「葉山君、おはよー」
「蓮君、今日も格好良い!」
「こっち向いて、葉山くん!」

 教室に入れば、いつものようにアイドルばりな挨拶をされる蓮。蓮も爽やかな笑顔で返す。

 俺は、いつもついで。あまり顔も見てもらえないのだが……。

「佐倉君もおは……よ?」
「誰?」
「転校生、こんな顔だったっけ?」

 クラスメイトらが、蓮ではなく俺に注目し始めた。前髪フィルターがないので、その光景に圧倒されて声が出ない。

 蓮の後ろに隠れれば、蓮が困った顔で皆に向けて言った。

「僕の彼氏を困らせないでくれるかな?」

 その一言で、皆が一瞬固まった。
 そして、全員が一斉に声をあげた。

「「「「「えー!」」」」」
「え、本当にあの佐倉君?」
「マジで?」
「うわ、イケメン!」
「格好良いっていうか、可愛い系だよね」
「うんうん、あたしより可愛い」
「羨ましいな、このヤロー」

 教室内を飛び交う言葉が、全て悪口に聞こえる。非難されているような気分に陥る。

 逃げ出したい気持ちになっていると、担任の先生が海斗を引き連れ、教室内に入ってきた。

「皆、席着けー。出欠とるぞ」

 そう言って、先生が教壇の前に立った。

「転入生の(はら) 海斗(かいと)君だ。みんな仲良くするように」
「宜しゅう頼んます。気軽に海斗君って呼んでかまへんで」

 海斗がウィンクをサービスすれば、女子達が色めき立った。

「えーと、席は後ろに準備して……」
「あ、先生。おれ、晴翔の横がええんやけど」
「晴翔?」

 苗字じゃないので、先生もすぐにピンと来なかったらしい。暫し考えた後に、分かったようだ。

「ああ、佐倉か。お前ら修学旅行で知り合ってたんだったな。じゃあ、佐倉の隣……」

 先生が俺を二度見した。

「佐倉……?」

 驚いた様子の先生を直視出来なくて、俯き加減に小さく返事した。

「はい」

 先生は、驚いたまま隣の男子生徒に指示を出した。

「あー、そこ席変わってあげてくれないか?」
「えー、ぼく佐倉君の横が良い」
「は?」

(お前、俺の横になった時、『マジハズレ引いたんだけど。誰か変わってよ』って言ってなかったか?)

 チラリと彼の方を見れば、頬を赤く染めてウィンクされた。背筋がゾッとした。

「ほらほら、転入生には優しくしなきゃだろ? 変わってやれ」

 先生がもう一度言えば、隣の彼は、渋々一番後ろの席に移動した。

「はぁい」
「堪忍な」

 海斗も笑顔で軽く謝罪してから、俺の横の席に座った。

「改めて宜しゅうな。てか、ここ来た途端、めっちゃ殺気感じんねやけど。気のせいやろか?」
「殺気? 海斗君、そんなの分かるの?」

 俺も飛行機の中で感じたが、あれから分からないので気のせいだったのだろう。

 海斗は身震いしながら言った。

「なんか、背中がゾクゾクってすんねん」
「背中?」

 海斗の後ろを見れば、後ろの席で蓮がアルカイックスマイルを浮かべていた。

 いや、普通に怖いんだけど。

「はい。じゃあ、このまま授業始めるぞ」
 
 先生が言えば、皆が教科書とノートを取り出した。

◇◇◇◇

 昼休憩。

 いつものように、三崎と山田とお弁当を食べようとすれば、これまたいつものように蓮も混じってきた。そして、今日は海斗も。

 三崎が、落ち着かない様子で言った。

「晴翔。お前、オレ達とつるんでて大丈夫?」
「え?」
「だって……なぁ、山田?」
「うん。だって、晴翔。どう見てもそっちのグループだろ」
「そっち?」

 山田が手で見えない線を描いた。

 俺と蓮、海斗。三崎と山田の二つに分かれた為、俺も見えない線を描きながら言った。

「いやいやいや、どう見てもこうだろ」

 蓮と海斗の前に見えない線を引く。

「まぁ、晴翔が良いなら良いけど」

 三崎が言えば、山田も後ろを一瞥して言った。

「てか、見た? アイツらの悔しそうな顔」
「見た見た。蓮だけじゃなくて、海斗君にもランチ断られて、間抜け面だったよな」

 いつも俺達三人を小馬鹿にしてくる陽キャメンバー。俺もその顔を見てスッキリだ。

 そう思って言えば、山田が呆れたように言った。

「いやいや、一番は晴翔。お前だと思うよ」
「俺?」
「お前。ただでさえゲイだと思われてんのに、その顔だぜ? 狙われんだろ」
「え、晴翔ってゲイなん?」

 海斗が興味津々に聞いてきた。それに対し、蓮がドヤ顔で言った。

「僕と付き合ってるんだよ。ね、晴翔」
「マジで?」
「う、うん」

 照れながら返事をすれば、海斗が残念そうに言った。

「なんや。相手おるんかいな。おれが貰おう思うたのにな」
「え!?」
「冗談やって。別れたら、おれんとこ()いや。めっちゃ可愛がったんで」

 それは、冗談なのだろうか。
 そして、蓮が敵対心を燃やし始めた。

「安心して。僕らが別れることは一生ないから」

 普通に嬉しい。“一生”だなんて、言われてみたかった。

 感極まっている中、二人はまだ話を続けている。

「そんなん分からんやん。お前、愛重そうやし。束縛酷かったら嫌われんで」
「ご心配、どうもありがとう」
「あ、せや。演劇、おれも参加することになってん」

 急に話が変わって、一瞬蓮の額に薄っすら青筋が浮かんだ。

「そうなんだ。もう役は埋まってるから裏方かな?」
 
 蓮が嫌味っぽい言い方をしたが、気にした素振りもなく、海斗は言った。

「隣の国の王子様や」
「「「隣の国の王子様?」」」

 はて、隣の国のお姫様に王子様が取られるのは知っているが、隣の国の王子様なんて出てきただろうか?

「王子様が隣の国のお姫様と結婚して、人魚姫は泡になって消えるんやろ? メリーバッドエンド、可哀想やん」
「まぁ、可哀想だけど……隣の国の王子様なんて出てきたっけ?」
「せやから、クズな王子様に変わって、おれが幸せにしたろかなって」
「クズ……」

 蓮の額に完全に青筋が浮かんでいる。

「脚本担当の女の子に頼んで、原作をちょちょいっと変えさせてもろうてん」
「そ、そうなんだ」

 休憩時間の度に、海斗は女子らに声をかけられていたので、その時だろうか。転校初日に凄い行動力だと感心していたら、海斗は嬉しそうに言った。

「ついでに、最後キスシーンもあんねん」
「「は?」」
「ま、フリやけどな」

 それを聞いてホッとする。たとえ演技と言えど、蓮以外の男子とキスをする気にはなれない。

「フリでも嫌だ。僕、ちょっと抗議してくる」

 蓮が立ち上がれば、海斗が呆れたように言った。

「心の狭いやっちゃなぁ。演技くらいで何嫉妬しとんねん。せやから嫌われんねやで」
「か、海斗君。俺、嫌ってなんて……」

 蓮は、再び椅子に座り直した。

「まぁ、たかが演劇だからね。晴翔、帰ったら沢山チューしようね」
「蓮……」

 恥ずかし過ぎる。人前でチューなんて。

「晴翔、またアイス一緒に食べよな。間接キッスや」
「海斗君まで……」
「晴翔、ディープなのしようね。アイスよりもとろとろにしてあげるよ」

 もう俺の顔は、ゆでだこのように真っ赤だ。

 三崎と山田は、俺達の関係自体まだ演技だと思っているので、蓮の言動にポカンとしている。そろそろ本当の事を言った方が良いかもしれない。

 そんなこんなで、昼休憩は、蓮と海斗が張り合って終わった。