アレシアとセラが左右からフォレストビーの群れを追い立てる。
群れが宿屋上空に密集し始めて、ブンブンと羽音が重なり周辺は騒音の嵐となりはじめた。
「先生! なんとか魔物たちの注意をこちらにひきつけました! 長くは持ちません!」
「良くやってくれた! あとは俺がやる!」
宿屋はミレーネが【結界】をはってくれている。
あとはこの大量に飛んでいるハチの魔物が、王都に行かなければいい。
―――ぬぅうう
【闘気】を集中して全身に巡らせる。
―――ぬぅうううう
俺の身体からパワーがどんどん膨らんでいく。
と同時に―――
―――すぅううううう
空気を思いっきり肺に詰め込める。
よしっ!
「みんな―――耳をふさげぇえええ!」
「え! バルドさま? 耳? なんで!」
「リエナ! 早く先生の言う通りに!」
ぐるりと周囲に視線をめぐらせる。リエナも言われるがままに両手で耳を塞いでいる。
リエナ、俺は結界ははれない……魔法自体を使えないからな。
だが―――
飛ばすことはできる!
せぇ―――――――――い!!
「な、なに……今の大声はバルドさま?……てっ! なんか壁みたいのが飛んでった!」
―――そう、これは【闘気】を放出しているのだ。リエナが見たのは【闘気】の壁である。
気合の大声とともに俺の全身から放たれたエネルギーの壁は、真正面にいるフォレストビーの大群に激突して、魔物ともども森の方へと飛んでいった。
「ふうぅ……なんとかなった」
「え? え? なんですかこれ? 「せーい」で壁作れるの!? どういうこと!?」
「リエナ、バルド先生は【闘気】を飛ばしたのです」
「ミレーネの言う通りだよ。体中から【闘気】を大量に練り上げて、大声で一気に放出しているんだ。俺はこれを【オッサンの壁】と呼んでいる」
「呼んでいる!? はぁ……バルドさまってやっぱり無茶苦茶ですね……あんな大群をまとめて飛ばしちゃうなんて」
リエナが俺の顔を見て肩を竦めた。
たしかに初見では少しビックリするかもしれないが、ぶっちゃけ【闘気】を飛ばしているだけだ。
「ああ、もしかしてバルドさまの朝の鍛錬で毎日大声出してるのって、これのこと!」
「そうだな、鍛錬ではイメージが大事だからな」
【一刀両断】も同じくだが、【闘気】はイメージが重要だ。同じイメージを何度も繰り返す必要がある。
オッサンの壁は声にのせて【闘気】飛ばすイメージなので、毎日その型を繰り返し練習する。
ミレーネが幼少の頃に聖女を目指すと決めてからは、彼女と毎日この訓練をしていた。
「まあオッサンの壁は、ミレーネの【結界】の超劣化版だと思ってくれればいい」
「ええぇ……思えるかなぁ……なんかとんでもなく大きな壁だった気がしますけど……」
「ミレーネは長時間【結界】を固定維持できるし。時間をかければ俺よりもいくらでも広範囲まで広げられる。俺のは固定も出来ないんだ。さっきみたいに遠くに飛んでっちゃう」
「飛んでっちゃうって……魔物たちが、はるか大森林の彼方まで吹き飛ばされていった風に見えましたけど……」
ちなみに彼女の【結界】は従来の聖属性魔法に【闘気】をブレンドして発動している。
なので、従来の歴代聖女が使う【結界】よりも、強固で広範囲に展開ができる。
これはすべて彼女自身が努力により勝ち得た力だ。
「ようするに俺の壁は、なんちゃって【結界】だよ」
「なるほど……ちょっとバルドさまのなんちゃってレベルを理解する時間が必要かもです……」
リエナが俺を見てしきりに首を傾げたり、難しい顔をする。
しまったな……調子に乗ってしゃべりすぎた。オッサンのショボイなんちゃって結界の話なんか、聞きたくもないだろう。
どうもこの年になると、説教じみたことを長々と話していかん。
「ところで、なぜフォレストビーがこんなにも大量発生したのでしょう? 巣は大森林の奥地にあるはずだし。刺激を与えなければ比較的おとなしい魔物のはずなのに……気になります」
「そうですね。ワタクシもリエナと同意見です。もし奥地で大量発生したのではなく、なにものかに住処を追われたのだとしたら……」
ミレーネがリエナの意見に頷く。
―――ピキッ!
あ!?
2人が真剣な会話を交わしていいるところ、悪いが…オッサン来てしまった。例のアレが……
―――ピキッ! ピキッ!
大っ嫌いなアレ。
片膝を地面につけてガクッと崩れるオッサン。
「グッ……」
「ええ!? バルドさま!?」
「ああ、バルド先生。そうでしたね。久しぶりで忘れてましたワタクシ」
【オッサンの壁】、実はこれには欠点がある。
尋常ではない痛みが、ピキピキッっと体中を走る。
―――そう、使用後に激痛が走るのだ。ちょっと時間差で。
全身から一気に【闘気】を放出するから、身体に相当な負担がかかるのだろう。
ちなみに【一刀両断】は【闘気】を体と剣に一体化させて強化するので、【闘気】を全て放出してしまうわけではない。
なので【オッサンの壁】はほとんど使用しない。というか極力使いたくない。今回のようにやむを得ない場合のみだ。だってこの年でピキッてなるのはキツイんだもん。
しかし、やはり使用後はほとんど動けんな……ムギュ~~んん?
なんか柔らかいの飛びついてきた……
―――ってリエナかぁあ!
「ちょ、リエナ何やってんだ! 離れなさい!」
「え? 何故ですか? いまからバルドさまに回復魔法をかけるんですぅう」
「いや、待てリエナ! いろいろヤバイものが当たって……ムギュ~~~」
うわぁああ、この子、容赦なく締め付けてくるじゃないの!
「なにも問題はありません~それ~♡」
「なんですリエナ! その斬新なヒール! 回復魔法ならワタクシの方が得意です! えいっ!」
「こら! ミレーネまでなにやってんだ!」
「「ヒール♡ ヒール♡ ヒール♡」」
両サイドから柔らかいものでムギュムギュ~~
――――――色んな意味で死にそうだこれ!
なんとか顔を上げるとアレシアがモジモジしていた。
「あ、あたしも……うぅうう恥ずかしすぎてできないぃいい!」
何が!?
そもそもアレシアは、回復魔法っていうか魔法そのものが使えないでしょ!
「あ~~ご主人様~~セラも行くデス~~ギュウギュウ」
ぎゃぁああああ、強いぃいい~~折れる折れる~~
小一時間がたち―――俺はようやく解放された。
最後にセラの怪力で締め上げられたので、なんか頭がチカチカする。
「よ、よし。とりあえずみんな仕事に戻るぞ」
とりあえず危険は去った旨をお客さんにアナウンスしないとな。
……ん? なんか服の袖をクイクイ引っ張られるのだが。
振り向くとミレーネが俺の袖を掴んでいた。
そういえば、この子。外に行くときは良く俺の袖を掴んでいたな。懐かしい。
「フフ、バルド先生の周りは賑やかですね。ここなら……楽しい事の方がたくさんありそうです」
ミレーネが少し含みのある言い方をした。
おそらく彼女は、魔物が怖い自分をなんとかしようと必死に努力しているのだろう。
だが、トラウマなんてそう簡単に癒えるものではない。
さらにミレーネは言葉を紡ぐ。
「この宿屋に来て良かったです。ワタクシ、まだまだバルド先生から学ぶことがあるようなので」
「そうだな、まあミレーネの好きなだけいればいいさ」
「はい! もちろんです!」
ミレーネは可愛らしいガッツポーズをして、俺から離れて行った。
俺から学ぶことがあるようには思えんが、彼女がこの宿屋を帰ってくる場所にしたければそれでいい。俺はリエナ達のもとへ駆けていく聖女の背中を見てそう思った。
―――さて、まずは白ティーシャツを着替えたい。色んな汗をかいたからな……んん!?
ブルブルブル
うわぁ~~あれきたぁあああ!
通信石が俺のズボンの中で揺れている。
そう、フリダニア王国第一王女マリーシアさまからの着信である。
怖い……なんだろう。
群れが宿屋上空に密集し始めて、ブンブンと羽音が重なり周辺は騒音の嵐となりはじめた。
「先生! なんとか魔物たちの注意をこちらにひきつけました! 長くは持ちません!」
「良くやってくれた! あとは俺がやる!」
宿屋はミレーネが【結界】をはってくれている。
あとはこの大量に飛んでいるハチの魔物が、王都に行かなければいい。
―――ぬぅうう
【闘気】を集中して全身に巡らせる。
―――ぬぅうううう
俺の身体からパワーがどんどん膨らんでいく。
と同時に―――
―――すぅううううう
空気を思いっきり肺に詰め込める。
よしっ!
「みんな―――耳をふさげぇえええ!」
「え! バルドさま? 耳? なんで!」
「リエナ! 早く先生の言う通りに!」
ぐるりと周囲に視線をめぐらせる。リエナも言われるがままに両手で耳を塞いでいる。
リエナ、俺は結界ははれない……魔法自体を使えないからな。
だが―――
飛ばすことはできる!
せぇ―――――――――い!!
「な、なに……今の大声はバルドさま?……てっ! なんか壁みたいのが飛んでった!」
―――そう、これは【闘気】を放出しているのだ。リエナが見たのは【闘気】の壁である。
気合の大声とともに俺の全身から放たれたエネルギーの壁は、真正面にいるフォレストビーの大群に激突して、魔物ともども森の方へと飛んでいった。
「ふうぅ……なんとかなった」
「え? え? なんですかこれ? 「せーい」で壁作れるの!? どういうこと!?」
「リエナ、バルド先生は【闘気】を飛ばしたのです」
「ミレーネの言う通りだよ。体中から【闘気】を大量に練り上げて、大声で一気に放出しているんだ。俺はこれを【オッサンの壁】と呼んでいる」
「呼んでいる!? はぁ……バルドさまってやっぱり無茶苦茶ですね……あんな大群をまとめて飛ばしちゃうなんて」
リエナが俺の顔を見て肩を竦めた。
たしかに初見では少しビックリするかもしれないが、ぶっちゃけ【闘気】を飛ばしているだけだ。
「ああ、もしかしてバルドさまの朝の鍛錬で毎日大声出してるのって、これのこと!」
「そうだな、鍛錬ではイメージが大事だからな」
【一刀両断】も同じくだが、【闘気】はイメージが重要だ。同じイメージを何度も繰り返す必要がある。
オッサンの壁は声にのせて【闘気】飛ばすイメージなので、毎日その型を繰り返し練習する。
ミレーネが幼少の頃に聖女を目指すと決めてからは、彼女と毎日この訓練をしていた。
「まあオッサンの壁は、ミレーネの【結界】の超劣化版だと思ってくれればいい」
「ええぇ……思えるかなぁ……なんかとんでもなく大きな壁だった気がしますけど……」
「ミレーネは長時間【結界】を固定維持できるし。時間をかければ俺よりもいくらでも広範囲まで広げられる。俺のは固定も出来ないんだ。さっきみたいに遠くに飛んでっちゃう」
「飛んでっちゃうって……魔物たちが、はるか大森林の彼方まで吹き飛ばされていった風に見えましたけど……」
ちなみに彼女の【結界】は従来の聖属性魔法に【闘気】をブレンドして発動している。
なので、従来の歴代聖女が使う【結界】よりも、強固で広範囲に展開ができる。
これはすべて彼女自身が努力により勝ち得た力だ。
「ようするに俺の壁は、なんちゃって【結界】だよ」
「なるほど……ちょっとバルドさまのなんちゃってレベルを理解する時間が必要かもです……」
リエナが俺を見てしきりに首を傾げたり、難しい顔をする。
しまったな……調子に乗ってしゃべりすぎた。オッサンのショボイなんちゃって結界の話なんか、聞きたくもないだろう。
どうもこの年になると、説教じみたことを長々と話していかん。
「ところで、なぜフォレストビーがこんなにも大量発生したのでしょう? 巣は大森林の奥地にあるはずだし。刺激を与えなければ比較的おとなしい魔物のはずなのに……気になります」
「そうですね。ワタクシもリエナと同意見です。もし奥地で大量発生したのではなく、なにものかに住処を追われたのだとしたら……」
ミレーネがリエナの意見に頷く。
―――ピキッ!
あ!?
2人が真剣な会話を交わしていいるところ、悪いが…オッサン来てしまった。例のアレが……
―――ピキッ! ピキッ!
大っ嫌いなアレ。
片膝を地面につけてガクッと崩れるオッサン。
「グッ……」
「ええ!? バルドさま!?」
「ああ、バルド先生。そうでしたね。久しぶりで忘れてましたワタクシ」
【オッサンの壁】、実はこれには欠点がある。
尋常ではない痛みが、ピキピキッっと体中を走る。
―――そう、使用後に激痛が走るのだ。ちょっと時間差で。
全身から一気に【闘気】を放出するから、身体に相当な負担がかかるのだろう。
ちなみに【一刀両断】は【闘気】を体と剣に一体化させて強化するので、【闘気】を全て放出してしまうわけではない。
なので【オッサンの壁】はほとんど使用しない。というか極力使いたくない。今回のようにやむを得ない場合のみだ。だってこの年でピキッてなるのはキツイんだもん。
しかし、やはり使用後はほとんど動けんな……ムギュ~~んん?
なんか柔らかいの飛びついてきた……
―――ってリエナかぁあ!
「ちょ、リエナ何やってんだ! 離れなさい!」
「え? 何故ですか? いまからバルドさまに回復魔法をかけるんですぅう」
「いや、待てリエナ! いろいろヤバイものが当たって……ムギュ~~~」
うわぁああ、この子、容赦なく締め付けてくるじゃないの!
「なにも問題はありません~それ~♡」
「なんですリエナ! その斬新なヒール! 回復魔法ならワタクシの方が得意です! えいっ!」
「こら! ミレーネまでなにやってんだ!」
「「ヒール♡ ヒール♡ ヒール♡」」
両サイドから柔らかいものでムギュムギュ~~
――――――色んな意味で死にそうだこれ!
なんとか顔を上げるとアレシアがモジモジしていた。
「あ、あたしも……うぅうう恥ずかしすぎてできないぃいい!」
何が!?
そもそもアレシアは、回復魔法っていうか魔法そのものが使えないでしょ!
「あ~~ご主人様~~セラも行くデス~~ギュウギュウ」
ぎゃぁああああ、強いぃいい~~折れる折れる~~
小一時間がたち―――俺はようやく解放された。
最後にセラの怪力で締め上げられたので、なんか頭がチカチカする。
「よ、よし。とりあえずみんな仕事に戻るぞ」
とりあえず危険は去った旨をお客さんにアナウンスしないとな。
……ん? なんか服の袖をクイクイ引っ張られるのだが。
振り向くとミレーネが俺の袖を掴んでいた。
そういえば、この子。外に行くときは良く俺の袖を掴んでいたな。懐かしい。
「フフ、バルド先生の周りは賑やかですね。ここなら……楽しい事の方がたくさんありそうです」
ミレーネが少し含みのある言い方をした。
おそらく彼女は、魔物が怖い自分をなんとかしようと必死に努力しているのだろう。
だが、トラウマなんてそう簡単に癒えるものではない。
さらにミレーネは言葉を紡ぐ。
「この宿屋に来て良かったです。ワタクシ、まだまだバルド先生から学ぶことがあるようなので」
「そうだな、まあミレーネの好きなだけいればいいさ」
「はい! もちろんです!」
ミレーネは可愛らしいガッツポーズをして、俺から離れて行った。
俺から学ぶことがあるようには思えんが、彼女がこの宿屋を帰ってくる場所にしたければそれでいい。俺はリエナ達のもとへ駆けていく聖女の背中を見てそう思った。
―――さて、まずは白ティーシャツを着替えたい。色んな汗をかいたからな……んん!?
ブルブルブル
うわぁ~~あれきたぁあああ!
通信石が俺のズボンの中で揺れている。
そう、フリダニア王国第一王女マリーシアさまからの着信である。
怖い……なんだろう。

