あの空き家へ向かう途中で、お母さんから、クロちゃんは飼い猫じゃないということを教えてもらった。
「クロはもともと野良なんですよ。野良にしてはお上品で、とっても綺麗な子ですけど」
だけど、ほとんど毎日遊びに来て、ユイちゃんともとても仲良しだったんだそうだ。
どうせならきちんとクロちゃんを飼うことにしようか、そう家族で話していたときに、ぱったりクロちゃんは姿を見せなくなった。
「迷惑だなあって、もしかしたらクロは思ったのかも。野良猫ですから、人に懐いて飼われるより、自由きままに生きたいはずです」
ユイちゃんも、ちゃんとそれをわかっている。だからこれを、ラストチャンスにするつもりらしい。
もう一度クロに会って、それでもクロが離れていったら、これきりでさよならにする。
「ちょっとさみしいですね」
「でも、クロが決めることですから」
お母さんがぽつりと言ったところで、「はやくー!!」とユイちゃんの呼ぶ声が聞こえた。
ユイちゃんは随分離れたところから手を振っている。わたしとお母さんは慌てて、小走りで道を駆けていった。
妙に気味悪い雰囲気の空き家には、まだ猫が何匹も残っていた。
でも、昼間に群がられたときよりはずっと少ない数なのは、みんな夜が近づきお出かけしてしまったからかもしれない。
猫たちは、突然現れたわたしたちを怪しげに遠くから観察していた。
でも、人に慣れた町中の野良猫たちは、イタズラさえしなければ(あと神様のニボシさえ持っていなければ)襲ってくることはない。
庭に入り、昼間に侵入したフェンスの壊れた部分を確認した。この場所の目の前の軒下、たぶんまだここに、ユイちゃんが願ったものがある。
「ユイちゃん」
手招きをして呼ぶと、ユイちゃんは恐る恐るわたしの隣にやって来た。そして、わたしが軒下を指さすと、しゃがんでそこをのぞき込んだ。