「もう本当に下手くそでね。お客さんに出せるようなものじゃないってどれだけ怒っても聞かなくて。案の定お客さんなんて来ないから、このお店できたばかりだけどもう閉店が目に見えてて」

「はあ」

「だけどぎりぎりまでやるって聞かないの。根は気弱なクセに変なところで頑固なのよ」


奥さんは深いため息を吐いたものの、表情は困ったように、でも笑っている。おじさんがどうしようもない人だとわかっていてもそれに付き合ってあげているんだ、優しい人だなと思った。これがうちの両親なら、とっくにお母さんはお父さんをぶん殴って無理やりお店を閉めているはずだ。


「ねえ、また来てくれたお礼とお詫び、と言っちゃなんだけど、よかったらこれもお友達と食べて」


奥さんが、たこ焼きのパックをひとつくれた。まさかおじさんのたこ焼きをタダであげよう、というわけではあるまいな、と思ったけれど、恐る恐る中を開けて見れば。たこ焼きと同じ大きさのベビーカステラのようなものがたっぷりと詰まっていた。

甘い香りがふわっと漂う。それに誘われてか紗弥がヌッとこちらに寄って来た。


「うわあ、美味しそう! これおばさんが?」

「ええ、暇なときに店のたこ焼き器を使って作ったのよ。使わないともったいないでしょう。おばさん、一応調理師免許も持ってるからね、旦那のと違って安心して食べていいよ」


確かにそのとおり、奥さんの作ったものは、おじさんのと比べれば月とスッポンとも言えるほどの出来だった。

ふわりと軽い生地にたっぷりとほどよい甘さのあんこが詰まっていて、悶絶するほどに美味なのだ。


「何これ! 紗弥、やばい、いくらでも食べられる!」

「本当だ超おいしい。中のあんこも重くなくて丁度いいね」

「あらあら、ありがとう。あんこは自家製なのよ」

「え、これも作ってるんですか? お店で売ってるものだと思いました。三波屋のおまんじゅうのと同じくらいおいしい」

「そう言ってもらえると作った甲斐があるわ」


奥さんは朗らかに笑うだけだけど、これは冗談ではなく本気で言えることだ。おじさんのたこ焼きには、願いを叶えるという大仕事さえなければ絶対に二度と食べたくないけれど、奥さんの作ったこれはお金を払ってでもまた食べたいと思う。

それは紗弥も同じみたいだ。むしろ紗弥はわたしよりずっと真剣に味わっていくつも食べている(わたしの分まで食べている)。