「お前は、愚かな娘だな。誰かに愛されたくてその力を目覚めさせたのに。本当に愛して欲しかったひとたちを、その手で殺させたのか。いや、愛してほしいひとすら、忘れたのか」

「五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い!誰も、私を愛してはくれないの。だから、愛して、愛して、愛して。あなたも、私を愛してくれるでしょう?」
目の前に現れた、それは。たくさんの魂を食らい、人間を殺した。殺させた。
既にそれはひとならざるもの。だが元はそれがひとであったのかすら分からない。

けれどそれが隔り世のものではなく、現し世のものであるのならば、それは人間だったのであろう。

他の異なる力を持っていても、ひとであるものは存在する。

私もひとだ。ひとの子として生まれ落ちるも、神の血と力を持つがゆえにひとではなくなったもの。

みな、私を崇め、奉る。私にとって対等でただひとりのひととして扱うのは、嫁いだ姉のヒメと、共に暮らす弟のオロだけである。

ふたりが私を家族として、弟として、兄として扱った。それゆえに私は、ひととしての感情を失わずに済んだ。

だからこそ知る。
「そんな力を使って得た愛なんて、愛じゃない」

「何で……!なんでよおぉぉっ!!」

「愛を掲げて、大勢の人間を殺した。愛する人を殺させた。その身体にも、愛するものがいたのではないのか。それなのに、お前はそれすら奪ったのだな」
わずかに残った本来の肉体に宿る魂が悲鳴をあげている。

「あぁぁぁぁっ!!五月蝿い!五月蝿い!お前もだ!お前も、お前の愛するひとを、お前の手で殺させてやる!」

「私はお前の手には落ちない」

「なら、これはどうだ!」

「……っ」

「生き神。生き神であるがゆえの肉親。ふっ、ははっ!お前が私のものにならないのなら、若き男子は惜しいが、こうするまでよ」

「……お前は……っ」
手を伸ばそうとした時には既に遅く、私の前には胴を貫かれ虫の息の弟が横たわっている。

「さぁ、私のものになれ!私のものにぃぃぃっ!!!」

「……にぃ、」
瀕死の状態ですら、神を呼ぶか。
「……っ、オロ……っ」
オロ……にぃを怨んではいけないよ。

「痛めつけろ!この生き神を!殺せ!殺せ!私を侮辱した!私のものにならないのなら、殺してしまえ!」
トワナビミヤは怒りに身を任せ、男たちに神を殺させた。だが神は、不死である。この生きた肉体を喪うだけ。

神を殺したトワナビミヤの肉体は、嫁いだ姉が隣の集落から率いてきた術師たちに屠られた。しかし魂は寸でのところで逃げおおせた。

姉は霊力の強い退魔師である。しかしながらトワナビミヤをとらえることかなわず。肉体を喪った俺は隔り世へと導かれた。

姉は私をーー鴉丹烏木尊(ヤタウボクノミコト)を祀り、退魔師としてトワナビミヤを捕らえるために子々孫々語り継いだ。それゆえ、彼女もまた鴉木比売(カラスキヒメ)として退魔師たちに祀られていくことになる。

――――――そうして、生者の肉体を失った俺は、隔り世に籠って過ごしていた。

俺は隔り世の猫神(ねこがみ)の元で世話になりながら、黒檀と出会い、夫婦の契りを結んだ。

黒檀が望まないのなら、鬼の寿命をまっとうしてもいいと伝えたが、彼女は俺と同じ時を生きることを選んだ。

そして猫神に教えられて現し世に迎えに行ったのは……。

「オロ……帰るぞ」
怨むなと言っただろうに。この弟は。

疫鬼となって現し世を暴れ尽くした。
そして姉の子孫の退魔師によって、隔り世に落とされたのだ。

猫神と共にオロを浄化し、猫神が神格を与え、名をその角と瞳の色から暮丹とした。

それが鬼神の始まり。やがて隔り世を任されることになった鬼神は、花嫁を迎えた。

そして長年の因縁に終止符を打った。

「さて、面倒事は終わったな……だからお前は、鬼の寿命をまっとうしてもいいんだぞ」
そこまで俺に付き合うこともない。

「何言ってるの。私は例え何千年であろうと、1万年であろうと、あんたと一緒にいたいんだよ、ヤタ」
もう弟と猫神くらいしか呼ばないであろうその名を、黒檀が呼ぶ。夫婦になった時に教えた、俺の名前だ。

「これからも、離さないから覚悟しな。鬼の寵愛をなめるんじゃないよ?」
そう魅惑的に笑う黒檀が愛おしい。

やはり、愛というのは……

こうして、愛し合うのが一番だな……。

俺は黒檀の柔らかい唇に、愛の標を落とした。