「ん、うまかった。久しぶりに食べたが、やはりあそこの饅頭は天下一だな」
ぺろりと親指に付いたあんこを舐めて、ごちそうさまでした、と男の人は律儀に手を合わせた。
そしてくるりと、わたしに振り向く。
「娘、名はなんと言う」
ごくり、と詰まらせそうになりながら、わたしはどうにか最後の一欠けを飲み込んだ。
わたしは自分に向いている、その人の琥珀色の瞳を見上げる。
「ちせ、です」
「字はどう書く?」
「千に世界の世で、千世」
「千世か。なるほど、いい名だ」
では、千世。と、男の人が呟いた。
「饅頭を献上してくれた礼だ。お前の願いをひとつ、叶えてやろう」
ぴんと、男の人の長い人差し指が立てられた。
わたしは一瞬、ぽかんと、時も思考も止められる。
……願い?
「さあ言え。お前の願いだ。この俺が、千世の願いを叶えてやる」
サアッと、何かが冷める音が頭の中で聞こえた。
すごい。おどろいた。感情って、こういう風に冷めるものなんだ。
初めて知った。そして顔ひきつった。
だって……願いを叶える?
「け、結構です。お気遣いなく」
と言いますか、何を言っているのやら。
「遠慮はするな。このような幸運は二度とないぞ」
「え、遠慮とかじゃなく。そもそも、願いを叶えるって、どうやって」
なんかおかしな壷とか買わされるんじゃなかろうな。
いや、明らかに金持ってなさそうなこんな女子高生に、あやしいグッズを売りつけるとも思えないけど。
「どうやってと言われると、答えるのは難儀だな。ただ、人の願いを叶えることが俺の存在する意義であるのだ。よってお前の願いを叶えることも、俺とお前が望むのなら可能」
「はあ……」
「俺は人の願いや夢を守る神だ。だから千世が心から望むなら、その願いを、俺が叶える」
あ、やばい。やばいやばいやばい。
この人、まじでやばい。