「安乃はいいんだ。願うためにここに来ているわけではない」

「え、そうなの?」

「日課のようなものだ。千世が日々学び舎へ通うのと同じように安乃はここを訪れる」

「そっかあ……まあ、そういう人もいるよねえ」


プヒーとついため息を吐いてしまった。

早々に解放されるかと思ったけど、そううまくはいかないもんらしい。


「あー、早く終わらないかなー」

「言っておくが、願いを叶えるだけではだめだぞ。それだけでは祟りは解いてやらん」

「え、そうなの!? 仕事手伝えば解くって言ってたじゃん!」

「それでは意味がないからな。きちんと千世が、夢とは何かを見つけなければ駄目だ」

「なんだそれー! だから余計なお世話なんだってば!」


ぶうっとほっぺたを膨らませると、常葉は逆に、なんだか楽しそうに笑っていた。

のんきな神様は人を怒らせても気にせず無視だ。

そうしながら、どこからか飛んできた葉っぱを指先でつまんで、くるくると回しながらお日様にかざした。

透けた葉脈のその向こうに、一体何を見てるんだか。おんなじように透けそうなくらい綺麗な横顔は、何を考えているのか、まったくもってわからない。

わたしはまたひとつ息を吐く。まだ、雨の匂いの残る空を見上げる。


「ねえ、今の人……ヤスノさんって昔から来てるの?」

「今の千世の歳よりも幼い頃から知っている」

「へえ、そうなんだあ。わたしよりも年上の人の、わたしより年下の頃とか、なんか想像もつかないや」

「そう言えば、安乃も願いのない奴だな。俺が安乃の願いを叶えたのは、たったの一度きりだ」

「一度きり?」

「ああ。いや、願いがないのとは違うか。安乃はそのたった一度の願いが、生涯の夢だっただけだ。そのひとつの願いと夢がまっすぐ、自らの心根に行く道を刻んでいた」


ぴん、と常葉が葉っぱをはじいたら、その葉っぱはふわっと浮いて風船みたいに泳いでいった。

行くあてもなく宙をふらふらさまよう葉っぱは、まるで迷いながらとりあえず足踏みだけしている、わたしにそっくりだと思った。