いつも、常葉のまわりだけ空気が違うような気がする。時間の流れがそこだけゆるやかで、穏やかで。
ゆっくり静かに、風が吹いている。
「力がゆっくりと消えているのを知っていた。もう随分、人の生き方が変わっていることも。もう終わりが近いのだと気づき、社から、今の町の景色をただ静かに眺める毎日だった。
だが、最後に。何か人のためにできることはないかと考えていたのだ。かつてのように大きな災いをなくすほどの力など残ってはいなかったが、それでも何か、もう一度だけ、俺にできることはないのかと。
そんなとき、お前が現れた。夢など持たないと笑みのない顔で言う、お前が」
……じわっと、常葉の顔がゆがんで見えなくなった。
まばたきをしても治らなくて、むしろどんどん目が開けられなくなる。鼻の奥がつーんとして、唇はぎゅっと噛まなきゃいけなくて。
ひどい顔のわたしを、きっとあんたは、とても綺麗な顔で見ている。
「これだと思ったのだ。千世に“夢”を持たせること。それが、夢の神である俺が、最後にできることだった」
「でも、わたし……結局夢、見つけられてないよ」
「いいや、そんなはずはない。まだとても小さくて、気づいていないだけだ。千世のとても小さな“夢”は、確かにもう、お前の中に根付いている」
常葉の手のひらが、今度はほっぺたをなでた。でもそれはなでているんじゃなくて、拭っているんだと気づいた。
ぼろぼろ止まらない滴を、大きな手が受け止めている。