泣いたのはあのとき以来だった。笑ったのはもっと昔のこと。あのときの涙とは違う。こんな温かい涙が頬を伝い流れてくるなんて思わなかった。

 生きることの意味を探した。あのとき以来、生きることに意味があるかと考えた。考えながらもただ無気力に日々を過ごした。こうやって何も考えずに、頑張らなくてもいいからただ生きていれば、生きてさえいれば夜は明け太陽が上がったから。

 そうして毎日を消化する。それだけの簡単な日々だった。

 だけど生きていることに感謝するくらいの高揚感。会場を出ると夜風が頬をたたいた。少し寒かったのに体はまったく寒くなく、むしろポカポカとしていた。

「楽しかったー」

 もえちゃんが空に向かってそう叫ぶ。
 もえちゃんだけじゃない、会場から出てきたみんなが同じ顔をしている、幸福に満ちて、だけど少しもの寂しげな表情で放心状態の子もいる。

 この子たちもまた明日から生きていくんだ。
 頑張って生きて頑張って勉強して、頑張って仕事して、頑張って子ども育てて、そしてまたここに戻ってくるんだ。

「もえちゃん、ご飯食べに行こ!」
「わー、お腹ペコペコ」
「で、お酒とお菓子買ってうちで飲まない?」
「それいい!」

 焼肉を食べに行ってお腹いっぱい食べた。さっきのライブをいちから思い返して話す。私が見逃したところはもえちゃんが見ていて、もえちゃんが見逃したところは私が見ている。

 家に帰りシャワーを浴びてパジャマに着替え、準備万端にしたあとお酒を広げてごろんとマットに寝っ転がった。

「早くDVDほしいね」

 ふたりの話がちぐはぐになるから答え合わせしたくてそう言った。
 
「え、そっか、それ見たい! 今日DVD収録だったらいいな」
「カメラ多かったしあるかも! ねぇそしたら鑑賞会しない?」
「鑑賞会?」
「そう! ふたりで一緒にカラオケボックスで大きいスクリーンで鑑賞会!」
「それいい! 絶対楽しい」

 明日からまた頑張ろうって思える。

「てかこの前録画してた歌番組見る?」
「え? 見たい! 私ほんとに何もなくて、公式の動画延々リピしてるの」
「よし、じゃあ今日はすずコレクションを垂れ流しながら寝落ちするまでHOPETOYSの話しよう」
「ねぇそれ幸せ! こんな幸せになれるなんて」

 もえちゃんは声を震わせた。
 わかるよ、私も同じだもん。

 住んでいるところも年齢も違うふたり、本来なら出会わなかったふたり。たまたま同じ時期に同じ人たちを好きになって、たまたま数あるSNSの投稿から巡り会えた。

 私たち、やり直せるよね。人生、やり直せるよ。

 推しとか関係なくて永遠の友情を誓いたい。
 今はまだ重すぎてそんなこと言えないけどね。



 これが私ともえちゃんのお話。



 

 ここからは先の話を少し。

 
 その後もえちゃんは働き出した。
「四の五の言わずに働くっきゃねぇ!」とか言い出して(少しキャラ変わった?)とにかくソウタくんのためにお金を貯めるんだって張り切っていた。

 なんだけど、あっさりとそのソウタくんに熱愛が発覚してもえちゃんは「やってらんねぇ!」と週末うちにお酒を買い込んでやってきた。

 推し活をしていると、いろいろあるよ。もはや熱愛なんて「定期イベント」みたいなもんだし、それも楽しんで脱退疑惑に戦々恐々としたり、それでもなんだかんだ楽しく推し活ライフを楽しんでいる。

 今日も空は青くて、今日も太陽は赤い。
 その空の下、私ともえちゃんは不自然なくらい赤と青のものをバックに忍ばせて今日はHOPETOYSではない舞台を見に行く。

 浮気じゃないよ。先に言っておく。
 しいていえば、私たちは今はもう、推し活よりもふたりで遊ぶ口実を探しているだけなのかもしれない。


 

 赤と青とふたりのミライ

 
 了