見慣れた赤髪を見て、思わず叫ぶ。
「お兄ちゃん!」
しかし今は大好きな妹に見向きもせず、長い札のようなもので白梅を縛り上げていた。

「お前は既に、退魔師による討伐命令が許可されている。鬼と婚姻し、隔り世のものとなった以上、現し世の人間ではなくなった」
「そ、な……バカなアァぁ――――――っ!?このワタジを……ど、ばづうぅっ」
お兄ちゃんの言葉に、白梅は目を見開き、眼球が飛び出しそうな勢いで睨み付けてくる。
隔り世のものとなると言うことは、現し世の人間ではなくなると言うこと。私も、烏木先生もクラスメイトたちも、元現し世の人間。人間とは寿命を異とするもの。

そしてお兄ちゃんが告げる。
「バカでも何でもない。まさか、とは思っていたが、本当にお前がそうだとは」
「な……にも、の……」

「知らずに俺にしっぽを振ったのか?やはり時を重ねるごとに傲慢に、そして愚かに墜ちたのだな。鴉木(からすき)の元は烏木(ウボク)鴉丹烏木尊(ヤタウボクノミコト)を祀った、その姉鴉木比売(カラスキヒメ)を、祖とし、俺は鴉木比売(カラスキヒメ)から加護を賜った」

「カ、ラスキ、ヒメエェェェ!?」
白梅が目を見開く。退魔師をも顎で使おうとして、退魔師協会の元となる退魔師集団の長の名前を、知らなかったのか。いや、今思い出したのだろうか。

そしてさらに、白梅は身体を拘束されているから、首をギギギと動かして烏木先生を睨む。

「鴉丹烏木……のっ!?お、まえは……っ、コロシタハズダアァァァァ――――――ッ!!?」

「悪いな。俺はひととして生まれつつもヒト在らざるもの。そう決めたのは、お前たち人間だ」
その烏木先生の言葉に、白梅が絶望の表情を浮かべる。その意味はよく分からなかったけれど。

「あぁぁあぁぁぁああぁぁぁ――――――ッ!!!!!」

「その魂は二度と蘇ることはなく、完全に消滅する。お前は消える。それが隔り世が出した結論だ」
そう、烏木先生が告げた瞬間、白梅の口から毒々しい色のたまが飛び出る。

そのたまは宙に上がっていき、天井からおりてきた、白い巨大なねこの手により叩き潰され、消滅した。

まさに、ねこぱんちっ!
にゃあっ!

「――――――あれは」
あのねこぱんちは一体……。その呟きに、ここ最近すっかり慣れ親しんだ声が答えてくれた。

「ご隠居だな」
「へっ!?」
急いで振り返れば、そこには想像どおり暮丹が立っていた。

「……ごいんきょ?」
「隔り世の神。俺の前に隔り世を統括していたが、今は宮の一郭に隠居して自由気ままに暮らしてる。でもあの女の中に入っていた魂はダメだな。生かしてはおけまい。だが隔り世のことわりの中に自ら入り込んだのはあれなのだから、自業自得だ。自分が隔り世において、どういう立ち位置なのかも理解していなかった。隔り世でも一番になれると疑わなかった。のんきなものだ」

「立ち位置……って」
もうすぐ頭領でなくなる金雀児の、花嫁?つまりただの鬼の、伴侶となる。

「2柱の神に祟られている」
「え……っ」
白梅、何をやったらそうなる。いや、神の1柱である暮丹には、キレられてるもの。もう1柱は……ご隠居さま……なのかな?

――――――あ、そうだ。

「お兄ちゃん!もう起き上がってだいじょ……」
大丈夫なのかと聞こうとすれば、何故かお兄ちゃんは烏木先生の前に跪いて頭を垂れている。

鴉丹烏木尊(ヤタウボクノミコト)、あなたにお目にかかれたこと、恐悦至極に存じます」
ヤタ……ウボク……ノ、ミコト?
それって、退魔師が祀っている神さまでは……?どうして烏木先生に……?

「別にいい……。あと、学園ではやめろ。俺はただの教師だ」
何か烏木先生が照れてる?そしてその様子に暮丹が吹き出しており、烏木先生に頭をペシャリと叩かれていた。――――――いや、と言うよりも、長の暮丹の頭を叩けるって烏木先生は一体何者なのだろうか。

そして黒檀さんも駆け付け、魂の抜けた白梅だった脱け殻が、鬼たちに運ばれていった。

カフェテリアは騒然となったが、黒檀さんが生徒たちを落ち着けてくれて、今日はもう学園の授業は中止、臨時休校とされ、みなそれぞれ夫や婚約者に迎えにきてもらっていたのだった。

一方でお兄ちゃんは……。
「あ、ぅ……いも、うと……」
バタン。
私をダイイングメッセージみたいに呟いて、事切れた!?やはり全治1ヶ月。まだまだ本調子ではなかったらしい。早速アンズさんやガタイのいいお兄さんズが来てくれて、一緒にお兄ちゃんごと連れて帰ることになった。

「また、会いに来る」
「そうか」
暮丹は烏木先生とそう言葉を交わしていた。

「あの、暮丹。烏木先生とは、一体……」
どういう関係なのかな。

「あれは……兄だぞ」
はい……??

「でも先生は人間では?」
その上、暮丹は鬼である。
「俺が元々人間だったのだ」
それは驚愕の事実である。

「鬼に落ちて疫鬼(エッキ)となり現し世を震撼させていたら、退魔師である姉の子孫に隔り世におとされた」
お姉さんまでいて、退魔師って……。
ん?あれ……たしか鴉丹烏木尊(ヤタウボクノミコト)の姉が鴉木比売(カラスキヒメ)だから……烏木先生の弟の暮丹のお姉さんは自ずと鴉木比売(カラスキヒメ)となる。

「つまり、うちのご先祖!?」
その退魔師は紛れもなく鴉木の血筋。
そして元を辿れば暮丹もご先祖さまである。
なんと言う縁。

「そうだな、姉さんには昔から頭が上がらん」
なんと言うか……義姉のアンズさんにも頭が上がらないのは、それゆえの体質だろうか?

「その後はご隠居ーー師匠だな。師匠に拾われて、黒檀の伴侶となったヤタに再会し、疫鬼から浄化された俺は鬼神となり……隠居した先代の跡を継いでいる」
「あの、ヤタというのが……」

鴉丹烏木尊(ヤタウボクノミコト)。烏木のことだ。あれも、現し世で退魔師の神として祀られた」
神……。鴉丹烏木尊のことは知っていたが、先生がその神さまほんにん……。

「先生が、神さま、か」
あんまり実感が湧かないけれど、今になってみれば、しっくりくるとろとあるのだ。

「そうだな。まぁ、普段は暇してるから、伴侶の黒檀の学園にいるだけだが、今回は役になったな」
役に……って。

「あの、白梅の力が通じなかったのは……」
白梅は確実に、何かの力を以て、みんなを操っていた。

「ヤタの異能、神通力、そこら辺だな。あの女の魂の仇敵はいつだって……ヤタと、その血筋を受け継ぐものだ」
そう、だったのか……。つまり白梅があんなに執着していたお兄ちゃんこそが、白梅の仇敵だったことになる。それなのに執着してしまうのには……仇敵であるがゆえの何かがあったのだろうか……。

そうだ、お兄ちゃんと言えば。

ふと、携帯を覗いてみれば、お兄ちゃんから返信が来ていた。

【鴉木の字は古くは烏木。鴉丹烏木尊(ヤタウボクノミコト)の姉鴉木比売(カラスキヒメ)が開いた一族】
そう言えばあの時、お兄ちゃんが言っていた……。鴉木は古くは烏木だって。

そして、私とお兄ちゃんはその血を受け継いでいたから、白梅の力が通じなかったんだ……!

お父さんは、その力に呑まれてしまったが。もしかしたら子孫にも、抗えるものと、そうでないものがいたのかもしれない。

それでもなお、おじいちゃんやお兄ちゃんは、鴉木の、烏木の血を、力を繋いできたのである。

トワナビミヤを、消滅させるために。