――――――そして、その翌日のことだった。

「調べましたところ、アリスさんは既に退学の手続きが済んでおりますね」

「えっ!?」
琉架さんの知らせに驚きを隠せなかった。

「どうやらご両親が、アリスさんの誕生日を最後に退学の手続きをとっております」

「そんな……っ、お兄ちゃんに確認を……っ」
お兄ちゃんなら何か知っているかも……っ!

「お兄ちゃんには、会えますか!?」
未だ病状は回復していなくて、昨日様子を見に行った時には眠っていた。アンズさんも、できる限りの治療術を施してくれているようだが……。

「どうでしょう……時折意識が回復したり、眠ってしまったりですから。意識が戻った時に確認してみるしかないですね」

「そんな……っ」

「それでもここは神域だ。普通の場所よりは安全で、そして療養にはもってこいだな。温泉の効能もそのお陰だ。神域の空気を吸い、時折湯に浸かればいずれ回復する」
そうか……ここは神域の、鬼神の宮だから……!

「うんっ」
「そんなに気に病むな。あれのバイタリティーは相当のものだからな」
確かに……私を追って隔り世に乗り込んでくるほどだから。いくら鴉木比売の加護があるからって……無茶しすぎでは……?

「あの、ついでになのですが」
「何でしょう、アリスさん」

「退魔師協会の様子を知ることは?お兄ちゃんはそこに所属しているので、長期で連絡がとれないのは困るかと」
「コンタクトをとることは可能……かと思いますが。長から直接と言うのは例がないですね。やるとしたら頭領を通してです」
「それは……っ」
金雀児……。

「もちろん、長の花嫁のアリスさんに手を出したあの金雀児とやらではありません。暮丹が信頼を置く頭領を通してです」
「……それなら」
金雀児ではないのなら。

「そう言えば……鬼の頭領は8鬼いたんですね」
現し世では鬼の頭領はひとりだと思っていた。お兄ちゃんならもっと詳しく知っていただろうか。

「えぇ。隔り世はこの神宮の他に8つの地域に分かれ、それぞれの鬼の頭領がその地域の隔り世の民の頭として領地を治めております」
もしかして、頭領の【領】は、領地のことだった?

「現し世では8鬼のそれぞれが均衡を保ちながら影響力を保持しております」
「じゃぁ、金雀児の言っていたことは……彼は、現し世で一番の実力者で、自分に逆らえば命はないと……」
脅されてきた。ほんにんにも、白梅にも。

「ふふ……っ」
その言葉を聞くと、どうしてか琉架さんが苦笑する。

「恐らくそれが原因で、金雀児はほかの頭領から大目玉を食らっているでしょうね」
「そうなのですか?」

「えぇ。頭領の均衡を崩すとんでも発言。しかもその花嫁は宴の席で暴露してしまった」
白梅が……。自慢好きの女王さまの白梅なら、やりかねないか。

「しかも金雀児とその花嫁は長の不興を買った。ほかの頭領たちも容赦することはないでしょうね」

「……これから金雀児たちはどうなるのでしょうか」

「簡単に言いますと、頭領を罷免されるでしょう」
「罷免!?」

「うむ、そうだな。だがすぐに辞めさせると引き継ぎだの、後継だの揉めるから、そこはほかの頭領たちに選出を任せている」

「……そうなんだ……。金雀児が、頭領じゃなくなる」

「そう言うことだ」

「じゃぁ、鬼神の加護は?」
鬼の頭領が強いのは、その一番の理由は鬼神の加護である。

「うん?そんなもの、とっくに外してある」
「え……っ」

「我がアリスをその力で害そうとしたのだ。当然であろう?頭領はすぐには罷免にできぬが、加護は特段すぐ外したって構わぬ。与える意味もない」

「……」
あの絶大な力が、なくなる。

「それでも元々の力は、残っているんだよね」
「まぁ、そうさな。しかしやつはやり過ぎた。退魔師協会も限界であろう?恐らくあの赤毛が回復すれば手を打つだろう」
赤毛って……お兄ちゃんのことだよね。

「あの霊力は早々ない。しかも神域での療養となればさらにパワーアップするだろうな」
もしかして暮丹……お兄ちゃんが乗り込んでくるのを止めなかったのは……。
ここで療養することを許してくれたのは……そのため?

「まぁ、とにかく、金雀児の破滅は目に見えていると言うことです」
「そぅ、か」
ちょっと安心したと言うか。何と言うか。

「それで、アリスさんの学校と言うことでしたね」
「……はいっ!」
そもそもの目的はそれだった。

「アリスさんには、鬼が現し世で経営する学園に編入していただきます。ここは金雀児ではない別の頭領の運営する学園です。暮丹の花嫁であるアリスさんであればもちろん歓迎してくれますよ。そしてアリスさんに危害を加えることは許しません。セキュリティもしっかりしていますから」

「そう、なのですね」
以前までは白梅がスクールカーストの上位に君臨し、そして金雀児だ影で圧力を利かせていた。しかし、今回は別の頭領の管轄。

「この学園には、どんな生徒が?私みたいな花嫁でしょうか」
「えぇ。花嫁を守るため、鬼や妖怪の花嫁が16歳になったら通えます。他にも鬼や妖怪の存在を知り、特別に入学を許された者。退魔師も審査をパスすれば入ることができます。講師も全て鬼、妖怪、退魔師協会から派遣されています。スクールセキュリティもいますから、安心して通えますよ」

「……はい」
以前の学校よりは、過ごしやすいだろうか。

「あ、編入試験は……」
「特にないですね。資格は花嫁となっていること。これからは花嫁を連れてこられるのが18歳からとなりますので、婚約していること」
そう言えば、隔り世でも法改正がされたのだったな。

「無論、花嫁や婚約者以外には厳しい審査や編入試験がありますが、アリスさんは問題なく編入できますよ」
「あ……ありがとうございます……!」

「制服も注文いたしましょうね」
「はい」
何だか、ドキドキする。

「もちろん俺も好きな時に行くから」
「へ……っ!?」
突然の暮丹の言葉に驚く。

「学園には花嫁や婚約者に迎える鬼や妖怪は好きに参観できるのだ」
なんと……っ!!

「だから、好きなだけアリスを見ていられるのだ」
「いや、あんたは仕事でしょう」
のろけ気味な暮丹に琉架さんがピシャリと言うと、暮丹は口を尖らせていたけれど。

でも、学園は……楽しみである。
残りの手続きに行くと言う琉架さんを見送れば……。

「アリスねーね、えほんよんでにゃぁ~!」
「これよんでにゃぁ~!」
ぐふっ!!

ドキドキ、ワクワクしていればまふゆくんとみふゆちゃんがえほんを持ってきてくれたので、読み聞かせをすることになった。なお、暮丹は……。

ねこを、吸っていた。