宿屋「親父亭」の一室にて、王様と俺、リエナ、アレシアは一つのテーブルを囲んでいた。
 王様が俺をナトル王都防衛隊の隊長に任命する、と言い出したからだ。

 なんで?

 いやいや、ただのオッサンに王都の命運を委ねるなど、どうかしている。
 と、激しく主張したのが。

 「フォフォフォ、ナトル王国影の英雄がなにを言うとるんじゃ? お主だからこそ任せられるんじゃろが」

 笑いながらバシバシと肩を叩かれた。

 相も変わらずの意味不明なオッサンおしである。

 だけど、オッサンそんな大がかりな軍の指揮なんかできない。そもそもしたことがない。
 なので、王様にその旨を粘り強く説明する。

 1時間もしゃべりましたよ……

 説得のかいあってなのか、根負けしたのか、もうどうでもいいのだが、俺は宿屋周辺の防衛任務に就くことでなんとかおさまってくれた。守備隊の隊長はナトルの騎士にやってもらう。

 オッサンは自分がやれる範囲のことに全力を尽くすよ。
 やっと、話がまとまったよ。もう疲れた……


 「時にバルドよ」
 「はい、なんでしょう? 国王陛下」

 「ここは茶も出んのか? わし、長い隠し通路からこっちへ来るの大変だったのじゃぞ~馬車も使えんし」

 「ぐっ……はい、すぐに……」

 むぅ~来てくれなんて一言も言ってないぞ。
 とはいえ、これは失礼な事をしてしまった。

 ズズ~と出された茶を飲む王様。
 もう用事終わったなら早く帰ってほしい。宿泊客もあなたの髭とかみたらビビってしまうんですよ。


 「さてと、では本題じゃが……」

 ええぇ! 本題って、今までのはなんだったの!?

 「仮に魔物大量発生《スタンピード》が発生すれば、全ての防衛ラインで防ぎきれるかはわからん」

 たしかに、こればかりは発生規模によりけりだろう。

 「そこでじゃ、お主の宿屋に聖女殿が働いているそうじゃな。我が娘リエナより聞いておるぞ」
 「ああ、ミレーネですね。たしかにうちの従業員ですが。まさか……」

 「ふむ、そのまさかじゃ。ナトルには【結界】をはれる聖女がおらんのだ。彼女の力を貸してはくれんかのう」

 「……、それは俺……じゃない私が決めることではありません。本人に聞いてみないと。アレシア、すまないがミレーネと業務を交代して彼女を呼んでくれないか」

 アレシアはコクリと頷き部屋をあとにした。

 「国王陛下、ミレーネが来る前にひとつだけよろしいですか」
 「ふむ、なんじゃ申してみよ」
 「ミレーネが今回の件、引き受けないと言ったらそれ以上はおさないで頂きたいのです」
 「むぅ……そうか、しかしのぅ……わしは国民のなぁ」


 「――――――おさないでもらう!!」


 あ、しまった。国王陛下に失礼な物言いだった。
 つい気持ちが先行して、ちょっと熱くなってしまった。

 ミレーネはフリダニアの聖女を辞めてきた。本人は王子に解雇されたからと言っているが、我慢強い彼女が辞めるのだから、よほどのことが重なったのだろう。
 あくまで推測だが、フリダニアでは自分の意思を押し殺していたんじゃないかと思う。

 なので、第二の人生を歩むのなら、もうあまり我慢はしないで欲しいんだ。

 もちろん快く引き受けるのならそれで構わない。
 だが、嫌なら引き受けないという選択肢もありだ。彼女はもう聖女ではなく俺の宿屋の従業員なのだから。

 少しばかりの沈黙ののち―――王様がフムと頷く。

 「あいわかった。お主の弟子想いはようわかった。聖女殿が断った場合はもうなにも言わん。ただし断った場合じゃからな」

 そこへトントンとノックの音。

 「やあ、ミレーネすまないね」
 「おお、そなたが聖女ミレーネ殿か」

 「お初にお目にかかります。国王陛下、ミレーネ・フォンレリアと申します」

 彼女は両手でスカートの裾を軽く持ち上げて、王様に挨拶した。


 ―――俺は固まった。隣の王様も。


 だって、純白のメイド服聖女がミニスカート持ち上げるんだもん。
 これは全てのオッサンが瞬殺されるやつだ。

 恐るべしミレーネ……

 「「痛ててててて!」」

 いきなりリエナが俺と王様を思いっきりつねった。それはもう満面の怖い笑みで。容赦なしかよ。

 「お父様! さっさと要件を話してくださいっ!」
 「バルドさま! しまらない顔をしないっ! さっきまでカッコ良かったんだから、最後まで貫いてください!」

 「「……はい」」

 「あらあら、フフ、お二人ともリエナ姫には頭があがらないのですね」

 「ご、ゴホン。うむ、わしはミレーネ殿にお願いがあって来たのじゃ」
 「ええ、ワタクシがナトルに【結界】をはればいいのですね? それ以外に国王陛下がワタクシを訪れる理由はあるりませんものね」
 「お、おお……そうじゃ。やってくれるのか?」
 「もちろんです。ナトルはワタクシとバルド先生の新天地ですから。万が一にも無くなったら困ります」

 ミレーネはそう言うとニッコリと俺に微笑んだ。

 「ミレーネ……」
 「バルド先生。これはワタクシの意思です。弟子想いの先生の気持ちは、さきほどドアの外から聞かせて頂いたので大丈夫ですよ」

 俺が話を始める前に、ミレーネが言葉をかぶせてくる。
 ていうか聞かれてたのかよ……オッサンなんか恥ずかしいじゃないか。

 「ふふ、あんなに大きな声を出せば聞こえますよ」

 「ふぅ―――そうか。ミレーネがそう決めたのならば、全力で応援するよ俺は」

 そうと決まれば、あとは打ち合わせだ。

 ミレーネが言うには彼女の【結界】はナトル全体を覆うことも可能らしい。
 ただし、広範囲な【結界】ほど発動させるために魔力をためる時間が必要で、この規模だと数日は必要らしい。

 しかしいかに小国とはいえ、ナトル全体を【結界】で覆えるなんて……ミレーネがどれほどの努力を重ねてきたかがわかる。
 オッサンには到底たどりつかない領域だ。

 「ふむ、しかしフリダニアの新しい聖女殿は【結界】をはれるのかのう」

 王様が素朴な疑問を口にする。

 「国王陛下、ワタクシが見た限りでは彼女もそこそこの魔力を持っております。ある程度の【結界】ははれるでしょう。ただし―――フリダニア全域にはることは難しいと思います」

 ミレーネがその綺麗な顔を少し曇らせた。
 そして彼女は言葉を紡ぐ。

 「ですが、フリダニアが大森林に面している国境だけならばじゅうぶんにカバーできるでしょう」

 たしかに大森林に大部分を囲まれているナトルと違い、フリダニアが大森林に面している国土は一部だ。全土を【結界】で覆う必要はない。

 その他もろもろ細かな打ち合わせが終了すると、ミレーネが立ち上がる。

 「さて、バルド先生。ワタクシは出発の準備をしますね」

 ミレーネは王都の中央教会に向かうことになった。
 教会は【結界】に必要な聖属性の魔力を集約しやすい環境が整っているからだ。

 彼女は王様に一礼をすると、部屋を後にした。純白のメイド服をヒラヒラさせながら。


 「ところで、国王陛下。もし魔物大量発生《スタンピード》が発生すれば、リエナ姫は王城にお連れすればいいですか?」

 まあ当然の処置だろう。王城の方がはるかに安全だからな。

 「「ええ! なんで!」じゃ!」

 いや、親子2人でハモられても。
 想定外の回答してくるじゃないの、この2人。

 「嫌ですっ! バルドさまのお傍がいいです!」
 「そうじゃ! バルドのそばがいいのじゃ!」

 おい……

 俺はこれ以上言葉を発することをあきらめた。
 オッサンに何を期待しているのか全く理解できないが、もうこの親子に何を言ってもダメっぽい。

 王様は「邪魔したのう」と言って隠し階段の方へ向かって行く。

 またそこから帰るんだ……

 帰り際、王様はリエナとすこし言葉を交わしていたようだ。


 「フォフォフォ、リエナよ。さきほどのあやつの放った殺気を見たか。かつて【殺眼の魔獣】と恐れられたわしを黙らせよったわ。万が一にも魔物大量発生《スタンピード》が発生した時は、バルドの傍におれ。――――――そこが一番安全じゃ」