くっ……流石に動きすぎたか。
 だが動けば誰でも汗をかくし、俺のような年齢になれば新陳代謝も鈍る。そんな若くてフレッシュな汗など出ないのだ。そこはわかって欲しい。

 そんな俺にいきなり柔らかいものがバイ~ンっと飛びついてきた。リエナだ。
 この子は本当によく飛びついてくるな。

 「バルドさま~~凄い凄い凄いですぅうう! あんな巨大ゴーレムを倒しちゃうなんて!」

 ちょっ、何やってんだ! オッサンは臭いんだぞ! さっき固まってたじゃないか!

 いや、待てよ……いくらリエナが飛びつき癖があるからといって、加齢臭プンプンのオッサンにまで飛びつくだろうか?


 つまり……俺は臭くないのではないか? 


 するとリエナから「ヒール」という言葉と共に優しい光があふれ出して、俺を包んでいく。
 おお! なんだか体が芯から安らいでいくぞ。

 あ、これ回復魔法なのね。なるほど、リエナのは密着しないとダメなやつなのか? 正直なところ魔法には詳しくないから良くわからん。
 まあ、一国の王女が皆の前で飛びつくのはどうかと思うが。

 にしても大げさだな。あれは故障まみれの魔力漏れしまくりのゴーレム、単に大きいだけだったぞ。

 「はわぁあああああ! ば、バルド将軍……キングゴーレムを斬った!? 魔道具大国の最高秘密兵器を「せいっ!」した~~」

 ヌケテルもリエナに続いてオーバーアクションを取りまくる。

 ヌケテルがはわはわ叫んでいるところへ、1人の女性がスッと来た。アレシアだ。

 「さすが先生です……あたしまた助けられました」

 彼女は恥ずかしさと嬉しさが混ざったような複雑な表情をしてから、視線をわずかに逸らした。

 「ハハっ、最後だけな。アレシア、本当によく頑張った。偉いぞ」

 俺は最後にチョロっと故障ゴーレムを斬っただけだ。
 ノースマネア1万の軍勢を押し返すことができたのは、アレシアが先陣をきって奮戦したからだ。

 本当に良く頑張ったと思うよ。オッサンはすごく誇らしい。
 俺はアレシアを褒めまくった。

 「やっぱり先生は変わらないです」

 彼女は再び俺に視線を向けると、銀髪を揺らしながらクスっと微笑む。
 いつものアレシアに戻ったような気がする。

 「せ、先生? アレシア隊長が先生と呼ぶ人!?」
 「あ、あなたがアレシア隊長の師匠!?」

 なんか、急に俺の周りに人が集まり出した。しかも見覚えあのある鎧。ナトルのではなくフリダニアのものだ。

 アレシアによると、彼らは元部下らしい。
 なんでもゲナス王子に理不尽にもクビにされたとか。それなのにアレシアの元に助太刀に来るとは、彼女がいかに慕われてたかが良くわかる。

 「バルド殿、巨大ゴーレムとの戦いお見事でした。聞きしに勝る強さとはこのことですな!」
 「フフ、先生は凄いんだ。前からずっとあたしが言ってるだう」

 ふむ、なんか話がよくわからん。聞きしに勝るってなんのこと? 

 「さすが剣聖アレシア隊長のお師匠様だ!」
 「握手してください!」
 「バルド様バンザーイ!」

 なんかオッサンコールが始まった。
 いやいや、ただのオッサンなんだけどな。
 アレシアは最強の剣聖だ、そんな剣聖が先生とか言うもんだから。みんな若干勘違いしているんだろう。

 しかしここで本当の事を言っても場がしらけるだけだ。空気ぐらいは読めるぞ。そう俺も無駄に歳は取っていない。
 よし、ひとつ乗ってやろうじゃないか。

 「ハハ~そうだ! あんなゴーレムごときに後れを取る俺ではないぞ~~、よし握手した人は並びなさい。なんならサインもするぞ~~」

 ちょっと調子に乗りすぎたか。いやでも乗る時はガッツリ乗らないとな。
 本気で握手なんかしたいわけがないだろうと思っていたら……!?


 ビビるぐらい人が並んだ……


 まてまて、ガチで並ばなくていいんだけど……
 オッサンと握手してどうするんだ。

 俺が長蛇の列と握手会していると、リエナとアレシアがなにやら話し込んでいる。

 (ねぇ、アレシアはブラックゴーレム兵を20体瞬殺したうえに、この巨大ゴーレムをあっさり斬れるの?)
 (冗談だろう、リエナ。いくらあたしでもブラックゴーレム20体を瞬殺などできん。さらに先ほどの巨大ゴーレムは闇能力がなかったとしても、あたしが勝てたかすらわからん。こんなんことができるのは間違いなく先生だけだ)
 (やっぱりゴーレム達は最強部隊じゃん! 良かった~わたしなんか間違っているのかと思っちゃった~やっぱりバルドさまが凄すぎただけなのね~あ~スッキリした~)
 (フフ、リエナ。先生の強さは無限だ。あの人が生み出す【闘気】には誰も敵わない)

 内容は良く聞こえないが、ウフフアハハと楽しそうだな。
 ようやく長蛇の列が消えて、最後の一人とニギニギした俺は、ふぅっと一息ついた。

 「やっと終わった……」
 「バルドさま大人気ですね~~」
 「先生なら当然だ! むしろ今まで人気がでなかったほうがおかしい!」

 オッサンもう手が痛いよ。まだオッサンコールみたいなん続いているし……。もう早く帰りたい。とにかく白ティーシャツ着替えたい―――

 ブルブルブル

 「うお!?」

 わぁ! またきた! 揺れるのきた! 

 ポケットに入れていた通信石の着信バイブだ。
 フリダニア王国のマリーシア王女さまからだ。怖い……なんだろう、緊張が高まり汗がにじみ出てきた。

 『バルド様、マリーシアですわ。あら? 随分まわりが騒々しいようですね?』
 「え? これはオッサンコール……じゃなくてですね、え~と」
 「マリーシア王女、リエナです! これはですね~バルドさまが大活躍して賞賛の嵐が巻き起こっているんですよ」

 こら、リエナ! このネタはマリーシアさまには伝わらないぞ。内輪ネタはその場の者にしかわからんのだから。寒いじゃないか!

 『まあ! やっぱり! ナトルの防衛に成功したのですねっ! 流石ですわ! わたくしのバルド様~~♡』

 「やっぱり」ってどういうこと?
 それから、マリーシアさまとリエナとアリシアも加わり、楽しそう(?)な会話がはじまった。
 「わたくしのですわ!」「いえ、もうナトル国民ですからわたしのです!」「いや、先生はあたしが!」等とよくわからん会話だ。

 長話はいいのだが、オッサンそろそろ帰りたいよ。

 『あ、そうでしたわ。お兄様(ゲナス王子)が山岳地帯に兵力を集中した理由ですが』

 マリーシアさまが思い出したように話題を変える。
 そういえば、フリダニア王国のゲナス王子は、なぜか無価値な山岳地帯に兵を送っていたのだったな。

 『どうやらお兄様はあの山岳地帯に何かを隠しているようですわ』
 「そういえばノースマネア兵が、退却する際に山岳地帯へ行くと言ってたな。なにか臭うな」
 『ええ、アレシア。臭いますわ』

 ―――!? 


 臭うだと……


 「アレシア隊長。我々もなぜここまで山岳地帯に兵をさくのかとゲナス王子に聞きましたが、良くわからない返答ではぐらかされました。確かに臭います」

 アレシアの元部下たちも一斉に臭う臭うと言い始めた……
 マジかよ……俺の中に嫌な予感が渦巻き始める。

 「それは、確かに臭いますね」

 リエナまで……さっき飛びついてたのに……
 そして、予感は確信に変わる。

 やっぱり臭ってるの? そうなんだな! 


 ―――おれの白ティーシャツ、やっぱ臭ってるんじゃないかあぁああ!