「そう言えば、アリスちゃんの苗字って……」
「やっぱりそうだよね!」
休み時間。同じく鬼や妖怪の花嫁だと言うクラスメイトたちがそわそわし出す。私の苗字が、どうかしたのだろうか?

もしかして彼女たちも退魔師に何か縁があるのだろうか。それなら退魔師であるお兄ちゃんの苗字【鴉木】に聞き覚えがあってもおかしくはない。

そこそこ珍しい苗字らしいし、父親は霊力はほぼないらしいが、鴉木の祖父はお兄ちゃんと同じ退魔師だ。その縁もあり、お兄ちゃんはその霊力を見込まれ退魔師にスカウトされたのだ。

「ウボク先生!」
「やっぱりそうだよね!」

「ウボク、先生?」
しかし彼女たちの口から飛び出たのは意外な話だった。

「あれ、ウボク先生の漢字、みたことない?こう書くんだよ」
クラスメイトのひとりが書いてくれた字は……

【烏木】

別の読み方をすれば、鴉木(カラスキ)になる。

「すごい偶然!」
「ほんとほんと!」
「私、最初カラスギって読んだら違うって言われてさ」
きゃっきゃと笑うクラスメイトたち。本当に、不思議な縁かもしれない。
まぁ、私の苗字はカラスギではなく、カラスキなのだが。
しかし……お兄ちゃんにも、話しておこうかな?
まだ起きたり、寝たりなお兄ちゃんだが携帯でメッセージを送れば、いつでも見られるし。

てっきりこちらでは使えないものだと思い込んでいたから、驚いた。そして現し世にあるこの学園でももちろん使える。

この学園では、授業中に使わなければ持ち込みがオッケーなんだとか。それには妖怪や鬼たちの花嫁への溺愛が関係しているという。

暮丹も携帯は持っているそうで、番号を交換してくれた。

いざというときのために琉架さんとアンズさんの番号も入っている。

ただ、暮丹は脳内でその名を念じれば私の声が届くのだそうだ。神さま、だからなのかな?

そう言えば宴の時も、脳内で暮丹の名を呼んだら、来てくれた。

「それにしても、アリスちゃんが来てくれてよかったよ」
「え……?」
突然の話題に驚いていれば。

「私たちみたいに秋入学のコ、他にもいるんだけどさ、他のクラスで問題児がいるんだよね」

「問題児?」

「うん、すっごい美人だけどさ、性格最悪だから、アリスちゃんも気を付けて」
すごい美人で性格最悪……?一瞬白梅のことが脳裏によぎったが、すぐに思い直す。白梅の裏の顔を知っているのは、気付けたのは私とお兄ちゃんだけだ。

他のひとたちは、まるで洗脳されているかのように白梅を崇め、最上視した。

彼女たちが無事だと言うことは……

白梅ではない、はず。

「あ、そうだ!アリスちゃんの旦那って、長ってマジ!?」
私の心の引っ掛かりとは裏腹に、クラスメイトたちは明るい。
なんだか心の不安も薄れていくようだ。

「えぇっと……鬼の長の、暮丹だけど」

「マジで!?すっご」
「私は夫が鬼だから!祝言のあとに、長の宴に呼ばれて、婚姻の報告に行ったんだよ」
クラスメイトのひとりがそう告げる。

「婚姻したら、報告に行くものなの?」

「そうだよ。鬼はだいたいそうだって、旦那が言ってた!妖怪はだいたい暮らしている領地の頭領に報告に行くんだって。長の宮で暮らしている妖怪は、もちろん長」
そういうしきたり……が、あったのか。初めて知った。と言うことは、白梅と金雀児の隔り世での宴も、長である暮丹への婚姻の報告だったわけである。

「私は、報告に行ってない?」
「アリスちゃんは旦那が長なんだから」
「そうさね、報告は必要ないんじゃない?」

「言われてみれば……」
そうかも。
あ、でも……。

「暮丹、どうだった?」
この前の宴ではすごい機嫌が悪かったって。私はどういう感じだったのか分からないけど、彼女や旦那さんの鬼が恐い思いをしていないだろうか?

「すっごい美人!かっこいいよね!しかも、『末長く幸せにな』って、微笑んでくれて!私、その場で夫の隣で気絶しちゃってさぁ~~!気が付いたら控え室で、夫と黒檀先生に介抱されてたの~!」
「あんたはもう~」
「美人過ぎて気絶とか……!あっはは……!」
クラスメイトたちが爆笑する中、暮丹も機嫌が普通の時もあって、普通に声をかけることもあるのだと思わずホッとしてしまった。

「あ、でも長への挨拶で失神する花嫁は多いんだって」
マジかっ!!たしかに美人だけども……!

「ね、烏木(うぼく)先生はしたのかな?」
「いや、先生男やろ」
そんな会話に花を咲かせながら、授業を受け、お昼はクラスメイトたちに連れられカフェテリアを訪れた。

カフェテリアは広々としており、学園の生徒が余裕で座れるくらいの座席はあるのだそうだ。そしてなんと、学食は全て無料で好きなものを頼めるらしい。

「そうだアリスちゃん。烏木先生のとこ行こうよ」
「あそこにいるー!」
教職員も食事をとると言うカフェテリアには烏木先生もおり、私はクラスメイトたちと共に烏木先生の周りにお邪魔することになった。

「ねぇ、ねぇっ!烏木先生の苗字とアリスちゃんの苗字、似てるよね!何か関係あったりして!」
クラスメイトのひとりが、先程の話題を出せば、烏木先生は何故か呆れたような表情を見せる。

「さぁな、どうだか。お前ら、俺が何千年前の人間だと思ってるんだ?」
……千??てっきり数十とか、あるとしても数百を想像していたのだが。単位がまず、千……?

「烏木先生ってほんと謎!」
「何千年前って、何時代?」

「知らんな。俺は学園長と結婚してからはほぼ隔り世暮らしだからな。その間の現し世は知らん。知ってるのは学園ができてからだ」
「歴史の先生じゃないの、不思議だった!」
「そうそう!」
クラスメイトたちの言うとおり、烏木先生が持っているのは国語系の教科である。

「でも古文は読めるよね」
烏木先生は現文、古文どちらも持っているそうだ。

「それは隔り世でも現し世の本は流れてきてて、時々読んだからだよ」
「まさかのリアルタイム学習!?」
「すっご!」
「古文のネイティブじゃん!」
驚愕するクラスメイトたちと一緒に、私も驚きを隠せなかった。――――――それに。

「あの、烏木先生」

「何だ?鴉木」

「鬼って……千年以上生きるんですか?」
それほどまでに寿命があるなんて。烏木先生が何千年前から生きていると言うことは、寿命を同じくしている伴侶の黒檀先生もと言うことだ。

「いや……千年超す鬼は少ないな。黒檀はそれだけ長生きな特殊な鬼だ。俺と婚姻したばかりに、な」
それはどういう意味なのだろう?

「まぁ、お前のところは関係ないと思うが」
それはどういう意味なのだろう?

「長は鬼神だろ?」
「あ……っ」
そうだ。暮丹はただの鬼ではない。鬼の神さまなのだ。

「鬼神の伴侶は神と同じ時を生き、望めば仕えるものたちやその伴侶も同じ時を仕える。神の伴侶や、黒檀のような特殊な鬼は特別でな。お前が嫌になれば離縁し、人間の寿命を生きることもできる。もし望むのなら、今のうちに……」
「それはっ、ないかと……!」

「ないのか?」
烏木先生からは意外そうな表情を向けられるが……。

「私は、暮丹と生きたいですから」
「……ふぅん」
烏木先生は何か考え込むように頭をポリポリと掻く。だけど少し嬉しそうな表情に感じたのだ。そして思い出したように告げる。

「言っておくがお前ら、俺の年齢の話、学園長の前ですんなよ?俺の年齢がこうってことは、学園長の年齢もバレる」
あ……。

「もしもの時は、先生の名前出しときますー」
「そうするー」
「だから、やめろって!」
何だか賑やかなクラスメイトたちと烏木先生の会話を微笑ましげに眺めていれば、不意に驚きに満ちた声が響く。

「アリス……っ!?何で、あんたがまたここにいるのよ……!」
その、声は。何故、ここに……!

「し、……白梅」
そう、ここは鬼や妖怪の花嫁たちならば、伴侶や婚約者であることで編入を許可される学園。つい先日金雀児の花嫁になった白梅も例外なく、通える資格を得ると言うことだ。

そうか……黒檀さんの言っていたことは、こう言うことだったんだ……。