする。


 ―――だが。


 ふぅうう、さきほどより呼吸の深度をさげて【闘気】を練り上げ―――


 ――――――せいっ!


 トカゲの振り下ろした前足は俺に届くことなく【一刀両断】により切断され、宙を舞う。
 痛かったのかバランスを崩して、岩に腹部を強く打ち付けるトカゲ。

 やはりな……
 ちょっと硬いだけだ。

 でかめといっても所詮はトカゲ。
 凶悪な魔物もいる大森林では捕食される側なのだろう。だから進化の過程で鱗をつけたのだと思う。少しでも生存率を上げるために。

 ギャルルルグゥウウウウウウウ!!

 トカゲがその口を開いて、何かをしようとしている。


 ―――おい! こいつまさか……


 トカゲは全身を震わせながら、あけたその口からなにかの光が漏れはじめる。
 ヤバイ! 吐く気だ! さっき腹部を強打したからか、右前足を斬られたからか……


 ―――ようするにアレを出そうとしているってことか!


 「ば、バルドさま! ブレスです!」
 「ブレスがくるぞ! 守備隊は総員陣地にて防御姿勢! 衝撃にそなえろ!」

 ぶれす? 何のことだ? そう言えばドラゴンはブレスという攻撃方法があると聞いたことがある。だが、こいつはただのトカゲだ。そこまでみなが恐れるもの……


 ―――そうか!


 これは隠語だ!

 ぶれすとは「ゲ〇」(アレ)のことだ!

 うちの宿屋にもある。
 例えば、トイレに行くは「三番」、休憩は「十番」と言うように。

 さすがにお姫様が「アレ」なんて言うのはマズイだろう。まわりの騎士たちも姫の前で「アレ」とか言わないだろうし。

 いずれにせよこのトカゲが、大きく口を開けて発射体制に入っていることは確かだ。

 「アレ」を!

 ―――冗談じゃない!

 そんなもの吐きまくられたらたまったもんじゃないぞ。臭いとか想像以上にしつこいからな。たまに酔っぱらった客でやっちゃう人がいるが、もう最悪である。

 そうなったら、専門業者に清掃をお願いしないといけなくなる!
 そんな費用はかけられんっ! けっこう高いんだぞ!

 トカゲには悪いが、一撃で仕留める―――! すぅうううううう

 全身に【闘気】を循環させてパワーをグングン高める。


 ギュルアァアア――――――!


 トカゲがその口からアレを大量に吐き出してきた。光輝くあれだ。だれも想像したくないだろうから、詳しくは形容しないでおく。

 俺は腰にグッと力を入れて、正眼に構えた剣を大きく振り下ろした。


 ――――――せいっ!!


 力いっぱい放った俺の斬撃は、トカゲの吐き出すアレごと真っ二つに分断していく。

 そして―――そのままトカゲは、体を左右に分断されて、ズウンンという音とともにこと切れた。

 「ふぅうう、なんとかなった」

 リエナたちも無事のようだ。
 アレシアも他の魔物をあらかた討伐したようだ。一息ついて額の汗をぬぐっている。さすが剣聖だ。オッサンがトカゲ一匹に時間をかけている間に、どれだけの魔物を葬ったのだろうか。

 「ふぁあああ~バルドさま! アースドラゴンをブレスごとたたき斬るなんて。もう無茶苦茶ですね……」

 リエナが駆けつけてきた。

 「ああ、ぶれす(アレ)はたしかに恐ろしい。浴びれば終わりだからな(アレを)。だが、俺が回避したらリエナたちがブレス(アレ)まみれになるだろう。そんなことは絶対にさせたくない。俺も流石に覚悟を決めたんだ」

 「そ、そうなんですね。私たちを守るためにブレス(ドラゴンの強烈な攻撃)に立ち向かてくれたんだ。ううぅう、バルドさまにも怖いものはあるんですね……もうなんでもいけちゃうだって事にしようとしてました……まだまだですね。わたし。」

 リエナが額に手を当てて、がっくしとうなだれている。

 当然ながら俺には怖いものなどいくらでもあるぞ。
 それこそ、奥地から最後に来るであろう魔物大量発生《スタンピード》の元凶となる魔物とか来たら。とてもじゃないが太刀打ちできん。
 間違いなくアレシアに対応してもらう事になる。オッサンなんかじゃどうにもならんからな。


 その時―――


 王都の中心地から光輝く壁が広がってきた。


 「おお、ミレーネの【結界】だな。たいしたもんだ」