「すぐ下ろす。黙っていろ」


常葉はめんどくさそうに呟くと、わたしを抱えたままで屋根の下から出て、そして飛んだ。


音が消えた。風を感じた。

離れる地面を見ていた。見下ろす位置にある鳥居を見ていた。目の前を飛んでいくカラスを見ていた。

低い位置の夕日に、涙が出かけた。


「うわああああああ!!」

「うるさい」

「飛んだああああ!!」

「うるさい」


ぎゃああああと叫びを小さな境内に響かせたのも束の間、わたしは目を閉じている間にドカッと乱暴にどこかへ下ろされた。

息も絶え絶え涙目で、離れたはずの地面を確認する。が、わたしの足下にあったのは地面じゃなく、瓦。

まだ雨で濡れているそれに、つるんと足が滑りかける。


「わあああ! や、屋根の上!?」

「ああ」

「ちょっと待って、落ちる……!!」

「落ちはしない。俺がいる」


隣にいる常葉がわたしの腰を抱き寄せて、それから「見てみろ」と後ろを指さした。


「我が社の自慢だ」


わたしは涙と鼻水をひとしずくずつ垂らしながら、おそるおそる振り返る。

広い緑が、目の前を覆う。


──強い風が吹き抜けた。とっさに着物を掴んだ手に、細かなしずくが降りかかる。

しゃらしゃら音が鳴っていた。心地良い優しい音。


そこにあったのは、生き生きと葉っぱを茂らせる、巨大な1本の木だった。