参道を走って、鳥居の下で振り返った。
さっきまでそこにあった姿はもうなくて、わたしは、石段を下りていった。
垂れかけた鼻水をすすって、ポケットからケータイを取り出す。ボタンを押して、よく使う番号に電話をかける。
繋がったのは2コール目。紗弥はいつも出るのが早い。
まだ湿ったまつげを、手のひらでぬぐった。
『もしもしー』
「あ、紗弥。今大丈夫?」
『うん、大丈夫だけど、千世なんか鼻声じゃない? どうかした?』
「ううん、元気元気。ねえ紗弥、あのさ、ちょっと手ぇ貸してほしいんだけど」
『手? いいけど、どうしたの? また神様のお仕事?』
「ちがうよ。今回はわたしのお願い」
石段を下りきって、また走っていく。ケータイからは紗弥の不思議そうな声が聞こえている。
『んー、あたしは全然かまわないけど、何、なんか面白いことするわけ?』
「うん。面白くなればいいなーって思ってる」
『わお。いいねえ、夏だし楽しいこといっぱいしようよ! で、何するの?』
「うん、あのね、わたし」
空は青い。低い空。もうとっくに夏の本番は始まっている。きっと、あっという間に過ぎていく。
花火の日に合わせるとしたら、もうそんなに日にちはない。準備は急いでしなくちゃ。できるだけいろんな人に協力してもらわないと。
ゆっくり計画を立てている時間はない。行き当たりばったりになるけど、それでもどうにか、やってみよう。
「七夕祭りを、やろうと思う」
神様の夢を、叶えるために。