「些細でも、曖昧でも、くだらなくても構わない。己の中で揺るぎなければ。その小さな目印を追いかけていけば、おのずと行く道へ踏み出していける」
唄うような声だった。
わたしは答えられずに、ただ綺麗な横顔を見ている。
行く道。自分の道。
目の前の大きな木を見上げながら、わたしの現在地は、どの辺りなんだろうと考えた。
きっとまだ、随分幹に近いところだ。幹から直接生えた太い枝の、一番最初の別れ道。
何本かに分かれている枝のどこに進めばいいかわからないでいる。だからその場から動けないで、迷ったまま同じ場所をうろうろしている。
わかっているんだ、自分でも。
このままじゃいけないってこと。わたしだけがいつまでもその場に取り残されること。
だけどわからない。思いつかない。
やりたいこともなりたいものも、自分にできそうなことも、ひとつも。
そんなのどこにもなさそうで。
わたしなんて、なんにだってなれないような気がして。
「…………」
うつむいていた頭にぽんと手が乗った。
思いがけず優しかったそれになんだか鼻の奥がつーんとして、わたしは慌てて唇を噛んだ。
「お」
つと、常葉が声を上げる。
「……なに?」
「今日は繁盛だな。千世、しゃがめ」
「え? うわあっ!」
急に頭を押さえられ、足が滑って落ちかけた。常葉に首根っこを掴まれながらどうにか体勢を立て直すと、夕暮れの鳥居をくぐってくる小さな人影に気づいた。