「ありません」

「……無いだと?」

「はい。特にないです。今みたいなダラダラした毎日が続けばいいなとは思うけど、それは無理だし、そもそも夢とか願いなんて、大層なものでもないし」

「つまり千世は、夢を持っていないと言うのか」

「まあ……だから、そうなりますね」

「馬鹿な」


男の人がロコツに眉を寄せるから、わたしは少しむっとした。


……ていうか、さっきからなんなのこの人。

イケメンだけど、変なこと言い出してあやしいし。

イケメンだけど、聞いててイライラするし。


おまけに、人の顔をじっと見つめたかと思えば、よくわかんないけど「本当だ……」とかぼそりと呟く始末。

ほんと、なんか。

イケメンだけど、すごく……


「わたし、帰ります」


ぐしょぐしょのカバンを手に持って立ち上がった。

まだ制服も髪も乾いていないけど、なんとなく、もうここに居たくなかった。


「そうか? だが雨は止んでいないぞ」

「どうせ服濡れてるし、走って帰ります」

「ふうん」


カバンを頭に乗せて、屋根から落ちる滴がつくった水たまりをビションと踏んだところだった。

「そうだ」ふとした思いつきで。ちょっとした、イタズラ心で。


「わたしの願い、叶えてくれるって言うんなら」


わたしは振り返って、その人に言った。


「この雨、今すぐ止ませてくれません?」